第129話 『皆既食』の正体を暴け!(1)

 シャルハットが本社へたどり着く少し前。


「――それで、麗と魔術師が指令本部室に入った後どうすれば良い? 奴を倒す方法あるのか?」


 獅子沢は静馬にそう問うた。


「まぁ、並みの使い手なら、『オリハルコン』に気づかず……ということで勝てるかも知れマセンね」


「それだけでは困る。お前が『オリハルコン』に近づくことも一定のリスクとなるんだからな」


 麗の希望的観測を獅子沢は突っぱねる。


「問題ありません」


 静馬は、眼鏡を一度もちあげてから話を続けた。


「幽嶋さんが指令本部室へ到達するまでに、ハイド課長には、『皆既食エクリプス』の札を1枚だけはがしてきてもらいます」


「1枚……? あぁ、坂巻の報告の件の応用というわけか」


「はい」


 魔術団のビルへ、『黒葬』の精鋭部隊が突入する前、執行部全体で魔術団についての情報共有を行った。その中で、燈太は「あること」を口にしていたのだ。


 それは生物課員、嵐堂左空が失踪した日についてだ。


 というのも、先日幽嶋が魔術師と戦った際、左空が魔術団により殺害されたことが判明した。燈太はそれを聞き、「もしかして……」と話始めたのだ。

 内容は、左空と魔術師が交戦していたであろうタイミングで、燈太は札らしき物を一枚剝がしたとのこと。その結果、『皆既食エクリプス』の中にいたはずの左空が手裏剣を飛ばし、燈太に危機を伝えることができた、というものだった。


 これによって、『皆既食エクリプス』は札を一枚剥がせば脱出が可能だということが明らかになった。魔術団に詳しい玄間対人課長も「試したことはないが、魔術の性質から考えて間違いない」とコメントをしていた。


「新公式を組み込んだ今の『演算装置ハイド』なら札は探知可能です。これで『皆既食エクリプス』は札を1枚剥がせば脱出ができます」


「静馬クン。なぜ一枚なんデス?」


「麗の言う通りだ。『皆既食エクリプス』を解除したいのであれば全ての札を取り去れば良いだろう」


「いえ、それでは好きなタイミング・・・・・・・・で脱出ができないんです。大切なのは、『オリハルコン』の部屋に魔術師を閉じ込めた上で、『皆既食エクリプス』を解除することなんですよ」


 獅子沢と麗は顔を見合わせた。


「……結界の中の状況は外からではわからない。『皆既食エクリプス』を解除するタイミングを麗に一任するため、あえて一枚のみを剥がすということか」


「はい」


 獅子沢は非常に話の飲み込みが早い。


「脱出した私は何をすれば良いんデスか?」


 幽嶋の問いにただ一言、


「――いえ、それで終わりです」


 と静馬は言い放った。


「エ?」「どういうことだ?」


 幽嶋は頓狂な声を出し、獅子沢は冷静に静馬を問いただす。


「これで、魔術師は退けることができると私は考えています。ただ、はっきり言って現段階では実験や裏付けも足りていません。ですから獅子沢指令本部長、ここからの話を聞いて最終的に判断を下してください」


 静馬は、獅子沢をまっすぐに見つめた。

 静馬としては、もっと証拠を集めてから提案したいことだった。しかし、有用であるかを決めるのは静馬ではない。

 考え得る可能性や、推測をあくまで情報として提供する。これが現象課の、静馬の仕事なのだ。


「私に任せろ」


 獅子沢は即答した。

 故に、静馬は正直に自身の推測を口にした。




「なぜ、魔術師を退けることができるか。それは魔術師が元の世界・・・・に帰ってこれなくなるからです」




「今……なんと言いマシタ?」

「元の……世界だと?」


 静馬以外の二人は動揺している。


「これは『皆既食エクリプス』の性質が関わってきます。ですから、『皆既食エクリプス』の正体について私の見解を話します」


 静馬は順序だてて話すため、『皆既食エクリプス』について語り始める。


「『皆既食エクリプス』。これを魔術団は結界と呼ぶそうですが、実際にはそうではないと考えています。なぜなら、あまりに不自然な点が多すぎるからです」


「ほう」


「結界と聞くと、ある区域を何かで閉じ込めるというイメージをしますが、あれは違いますよね? 『皆既食エクリプス』が展開されると、対象の二人は消える・・・。……そうですよね?」


 幽嶋はうなずいた。彼は、何度も『皆既食エクリプス』を経験している。


「確かに結界とは言う物の、変化が起きるのは対象の二人が消えるという点だけで、『札に囲まれた区域に部外者は立ち入れなくなる』とか、そういうのはないデス」


 静馬は、「その通りです」と口にして話を進める。

 『皆既食エクリプス』は場所・・に対しての干渉ではなく、に対しての干渉と言えるのではないか。静馬は始めにそう考えたのだ。


「そして、『皆既食エクリプス』ある特殊な現象を引き起こします」


「……死体が消え、戦った痕跡は何ひとつ残らない……か」


 獅子沢は、静馬の意図を察したようにつぶやいた。


「そうです。何一つ残らないという点に対して、時を巻き戻しているのではないかと一度考えましたが、恐らくそうではない」


 魔術団が時間に関する『UE』を使っている疑惑。

 これに意識が向きがちだが、そうではないと考える。理由は単純だ。『皆既食エクリプス』が時間に関わるなら、『アトランティス』の出現は今でないはずなのだ。

 玄間曰く、『皆既食エクリプス』は古くからある決闘結界。時間を操る『UE』が関係しているとすれば儀式の方のみと考えるのが妥当だろう。


「考えはこうです」


 静馬は『皆既食エクリプス』についての見解、その核心を口にする。




「『皆既食エクリプス』は二人の人間を平行世界へ飛ばしている」




 獅子沢は眉をひそめた。

 幽嶋は「そんなバカな……」と目を丸くしていた。


「平行世界へ飛ばし、生き残った方のみが元の世界へ戻ってくる。故に、死体や戦いの痕跡は残らない。故に、結界を貼っている区域に他者が入ることもできる。当たり前ですが、電波が通じないことにも合点がいきます」


「ダイナミックな話になってきマシタね……」


 獅子沢は、手を顎に当て少し考えてから、重々しく口を開く。


「……佐渡。確かに、お前らしい着眼点だとは思う。確かに矛盾はしないな。しかし、それは矛盾していないだけ・・・・・・・・・ではないのか?」


 獅子沢は、続ける。


「つまるところ、平行世界だという証拠がない。当てはまっているだけで、平行世界を使った技術と断定することは早計すぎやしないか」


「無論、その通りです」


 静馬は、冷静に獅子沢の指摘を聞き入れた。


「――ただ、私は今言ったことのみで『皆既食エクリプス』と平行世界を結び付けたわけではありません。確実なものとする証拠ではないことは確かですが、信憑性を高める事実・・・・・・・・・を把握しています」


 静馬は、タブレットを操作しモニターのある情報を映した。

 それはとある業務。

 『皆既食エクリプス』と平行世界を結び付ける重大な要素。


「これは……」


 獅子沢はそれをみて、ハッとした表情を浮かべた。


「ひと月前に私が担当……、いえ坂巻燈太と共に調査した案件」


 画面に映し出されたのは。


「『幽霊トンネル』についてです」















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最後に出てきた『幽霊トンネル』。こちらは18話~21話の話ですね(100話近く前の話になりますが……)

次話は、該当部分を読み返していただくと更に楽しめるかもしれません。

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