第116話 半径1mのテリトリー

「な……」


 木原は、胸部に熱を感じていた。目線を下すと、そこには大量の血が。

 なんで、貫通してる。

 その位置は、魔力を纏っていなかった。


 ――さっきの放出で魔力で欠けた位置を的確に……。


「バカ……な」


 こんな、ピンポイントを撃ち抜くなんて。仮に射撃の名手でも不可能だろう。なぜなら燈太は顔をこちらにすら向けていないからだ。

 ……そもそも、銃はどこだ?

 どうやって撃った? 


「うっ……」


 燈太の持ちあがった背中は、地面にまた伏した。そして、あることに気づく。


 ――まさか……。


 燈太は出血・・していた。ジャケットの腹部あたりが血で滲んでいる。いや、滲むどころではない。


「お、お前……。じ、自分ごと撃ったのか・・・・・・・・・……?!」

 

 と、急に体から力が抜け、木原は膝から崩れ落ちる。


 ――正気じゃない……。


 あんな真似をすれば下手すれば死ぬ、身体を銃弾が貫通しているのだ。まかり間違って、重要な臓器を貫通したら、絶対に死――


「……あ」


 ――貫通してるのは僕も同じじゃん。





      死。





 突然、凍り付くような、寒さが体を襲った。


      死。

 

「がはァ……」


 口から血が出た。


      死。


 死ぬのか? 


 どこでミスを犯した?

 誰も信じなかった。すべての人間を疑ってきた。そこまでやっても人に殺されるのか。


 ――違う。


 木原は最後の一手だけ、あるミスを犯した。

 死を恐れるなら、先に胸の装甲を戻してから近寄るべきだったのだ。小さなサイズだったとしても、極々僅かな隙だったとしても、それが勝利の芽になる可能性が0.0000001%でもあったなら、それを完全に摘んでから、じっくり殺すべきだった。

 なぜそれをしなかった。

 

 ――怖かったんだ。この少年が、何より。


 そうだ。

 装甲を戻し、それを待つような時間を少年に与えたくなかった。何より確実に、1秒でも早く殺したかった。


 自分が何より信じた「恐怖感」に裏切られた。


 それならば、もう仕方ない。







「納得でぎるがァあああああああああ!!」







 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 自分を撃った?

 死ぬ覚悟あって、自分より勇敢ならこいつが死ね。

 覚悟あるやつから死ね。

 なんで自分なのだ。


 ――嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 ふざけるなよ。

 人の命を理不尽に奪って良いのか? 

 死がどれだけ恐ろしいのかがわかってるのか。


「ふざけ――」


 途中で声がでなくなった。 


 そうだ。ここで木原が死んだら、木原に殺された人達がかわいそうではないか。

 というか、燈太も篠崎もハールトも全員死んで、木原が生き返ればいい。

 なんで、自分が。


「ゃだ」


 意識が。薄れ。

 消えたく。いったいこのあと、どうな。



「ハァハァ……」


 燈太は息を切らしながら、痛みに耐えていた。


「ぐぅ……」


 腹が焼けるように痛い。


 すべてはあの選択だった。

 迎え撃つと決めた選択。あれがすべてだった。


 木原が燈太に突っ込んできた時、無論木原は半径1m以内に入っていた。燈太はその瞬間、木原の纏う魔力に不自然な点があることに気が付いた。

 足、それから背中、両腕に魔力がないという点だ。

 木原は魔力を温存しているのだと思った。しかし、背中はともかく両腕や足まで魔力を解くか? それも、かなり慎重な木原という男が。

 というか、そもそもあの一瞬でどうやって距離を詰めたんだ。


 ――……もしかして、纏った魔力を飛ばしたのか!


 すべての辻褄があった。先ほど、足をかすめた『UE』も恐らくそれだ。

 と、そこまでわかると新たな疑問が浮かぶ。


 なぜ、木原はそんなリスクを冒してまで、燈太を逃がしたくないのか。


 もう魔力切れを起こしかけていて、短期決戦を望んでいる? 魔力の自然回復には結構時間がかかるもので、実は木原にとって長期戦は不利だったのかもしれない。

 もしくは、


 ――電波が通じないだけで、ここは結界の中じゃない……?


 やっぱり魔術師以外は『皆既食エクリプス』は使えないのではないか。もし、それが正しいのなら。

 先ほどまで、接近戦に持ち込もうとしていた燈太の考えは180度変わった。


 逃走である。


 ただ、本気で逃げる気はなかった。

 地下三階では、空と魔術師が戦闘をしていると葛城が言っていた。上へ逃げ込めば足を引っ張りかねない。

 単に、木原を焦らせたかったのだ。

 木原が更に魔力を放出すれば、もっと隙ができる。敢えて背中も見せた。

 予想外だったのはここからだ。

 まず進行方向から魔力が飛んできた点。避けたものの、咄嗟だったため再び跳んで避けてしまった。その隙を逃す木原ではなく、躱すことのできない空中で魔力が直撃した。これは木原が上手かった。

 なんども躱して、木原の魔力を減らすという目論見は甘かったのだ。

 燈太は体勢を崩し、地面に倒れこんでしまった。それを見て、木原は即座に距離を詰めてくる。もう振り返り、撃つ余裕はなかった。


 そして、燈太は自分の身体ごと木原を撃ちぬく事を即決・・した。


 能力によって、木原が半径1mに入った時点で胸部の隙を捉えていたし、どの角度で撃てば良いかは、能力の完璧な空間把握によって難易度は高くない。先ほど、木原の胴体へ当てた時の方が難しいだろう。


 そして今に至る。


「銃で撃たれるって、こんなに痛いのか……ッ」


 大事な臓器を避けては撃ったし、骨も避けた。だが、身体をぶち抜いてただで済むわけがない。

 だが、それは最初からわかっていたことだ。

 その方法しかなかった。

 生き延びるには、そして、今後ともに『未知』に触れるためには仕方ない。

 そして、銃で撃たれるのも良い経験になったかもしれない。


 ―—それは言い過ぎか……! 滅茶苦茶痛い!


 壁に寄りかかるようにして、誰かが来るのを待つことにした。

 木原の死体が視界に入る。

 批難しようがないほどに正当防衛ではあったものの、人を殺した。罪悪感はある。

 だが、燈太の心は至って冷静だった。


 なぜならそれも覚悟のうちだからだ。


___________________________________

~補足~

実は97話「確信犯(正)」と今回の話(燈太の行動)がリンクしています。

つまり、燈太君はそういうことです。

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