第113話 理解しがたい二人

 ――『皆既食エクリプス』を使えるのか?!


 燈太は、隠し階段から離れ、木原に対して向き直った。

 完全に想定外。『皆既食エクリプス』は魔術師のみの特権だと思っていた。

 一人で下階へ降りるにあたって、会敵のリスクはあるが燈太が「行ける」と思った理由の中に、木原相手なら逃げられるのではないかというのがあった。

 能力は対人課長玄間が聞きだしている。それは魔力を纏って防御するようなもの。すなわち、会敵した瞬間に殺されるような能力ではない。であれば、4階へ降りてすぐ目の前にいるとか、そういう状況でなければすぐに上へ引き返せば良いと踏んでいた。


 ――まずい……


 逃げられるという考えは『皆既食エクリプス』を使えないという前提の話だ。あれで閉じ込められてしまえば、上へ戻ったところでどうにもならない。


 ――ブラフ……? いや、今の『皆既食エクリプス』起動の声はマイクが拾っているはず。現時点で葛城さんからの指示や声が全くないってことは……。


 木原に対し、向き直ったのは正解だっただろうか。

 走って逃げ続ける選択もあった。だが、結界がどこまで広がっているかがわからない以上、下手に逃げると逆に結界の端が壁になって退路を完全に塞がれるかもしれない。そして、逃げている間はこの邪悪な殺人鬼に背中を向け続けることになる。加えて、この建物の構造を完全に把握しているぶん木原の方に利がある。

 『皆既食エクリプス』には時間制限があるらしいが、それを待ったところで新たな『皆既食エクリプス』を使われて終わりだ。

 誰の助けも来ない。

 つまり、自分一人でなんとか切り抜けなければならない。

 こういう覚悟はしてきただろう。

 流れる冷汗を拭い、指先を合わせたまま、燈太は携帯しているハンドガンに手を伸ばした。



 ――すぐに抜かない……。


 木原は少年の一挙一動から目を離さなかった。観察する。

 携帯している銃に手が伸びているもののすぐに抜き撃ったりしてこない。つまり、殺人に抵抗、というか純粋な殺し合いに慣れていないとみた。

 気になるのは、少年がなぜか両手の指先をピタリつけていること。


 ――十中八九、なんらかの特殊能力を持った『魔術内包者』……。


 ただ、銃を携帯しているのと逃げようとしたことから、戦いに向かないものである可能性は非常に高い。……もちろん、可能性。警戒は解けない。 

 木原は腰に差したナイフに気づかれないよう手を伸ばす。

 木原は拳銃を持っていなかった。白金は死に、魔術団も武器を手に入れるルートを一応持っていたらしいのだが、『黒葬』のせいでそれが途切れたとのことだ。警官を襲って奪う選択肢はあったが、派手に動くなという指示をハールトから受けていたため、それもできなかった。

 少年を殺すためには近づく必要がある。


「僕は、木原春樹……」


「な……」


 少年は驚きの表情を浮かべる。


「君は、なんでこんなところにいるんだい」


 ――どうでる……?


 強引に近づくという選択肢もある。

 だが、それはリスキーだ。拳銃に関しては、魔力を纏っていれば致命傷にはならないので問題ないが、特殊能力がまだわからない。

 加えて殺し損ねた時がマズイ。『皆既食エクリプス』のブラフが効き、今は逃げる選択肢を考えていないようだが、追い込まれたり勝ち目がないとわかればどうでるかわからない。こちらがナイフしか持っていないこともわかればなおさら。後ろに逃げて行けば、その先にあるのは地下三階への階段。

 地下三階へ進めば、電波妨害結界の効果はなくなり、『皆既食エクリプス』のブラフがバレてしまう。

 

「安心して欲しい。僕は魔術団にいいように使われているだけだ」


 安全に距離を詰め、油断させたところを殺すのがベスト。

 ここまでの挙動から、精神性に関して言えば等身大の少年に見える。

 ……無論、過信はしてはならない。案外こういうやつに限って、頭のねじが外れていたりするのかも。


「君と争うつもりはない」


 早く殺させてくれ。怖くて仕方ないんだ。

 木原は一歩踏み出す。


「……じゃあ、『皆既食エクリプス』を解いてください」


 少年は、そう言いながら銃を抜いた。


「『皆既食エクリプス』は解けない。解けば、僕が君を意図的に逃がしたことがバレてしまう。そうすれば、僕は殺されてしまうからね」


 更に一歩、少年の方へ。


「動くなっ!」


 少年は銃を構えた。……大丈夫だ。魔力を纏っている以上、銃弾一発で死ぬことはない。……死ぬことはないだろう。


 ――でも、怖いなぁ……。向けるなよ……、銃口を……。


「動かないでください……。撃ちますよ……」


「ま、待て待て、そんなことして……。銃で撃つとはどういうことかわかっているのかい? 死ぬんだよ? そう、死ぬんだ」


 少年の額には汗が浮かんで、それが顎を伝って地面へ落ちる。


「死んだらね、どうなるのか考えたことはあるか? ねぇ。とても恐ろしいよ。天国とか地獄とかそんなものはないんだ。君が撃つんだったら僕も、反撃しなければならなくなる。なぁ、君だって死にたくないだろう? 死体は灰になって、意識は途絶え、無になる。この世から消えてなくなるんだよ?」


 死を恐れているのは木原だけではない。

 木原以外の人間は目を逸らして生きているから平気なのだ。だから、こうして少年にも「死」という概念を思い出させる。

 少年は、汗を流し、険しい顔をしている。


「君は、僕よりも若いじゃないか。死ぬ覚悟なんてできていないだろう? だったら銃を――」


「――てる」


 少年は、息を吸って吐くような動作をしてから、


「それはできてる」


 そう言い切った。


「……死ぬことが怖いのには共感できるけど、覚悟は……できてる」


 木原思考停止。


「?」


 ――なんだって?


「君は……」


 ――なんだ?


「死んでもいいと?」


 木原は聞き間違いだったことを期待して答えを聞き返す。


「……死にたくはないけど。そういう『未知』に関わっていくためにはある程度のリスクを負わなきゃいけないって……理解してる。『未知』に関わるためには仕方ないから」


「おい……。おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」


 木原はうろたえた。

 『未知』に関わるためには仕方ない? その言い方だとまるで『未知』に関わりたいと言っているかのようだ。知らないことはできる限り、恐れ、拒絶すべきだ。


「な、なんで関わりたいって思うんだ……? え? 死ぬかもしれないなら関わりたくないだろ。……あぁ、お金か? そうか、でも金のために死ぬっての――」


 疑問が頭を埋め尽くす。理解ができない。


「いや、金とかそういうのじゃなくて……、純粋な……。そう、好奇心」


 木原の額を汗が伝う。


「好奇心があるから、それで俺はここに立って――」




「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」




 木原は発狂した。


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 潜んでいた。

 こんな普通の学生みたいな顔した少年が。頭のおかしい思想を持っている。

 やっぱり、駄目だ。人間は。信用なんか絶対にできない。全く理解できない。

 殺そう。無理だ。そばにいたくない。1秒でも早く。殺そう。

 木原は一歩踏み出し――


「……えぇ?」


 撃たれた。どこを撃たれたか確認する。

 腹部だ。


「撃つ……って言いましたよ……、俺は……」


 ――撃ったのか……? 今の流れで……?


 少年は神妙な面持ちをしていて、絞り出すような声でそう言った。

 腹部はちゃんと致命傷になる位置だ。それを撃ちやがった。

 ……そういえば福田が一度捕まっている。この少年は木原の能力を知っていたのかもしれない。

 殺さない確証はあった……、としても、生身の人間に対し引き金を引き、しっかり当ててきた。


「……君さ、……頭おかしいよ」


「あ、アンタには言われたくない……!」

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