第102話 勇敢者と臆病者
坂巻燈太は、鑑心と別れ、一人下を目指し地下2階の通路を走っていた。
――まだ続いてる……。
燈太には一つ
「?」
突然、燈太の
超音波によるキャッチではなく、燈太の周囲1mを把握する本来の能力でだ。不自然な物をみつけた。
――空洞?
既に地下3階へ続く階段はみえている。そんな通路の途中の壁。なんの変哲もない壁だが、空洞があるのを発見した。動くのか?
燈太は迷わず、押した。
これは……。
「――坂巻燈太です。地下2階通路の壁に隠し扉を見つけました。階段があります」
壁を押すと、扉のように開き、隠し階段が現れた。これは上階、下階のどちらへもいけるようになっている。
よく考えれば、おかしな話ではない。このビルは上や下の階へ行くのにフロアを横断しなければならない構造をしている。侵入者の行動を遅らせるには持ってこいだが、魔術師達も階の移動に時間がかかってしまう。
自分達しか知らないショートカット用の隠し階段を用意するのは、自然な流れだ。
『こちら、葛城。よく見つけたわ燈太君! ただ、地下3階では空ちゃんが魔術師と交戦中なのよ。いったんそこで待機しておいてくれる?』
地下3階に魔術師がいる……。
……となると、残りの『黄昏』魔術師は1人。いや、その魔術師が『黒葬』本社に向かい、幽嶋が対応していると考えれば、ビル内の魔術師は『暁』を除けば0。戦闘員は『白金遊戯の会』木原だけとなる。
「……この階段は、魔術師達が隠している物で、俺達『黒葬』の人間が知っているとは思っていない……ですよね?」
『え? えぇ、そうね』
「じゃあ、この階段は警戒されていないはずです。俺が先行して3階より下階の状況をみてきます」
『え?! ダメよ、危険すぎるわ!』
「俺が先行すれば、能力でこの隠し扉のようなギミックや罠を見破ることができます。それに加えて、魔術団側の敵はもう多くはいません。会敵の可能性は低いと思います」
『それはそうかもしれないけれど……!』
「行かせてください」
燈太はそう言いながら、既に隠し階段地下3階への階段を降り始めていた。
これが今の燈太にできることである。自分にここで何かの役目があるとして、それがあちらから向かってくるとも限らない。進めるときはある程度リスクを負って進むべきだ。
そして、道が開けているにも関わらず飛び込まぬのは燈太の信念に反する。
『……地下5階は流石に危険だから却下。地下4階、階段から20mを目安。これが限界よ。ここまでの調査をお願い』
「ありがとうございます……」
『人の気配があればすぐに戻って。鑑心さんのいる、地下2階にね』
「了解です」
階段を降り、地下3階へたどり着く。ここで扉を開くことは空と交戦中の魔術師に気づかれる可能性、そして空の動き支障がでかねない。ノータッチで地下4階へ降りる。
「地下4階へ到達……」
『了解』
葛城に報告しノブに手を掛ける前に能力で、向こう側に人がいないことを確認。小さく扉を開け、スマホの画面の反射で通路に人がいないか確認した。
問題なし。
地下4階に潜入。静かに扉を閉める。
もし残りの戦闘員が木原だけなのならば、守っているのは恐らく儀式を行っている地下5階だろう。ここはそこまで危険ではないはず。
足音を立てないように、気を付けながら地下4階通路を歩いていく。能力を絶えずに使い、隠し扉やギミックを探す。
タン、タン。
足音。後方だ。
このビルの構造から考えて、後方にあるのは、地下5階から地下4階へ上がるための階段。
――上がってきたのか……ッ!
隠し扉へ身を隠すより前に、その男は現れた。眼鏡をかけた男。
間違いなく『白金遊戯の会』木原である。
「ッ!」
◆
木原の仕事の主は地下4階の防衛だった。
ただ、ヴォルフに地下5階も手が空いていれば見に行けと言われていたのだ。
この地下4、5階とそこより上階には大きな違いがある。
電波妨害結界が張られていることだ。
『暁部隊』達が本命の儀式を行う祭壇のある部屋と、隠し階段を除く地下4、5階は電波が届かない仕掛けになっている。
この理由は、地下5階通路から祭壇の部屋へ通じる扉につけられた、ある仕掛けが関係している。その仕掛けとは、ナンバーロック式のデジタル錠だ。扉は銀行の金庫クラスの分厚さを持っていた。
このデジタル錠の解除を持って祭壇へたどり着くことができる。
扉の頑丈さを考えるとこじ開けるのは大分骨が折れるだろう。となると、狙うはデジタル錠に対してのハッキングである。
そう、これを防止するための電波妨害結界なのだ。
ただ、この電波妨害結界の弊害として地下3階から上と、地下4階から下では連絡が取れない。なのでヴォルフは魔術師達を連絡の取れぬ階には配置しなかった。
この配置は、敵が魔術師達の目を盗み、誰にもバレぬまま地下5階へ到達した場合が危険に見える。しかし、祭壇に通じる扉は誰かが触れると、中の『暁部隊』にわかるような仕組みがあるそうだ。出し抜かれても『暁部隊』が気づくので、上階の魔術師に連絡を取り、手の空いた魔術師が隠し階段で地下5階へ駆けつける仕組みだ。
そのため、祭壇の部屋は電波妨害結界の範囲から外れている。
と、このような兼ね合いで、木原は上の状況を知らない。
この地下4,5階は上より危険が少ないため木原はここを選んだが、状況を把握できないのは不安で仕方がなかった。
そんな木原が地下5階を軽く見て、持ち場の地下4階へ戻ったとき、そこには高校生ほどの少年がいた。
――?!?!?!?!?!?!?!?!?!
すこぶる焦った。
マズイ。『魔術内包者』とかいう超能力者であれば即座に殺されかねない。少年であっても、その強さはわかりゃしない。
――上階の魔術師を皆殺しにしてきたのか?
ここは地下4階。4人の魔術師がそうやすやすとここへ敵を来させるか?
臨戦態勢よりも先に、真っ先に魔力を纏った。逃げの姿勢も取っている。
だが、少年はこちらを見て驚いた顔をすると、壁の方に手をやった。
そこは隠し階段の扉がある場所である。
――隠し階段を知っているのか?
よく考えれば、地下5階に木原がいた時間は短い。地下三階への階段からここまで来るには、フロアを横断せねばならない。走っても時間がかかるし、そもそも走っていた様子はこの少年にない。
――つまり、隠し階段で降りてきたばかり……
今、少年は隠し階段に手をかけている。
それは少年が、今来た道を引き返し、木原から逃げようとしていることを意味している。
つまり敵の姿を見て少年は、最速で逃げの手を打ったのだ。
――戦いには自信がない……?
この少年が『黒葬』における『暁部隊』のような人間の可能性が浮上。
とれば、逃がす方が木原にとってリスキー。
隠し扉をこの少年は知っている様子だ。つまり好きな階に行くことができる。手が空いている仲間呼ばれれば木原に勝ち目がなくなる。上の状況がわからない以上、何人の手が空いているかは見当も付かない。
安全主義、保身最優先、極度の心配性。
その木原が取った選択は。
「エ、『
――無論、木原は『
ただ、
隠し階段は電波が通じる仕組みである以上、まだ電波妨害結界の存在に気づいていないというのは大いにあり得る。
少年に与えられたのは、「『
あちらが『
少年は、扉を開けずに慌てて木原から距離を取った。
――乗った……ッ!
少年は扉を開けなかった、つまり応援を呼び行くという行動を断念した。
ブラフがうまくハマっている。
さあ、絶対にこの少年を上へ行かせてはいけない。彼の後方には、地下3階への階段があり、地下三階は電波がつながってしまう。そこまで動かれると『
つまり。
――
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