第78話 カタパルト

『UE』に含まれた莫大な量の情報は、能力を介し、燈太の脳へと流れ込んだ。

 台座の上で燈太が立ったまま気を失っていた時間は約10秒ほどであったが、燈太の体感時間は数時間に及ぶ。

 実時間と体感時間に大きなずれが生じるのは脳の働きによるものだ。例えば、死に直面した時、見える動きの全てがスローモーションに見えるタキサイキア現象もその一例だろう。


 燈太は『アトランティス』最奥の部屋に残された記憶を巡る旅へ出た。


 ◆


「ダメだ! 恐竜こいつ止まんねぇぞ!」


『プランBだ』


 幽嶋、ネロの挑発行為で注意を引き続けることができるなら、燈太が無事に情報を読み取るまで恐竜には一切の危害を加えない方向だった。

 しかし、燈太が台座に近づくや否や幽嶋、ネロに対し異常なまでに無頓着な動きで燈太へ迫る。

 故に、指令部長の獅子沢は『プランB』を宣言した。


 恐竜を一時的に戦闘不能を追い込むのだ。


 「了解」と皆が口にし、作戦実行へ移る。

 ここまで、恐竜にまとわりつき、注意を自分達へ向けるべく動いていた、シール&ネロと幽嶋。この2人がまず初めに動いた。


「ゴー!!」


 シールは、ネロの指示により攪乱を中止し、恐竜の足へ向けて体当たりをした。サイズ、パワーは恐竜に敵わない。しかし、一時的にバランスを崩すことは可能だ。恐竜は台座の少し手前に来たところで、片足に受けた衝撃でぐらついた。

 間髪入れずに、幽嶋が動く。瞬間移動を用い、恐竜の顔数十センチの距離まで近づいた。そして、シールの体当たりに合わせ、幽嶋が顔面へ蹴りをいれる。

 当たり前だが、この蹴りによるダメージは期待できない。ただ、恐竜の顔が少し動いた。


「こんなもんデスかね」


 顔の向き。

 それが今一番重要だったのだ。


「「完璧」」


 空、紅蓮はこの時を待っていた。


 プランBが宣言された直後、空は紅蓮に向かって走り始めていた。紅蓮は空に向き合う形で構える。現在、床の『オリハルコン』により空の速力は普通の女子高生となんら変わらない。


 そして、今。シールの体当たりにより動きが止まり、幽嶋が恐竜の顔の位置を調整した。タイミング、調整はともに完璧である。


「来いッ!!!」

 

 紅蓮はそう声をあげると共に、後ろへ倒れこむようにジャンプした。紅蓮の足は『オリハルコン』の床から離れる。

 空は走った勢いを乗せ、紅蓮に向かって跳んだ。空の足も『オリハルコン』の床から離れる。


「はいッス!!」


 空の能力の発動条件は走る、つまり地面を蹴ることだ。能力が発動した瞬間、空に加速効果、その加速から空自身を守るバリアが付与される。この場所において、その能力が発揮されるのは『オリハルコン』から足を離した状態で、地面を蹴ってからである。


 ――否、地面である必要はない。


 紅蓮の身体は地面と平行。そして、バレーボールのレシーブをするように両手を組み、空の方へ差し出した。その手に空が着地。紅蓮はすかさず恐竜の方へ腕を思い切り動かす。

 この瞬間、紅蓮も『オリハルコン』の効果を受けていない。紅蓮は超再生能力を生かし、人間の限界を超えた力を出す術を持っている。これを使い、尋常ではないパワーで空を弾いた。

 紅蓮に合わせ、空もその手を強く蹴る。


 空の能力が発動し、そこに紅蓮のパワーが加わることで爆発的な加速を生んだ。


 対人課で、多くの任務をこなしてきた二人。そのコンビネーションは、言うまでもなく完璧であった。


「ぶっ飛べ!!」


 空の速度は一瞬にして、1速、すなわち、時速150kmへ達した。弾丸の如く、一直線に飛び、恐竜の顎を捉えた。

 恐竜がどれほどの巨体と言えど、脳を揺らされては成す術がない。その怪物は脳震盪を起こし、大きな音を立てて地面に倒れこんだ。


「ふぅ」


 一回宙返りを挟み、空は極めてスマートに着地した。

 そして、空はぐったりとしている恐竜の頭を撫で、


「ごめんなさいッス」


 そう恐竜に謝った。


「……あ、紅蓮先輩も!」


 空は紅蓮に向かって手を合わせて謝罪した。


「気にすんな」


 空のスタートダッシュの犠牲となった紅蓮は、手を骨折していた。空を射出し地面へ落下するまでに骨折は完治したが、折れた瞬間の痛みはある。


『お疲れ』


 紅蓮のイヤホンに、指令部から声が届く。この声は葛城だ。


『いっつも怪我してるわね』


「……まぁ、不死身ってのも考えもんだわな」


 恐竜は片付いた。

 あとは――。

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