第75話 少年とオカルト(1)

 Q なぜ、朝起きると窓に水滴がついているのか。

 A それは、朝は気温が低いため、結露が発生するからである。


 そう大人は答える。


 Q 超能力はあるのか、幽霊はいるのか、ツチノコはいるのか。

 A ………………。


 この問いに大人は答えることができない。


 だから、坂巻燈太はいわゆる『オカルト』が好きになった。


 子供も大人も関係なく、誰もが等しくそれに向き合うことができて、そういった『未知』は身近にも多く存在していた。学校には怪談があるし、幽霊の噂なんていくらでもあった。

 この『未知』に挑戦するとき、重要なのは知識や体力ではない。それを探求する意志、そして熱い好奇心である。その点では、子供も大人も男も女も関係ない。


 だから、坂巻燈太は『未知』が好きだった。


「――なぁ、燈太! これ見ろよ!」


 惹かれたのは燈太だけではなかった。


「これ何?」


「〇〇県で河童のミイラ発見だってさ!」


 はかな 信介しんすけ

 信介は雑誌を燈太の机に広げ、そう興奮気味に言った。


「〇〇県……。結構遠いな。高校にあがったらバイトしてすんなり行けたりすんのかなぁ……」


 燈太が、彼と出会ったのは小学3年生の頃。UMAがイラスト付きでまとめられてる単行本を持ってたら、信介に声を掛けられた。それで、信介も自分と同じ『オカルト』好きだと知ったのだ。

 それから中学3年になる今でも、2人は『それ』に夢中だった。


「あー、でも俺の目指してる高校はバイト禁止だわ」


「確か名門の進学校だろ? そりゃそうだ」


 成績が中の中の燈太と違い、信介の成績は上の上だ。中3になったばかりだが、早いやつはもう目指すべき高校を見定めている。どことなく子供っぽいやつだが、勉強はすこぶるできるのが信介の変なところだ。


「……でさ、信介。実のところ、お前はこれ本物だと思ってんの?」


「なーに言ってんだ」


 信介は、急に冷めたような口調になる。


「それを考えんのが面白いんだろ? 本物でも偽物でもどっちでも良いんだよ。大事なのは『過程』だろ?」


「……図書館?」


「そーゆことだ!」


 燈太と信介は図書館へ向かった。

 何をするかは決まっている。河童のミイラが見つかったのは〇〇県。その県はそもそも河童についての伝承があるか。発見されたとされる寺にはどんな歴史があるか。

 情報量には限界があるがゼロではない。そこから多くを考える。


 ――妄信するのではなく、紳士に向き合う故に疑う。


 そんなことを信介は前に言っていた。「妄信」とはどういう意味か燈太にはよくわからなかったが、雰囲気は伝わった。信じるにしろ、信じないにしろ、なぜそう思うのかを考えろってことだ。


「おいおい、この寺、数年前に河童じゃなくて別の変なミイラが出てきてるじゃんかよ。真っ黒だな」


 定期的にUMAのミイラのパチモンを出して、集客しようとしているんだろう。もしくは。


「……UMAを飼いならしてたとか?」


 燈太の一言に信介は目を丸くし、それから大笑いした。


「やっぱ、お前は面白いわ!」


「……いや、俺もあり得ないのはわかってるけど」


「いーや! あるそういう可能性も! そういう発想が好きなんだよ!」


「バカにしてるだろ……」


「いや、尊敬だよ! ほんとに! 俺にはそんな発想できない」


 信介はこう言っていた。中学の勉強は考える余地がなさすぎるから好きじゃない。だからオカルトが好きなのだと。

 燈太からすれば、数学はいろんな解き方があって滅茶苦茶難しいと思うのだが。

 信介はやっぱり変な奴だ。


「ほら、じゃあその可能性があるか調べてみるぞ!」


「どうやってさ」と苦笑しつつ、燈太は信介と図書館にこもった。

 燈太はこの時間が好きだった。

 世界が広がった気がして。


 ◆


 ある日、燈太が学校に行くと、信介がクラスメイトと口論をしていた。口論するところなんて初めてみる。


「どうしたんだよ、信介」


「……いや、なんでもねーよ」


 口論していた相手は信介の次に頭の良い奴だった。名前はまこと


「お前もだぞ、坂巻!」


 いきなり真に名前を呼ばれて、驚く。


「え。何さ」


「こんな大事な時期に、遊んでばっかでみててむかつくんだよ。お前ら」


 そこで察した。真は遊んでるようにみえる信介に成績を負けて、悔しいから八つ当たりしてるんだ。


「それもありもしない、都市伝説だのなんだのってあほくさい……。意味もないことをしてばかり……!」


「おいおい、真。意味があるかないかはお前が決めることじゃない」


 あー。信介が怒る理由もわかった。

 反論する信介をなだめていると、真は鼻で笑いこう言った。


「じゃあ、証拠をみせてみろよ。オカルトとかそういう物があるって証拠を!」


 信介は黙った。

 オカルトがあるなんて証拠はいらない。しかし、絶対ないと言い切ってしまえばオカルト、『未知』の放つ魅力は消えてしまう。


「そう、いないんだよ! 答えは決まってる! 数学と同じさ・・・・・・!」


「……わかった」


 信介は机をバンと叩いた。


「証明してやるよ」


「できるもんならしてみろ」





 その日は、ずっと信介の機嫌は悪かった。


「気にすんなよ、あんなの」


「いや! 気にするね! 俺の今の生きがいなんだ! それをああも否定されて黙ってたら男じゃない」


 信介がここまで怒るのは初めてだ。


「……証明するとか言ってたけど、どうやってすんだよ」


「『UFO山』。あそこ行って、UFOの写真を撮る」


『UFO山』。電車で二十分の場所にあるUFOが出るという噂の山だ。もちろん、2人で一度挑戦した。しかし、UFOは現れなかったしその痕跡はみつからなかった。

 しかし、その噂が立った原因というのも不明だ。火のない所に煙は立たぬというようにまだ何かがあるのかもしれない。


「燈太、お前は来るか?」


「あー、今日は塾の体験に行く予定が入ってるんだよ。悪い」


 実際、本当にそういう用があった。

 しかし。


「……そうか」


 ――これが信介との最後の会話になった。

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