第74話 紺碧の間(3)

「『UE』を包む……? つーか、ハイドは反応してなかったんだろ? 『UE』なんてあの建物の中にあったのかよ?」


 紅蓮が静馬にそう疑問を投げかける。


「燈太が共鳴した時にも言ったが、『演算装置ハイド』は万能ではない。『UE』によっては感知できないものがある」


「す、すいません。仮に上の建造物がその『UE』を包む箱であったとして、この扉の向こうと何の関係が……?」


 藤乃の問いに静馬は舌打ちをした。藤乃はびくっと身体を震わせる。


「まだわからんか……。その扉の向こうも同じような原理・・・・・・・ではないかと言ってるんだ」


「扉の向こうにもなんらかの『UE』が封じ込められている……?」


 静馬は燈太の言葉にうなずく。

 もし静馬の仮説が正しいなら、その『UE』は最深部に封するほどの何か。


「俺は、風除室がずっと気になっていた。ここは無風だ。風よけなどいらん。では何のためにあるか」


 なぜかあった風除室。ここは地下。風などは発生し得ない。


「風のような不定形の何かを部屋に何かを入れたくない、または部屋から何か・・を出したくないから。風除室は何で出来ていた?」


 恐竜のいる奥の部屋は、『オリハルコン』で出来ていた。

 そして、その手前の風除室、その扉までもが全て――


「『オリハルコン』製……ッ!」


 奥の部屋が『オリハルコン』で出来ているのは、階段で所々でちりばめられた『オリハルコン』のようにこちら側への妨害だと考えることもできる。しかし、なんの危険もトラップもない風除室にまで『オリハルコン』による加工を施す必要はない。


「そう、出したくないものは――『UE』」


 そのためにあった風除室。


「……ふむ。筋は通っていマス。……筋は通っていマスがが、重要なことがまだわかりませんね」


 まだ、重要な疑問が残っている。

 そう――


「それは一体、どんな『UE』か……」


 建築物の内部、目の前にある巨大部屋に封じられている『UE』。その正体が掴めない。それがわからなければ、結局、恐竜が待ち構えるこの扉の先へ向かうほどのメリットは生まれない。

 まだ『アトランティス』の核心を付いてはいない。そんな気がする。


「……で、静馬よぉ。その『UE』ってなんなんだよ」


「……少しは頭を使え、不死身猿。俺も今考えている」


 この先にはまだ、静馬ですらたどり着いていなかった。


「そりゃもうすっごい『UE』ッスよねぇ。……全く見当もつかないッス!」


「膨大な量があって尚、検知できないレベルの『UE』なんだ。大きく物理法則に干渉してくるものではないはず……」


 なぜ『UE』を封じる。

 危険だからか? 

 ならなぜ、階段を解放しているのか。建築物を見る限り技術力はあるはず。

 誰かに渡すため?

 なぜわざわざ建造物に封じたりするのか。

 建造物の空洞に封じられた『UE』。

 建造物……。建造物に何か……。


「あ……」


 この『UE』の正体に一番早く見当をつけたのは燈太だった。


 ――なぜなら、この時点で彼だけ・・・がその『UE』に接触しているからである。


「どうしました、燈太クン」


 燈太は風除室につながる扉の前に立った。

 そして、能力を行使する。


 直後、一瞬だけ頭に何か・・が飛び込んきた。

 一瞬であったため、その何か・・を理解することはできない。


 ――しかし、少なくとも証拠をつかんでいた。


「静馬さん……!」


「……! そうか……、そうか!」


 燈太の一連の動きを見て、静馬もたどり着いた。『UE』の正体へと。


「おい、燈太! なんか、わかったのか?!」


 紅蓮が燈太と静馬の様子をみて、声をあげた。

 紅蓮だけでなく、全員が燈太と静馬の周りに集まる。


 恐竜のいる奥の部屋に『UE』があれば、扉の開閉で少しずつ『UE』は風除室に漏れていく。風除室に漂う微少の『UE』を、扉越しに燈太の能力は捉えていた。


 今のように燈太が能力を使い、何らかのイメージが頭に飛び込んできたのは建造物の近くだった。イメージ。それこそが。


「芸術品などではない、正しく遺跡だったのだ……。上の建造物は! 全て……!」


 入口も、先人の営みの残影も、絵や文字といったメッセージ性もないかのように思われた建造物群。

 しかし、伝える手段が目や耳を使わないものだったら。


情報・・を持った『UE』だ! 建造物の中に封じられていたのも、この扉の向こうにあるそれも」


「情報……?!」


「そうだ。燈太は能力を使った際、何かの風景が頭に飛び込んできたといった。それは能力で、何らかの情報を持った『UE』を読み取った結果。情報を格納するため建造物は『オリハルコン』で作られているということになる」


 静馬は燈太をみた。燈太はうなずき、自らも説明を行う。


「俺の能力は自分の置かれている環境を把握するものですけど、効果範囲を正確に言えば1mです。俺から1mの間にあるものは『環境』として能力の対象になります。もし建造物の目の前で能力を使ったなら、多分内部にある空洞が効果範囲に接触する……」


 燈太の能力が湿度を求めるとき、空気中の水分量を求め計算し・・・燈太に把握させる。つまり全自動で燈太の望む形式に情報の処理が行われているのだ。よって、情報を伝える『UE』を燈太の能力は自動で燈太が読めるよう解釈・・した。


「例えてやる。電子データをUSBに保存して、それを読むときパソコンを使う。それと同じだ。電子データが今回の『UE』、USBの代わりに『オリハルコン』の箱を使う。そして、それを読み取るのが燈太の能力というわけだ」


「俺が建造物の近くでみた『どこかの光景』というのは、ここを作った人達が『UE』を使って伝えたかった記録だったんですかね……」


「難しー……」


 唸るネロを除き、皆は理解できているようだった。


「つってもめんどくせーことするよなー。絵を書いちゃいけねぇこともねーし、わかりやすくすりゃいいのにな。現に燈太がいなきゃ読めなかったわけだしよ」


 紅蓮の言う通り、あの『UE』を解読できる人間が少なくともここには燈太しかいない。他に何か方法はなかったのかと思ってしまう。とはいえ、情報量で考えると絵や文字といったものより遥かに高いが。それほどまでに伝えたかったということだろうか。


「――ま、とりあえず、燈太連れてきたのは正解だったな」


 紅蓮は燈太を見て、親指を立てた。燈太もついうれしくなって、親指を立てて返した。


「推したのは俺だが。そもそも、今のところなんの役にも立ってないお前がいらないんだ」


 紅蓮はその親指を今度は下に向けて、静馬にハンドサインを送った。


「……あ、ちょっとまってください」


 藤乃が手をあげた。


「よく考えたら奥の部屋は『オリハルコン』。燈太さんが能力を発動するのは不可能なんじゃ……」


「た、確かにそうッス! マズイッスよ!」


「いや、その点は問題ない。台座だ。中央にある台座は『オリハルコン』製ではなくおそらく金属製。金属を挟めば能力を使えることは実証済みだろう?」


 確か、金属を挟めば『オリハルコン』があっても能力を使えると、紅蓮が共有していた。

 となると、恐竜は未使用の『オリハルコン』を守るため台座のそばにいるのはなく、情報を守っている……?


「た、確かにそうッス! 良かったッスね!」


「……お前、乗っかってばっかでなんも考えてねぇだろ」


「バレた! ……まあ、紅蓮先輩の背中を見て、成長したッスからねぇ」


 空の一言は紅蓮を貫いた。


「――さて、問題はここからデスよ」


 幽嶋がパンと手を鳴らし、こう続けた。


「『オリハルコン』部屋という、最悪の条件下で恐竜を相手どってまで、部屋の情報を読み取るか……デス」


「あ、そ、そっか。結局その『UE』に含まれてる情報を読む必要があるのかっていう……」


 そこだ。

 これで危険を冒し恐竜と戦うメリットが無加工『オリハルコン』に加え、謎の情報ということになった。

 謎の情報、これの値踏みをいかにするか。


「最深部にある情報、ここまで隠している以上おそらくこれは無価値ではナイ。しかし、悪条件が増えていマス。

 ――燈太クンを部屋に入れなくてはならない。それも台座の上で情報を読み取ってもらう必要がある」


 幽嶋は燈太を見つめた。


「燈太クン。危険度で言えば君が一番高い。指令部に話を通すにしても君の承諾は必須デス」


「やります」


 燈太は即決した。


「……いえ、そんなすぐには決めなくていいんデスよ? 確かに『黒葬』にとって何か有益な情報がこの先にあるかもしれマセン。この一件でも改めて感じマシタが君は『黒葬』にとって貴重かつ優秀な人材デス。もし、ここで辞退しても責める人間はいマセン」


 幽嶋は燈太の目をみて、真剣なトーンでそう言った。

 幽嶋は燈太に強制はしなかった。心配してくれているのだ。


 しかし、燈太には揺るがぬ決意があった。

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