第40話
エーデルが消えたと同時に、吐き気を催す悪寒がした。
この感覚は……――――幻獣の森で襲われた時と同じ……!?
咄嗟に実行したのは無効化のシールドを張り巡らす事。
――――せめてこの空間だけでも……!!
出来たのはこれだけ。
……これだけだった。
ぎりぎり、幻獣の子供たちが居る空間だけはシールドを行き渡らせることが出来た。
私が意図して異能力のシールドを展開できる限界はそれだけ。
……それだけだったから――――
――――……シールドの外は阿鼻叫喚だった。
まだ全員が幻獣の子供達が居る空間には入っていなかったのだ。
目に留まるのは確かに幻獣の森で見た、崩れた人型の怪物達。
内臓を継ぎ接ぎして、イソギンチャクになりましたとでも言わんばかりの巨体があれ程見事な森を汚染していた。
残されてしまった同じ学校の皆は……
鋭いナニカに貫かれて絶叫を上げた瞬間、体の中心部に亀裂が入りクルリと反転する。
私の張ったシールドの外に居た全員が、悍ましい姿に変わり果てて血反吐と皮、内臓をぶら下げながら侵食してきた。
シールドに触れると断末魔の様な声と煙を上げているにも関わらず、侵攻を止めない。
それらを情報としてだけ処理するように必死に勤める。
彼等の様子を心がはっきりと認識したら……私は壊れてしまう気がしたから。
無意識の防御だったのだろう。
ひたすら客観視して情報を整理する。
だというのに一体どれくらいシールドが持ったのかさえ分からなかった。
彼等が触れる度に、私が汚染されていくような怖気が走って集中できないのだ。
自らの力の無さが申し訳なくて、何も出来ない自分が情けなくて。
それらの感情にも支配されそうで動けなくなっていく。
――――パチンと甲高い音と共に、私が張ったシールドは霧散した。
その瞬間、加奈ちゃん、否、リーナとベアトリス様、アーデルハイト様が自らを盾にして私を庇ったのを感じながら、視線はヨハネ教官へと向いてしまう。
ヨハネ教官がアレ等から魔力や生命力を奪おうとしているのを感じて、不思議と焦っている自分に気が付いた。
危険だ、絶対にダメだと、心の内側、そう、魂が叫ぶ。
その叫びのまま、必死に教官を制止しようとするのに……!
声が、声が出ない!!!
アレ等は負どころではなく魔の属性なのだ。
正属性であり、普通の世界の人間が取り込んだら大変な事になる!
何故分かるのかという事は今は後回し!
兎に角アレ等を人間から引き離さないと!!
焦りばかりが先行して体がいう事を聞いてくれない。
まるで動いてはいけないと誰かに言われている様で、困惑が頭を占める。
そして底なし沼の様に湧いてくるのは焦燥感。
ダメだ!
アレ等が以前よりこの世界に馴染んでいる!
このままでは管理者の眷族の、それも成体でないと取り込まれてしまう!!
瞬時に脳内に様々な事が浮かんでは消えていく。
けれど体は、身体だけは不思議な事に停止して人形の様だ。
――――ふと、動けなかった理由を、ようやく悟った。
私の首から、何か鋭利なシロモノが生えている。
吐血した。
胸からも同じ様なモノが生えている。
腹からも。
せり上がってくる灼熱の塊。
……いつの間に……?
そう思いながら血反吐は止まってはくれないけれど、視線を必死に動かして状況を把握する事に努めた結果。
――――幻獣の子供達は……全員裏返って怪物になっていた。
変わってしまったその子達に貫かれてしまったのだと理解する。
同時に、リーナ、ベアトリス様、アーデルハイト様は既に息が無い事も。
ヨハネ教官は……人型でありながら崩れて壊れた吐き気を及ぼさずにはいられない怪物の生命力を吸ってしまったのだろう。
黒く変色して弾けていた。
既に確かに生きていると言えるのは、満身創痍の私だけ。
……一瞬で全てが壊れてしまった。
私を貫いているソレはケタケタと愉しそうに嗤っている。
その振動だけで意識が飛びそうな激痛が走るのを無視して考えていた。
何か、何か出来ないだろうか……?
私の無効化は一時的にはどうにかなった。
ならばなにか役に立つ……?
どうなのだろう……?
だが、やるしかないと決めたのだ。
ケタケタと嗤っているけれど、どうしてもその顔は泣いている様にしか感じない。
裏返って怪物になってしまった誰かは、殺した誰かを見て嗤っているけれど呆然と嗚咽をもらしているのだと分かってしまう。
皆がみんな、怪物になった人も、死んでしまった人も、全員が苦悶の表情を浮かべている。
ならば、放っておける訳が無い!!!
そう思ったから、あらん限りの力を振るおうとした。
なんとしても救わなければと自分の大切なナニカを絞り出す。
――――けれどそれは阻止されたのだ。
頭に響いて動きを封じる、久しぶりに聴いたアデルの声によって。
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