第29話

 思い出されるのは、犬に擬態していただろう前世で遭遇した存在と、幻獣の森で出遭った怪物達。

 ではアレ等は――――


「そう。君を狙ってきた。フリードリヒは君に引っ張られた影響で一見”正”に属しているように見えるから、君も勘違いしたんだ。フリードリヒにとっては本来敵じゃないんだけどね。彼は”正”と”負”の属性を持ってる特別だから。正反対の属性を持っているっていうのはとんでもないんだよ。私達みたいな存在の中でも別格。ルディアスは……。君は、ルディアスに近すぎて擬態に目くらましされている状態。正しくフリードリヒとルディアスの属性が把握できていない。君が”正”に分類されない特別であるなら、ルディアスは”負”に分類されない特別。分類外の存在はそれだけで破格。”邪”だの”呪”とか”清”に”浄”っていうのも珍しいけどその比じゃないし」


 そこで言葉を一旦切ると、視線を強くして私を見るギュンターに身を固くした。

 私が招いた事態に、奈落の底にでも沈み込みそうな程申し訳なくなっているのを知っているのだろう、一瞬温かな眼差しになってから、ギュンターはまた口を開く。


「君は気にしすぎ。それ以上の恩恵も与えているんだから気にしない。伯父上が消してるのなんて一部だよ。君の側にいるっていう事はそれだけで特別な事なんだから。これより格段に劣化したシロモノでも聖女効果ってなったりするレベルだから。伯父上に消されていても十分十分」


 そこまで言った後、腕を組んで一人肯いたギュンター。


「やっぱり君にとって知らない事で不利になる事柄についてはしっかり言っておこうと思うんだ。そうしないとどんな被害が出るか分からない。君の友人、カタリーナ・ノイ・チューリンゲン。彼女には前世の記憶が在るって言うのは私も知っている事だけど、それはどうしてかっていう事を大まかに説明しようかなって思うんだ。君の友人が利用されない為にもね。そして君が勘違いしない様に」


 ギュンターは真剣な眼差しで私を見詰めながら、腕を解いて顎に手を当てながら眉根を寄せる。


「私達には基本的に寿命は無い。同類に殺されない限り死なないし。同類って言っても強さは千差万別でね、私達は自分より強い存在以外の攻撃は意味が全く無い。ジャイアントキリングって無理なんだよ。だって自分以下の存在の攻撃は一切効かないし、自分以上の存在の攻撃は防御も出来ない。上位者から一方的に殺されるだけだ。これはどこも共通だね。攻撃が通る時点で同じ階層って事。階層が違えば全ては無駄。これを覆すには……って、今は必要ないね。大事なのは、私達みたいな存在は寿退って事」


 ギュンターは大きくため息を吐いて、ポンポンと自分で自分の腕を叩いていた。

 どこか呆れたように。


「強ければ強い程死ぬ機会がまるでない。おかげでろくでもない趣味やら研究やらに精を出すんだよ。例えば蒐集とかね。これは珍しい属性を集めてコレクションを見せびらかしたりって事をやっている連中もいる。後はそうだね、チェスとか将棋みたいに、強い駒が誕生するようにその世界を調整して、出来上がった駒を戦わせる勝負事とか。コレの変種っていうかより高度って言われてるのは、同じ条件で世界を運営して、自然発生した強力な駒を使って競うっていうのだね。何億年だとか何千億年だとかかけての遊びも良くやってるよ。惑星だとか星系だとか銀河を動かしてのチェスだとかね。より強いカード、珍しいカードを作り出すために色々調整だとか運営だとか脚本だとか考えたりするのもいるね。でもやっぱり自然発生したのが一番っていうのが共通。カードって言うのはほら、私達としては武器だとか特別な存在だとかだね。人間も珍しいカードを集めたりするだろ? それと一緒。育成を好きな奴もいるから世界を幾つも創ってそれぞれ条件を変えて楽しんでるのもいるね。ああ、実験というか、研究を行っている連中は、同じ人間でも環境が違えば変わるのかっていうのを探求しているよ。大抵魂レベルで腐ってるのを色んな世界から見繕って、それを別の世界に送り込むんだ。比較対象として魂が腐ってないのとか微妙に腐ってるのとかサンプルは色々取り揃えたりね。中には実験の一つとして転生させないで転移させるとか、集団で転移させてみたりだとか、何か課題を与えてどうするか経過観察してたりね。それも色々比較対象が無いとっていうので色んな条件付けしてる。偶然巻き込まれた存在を観察してたりもしてるかな。ま、偶然っていう名のワザとの場合もあるんだけどね。偶然巻き込まれたとかこちらのミスだとか言って下でに出た場合と、傲慢な調子で運が悪かったとか言ってみたりだとか、何も言わずに送り込んだりだとかの比較実験もしてる。ただ本当にその存在の運の関係とかで巻き込まれるのもいるんだけど。きちんと正直に伝えてみても、分かってくれない存在ばっかりって呆れてたのもいたな。だから実験用のマウスだとかメダカだとか、それで分からないなら蠅や蟻も例に出して説明しても理解してくれないんだってね。子供の頃にした植物の観察日記も例に出したりとかもしてるらしいけど。後はそう、水たまりにいる蚊の幼虫が死んだり、蟻を踏み潰して何か感じるのかなとかちゃんと説明しても分かってくれないって真面な連中も嘆いていたね。そういうボウフラだとかゴキブリだとかの不愉快な虫をうっかりミスして殺したとして気にする人は少数派でしょって言っても、その少数派を出せって言われたりするんだって。じゃあ自分が嫌いな虫に何か言われた場合どうするのっていう視点が抜けてるんだってね。わざわざ虫を丁重に扱う相手を呼び出すかって。まして他にやる事がある時にだよ。ただでさえ目の前にどうでも良い虫がいるのに。しかも虫がナニカ要求してくるんだよ。よっぽと心が広くなきゃ不機嫌になるって。それにその虫がとっても特徴があるのでなければ見分けられるかっていう話。印付けないと無理でしょ。ちゃんと選んで実験してるんだよ。それでも誰かの行動次第で巻き込まれて死ぬって場合もある。だからって実験してる時に入り込んできた研究対象外の虫をどうするのって話なんだけど。分かりやすくダニや蚤ってちゃんと言わないと分かんないのかな……。でもそういうのも好きな奴は好きだし……不快害虫で理解してくれたら嬉しいんだけど……それくらいの感覚だって……なら一般的な態度の予想もつくはずなんだけどって高望みしすぎ……? やっぱり不快害虫以外の何者でもないんだけど……そちらは不快害虫に選択肢とか与えた事あるのって聞きたい……問答無用で殺虫剤とかじゃないかな……もしくはスリッパとか……魔法をぶっ放すのもいるよね……外に逃がすだって絶対少数派だよ……殺すのも嫌だからっていう消極的な拒絶だから……」


 ギュンターは大きくため息を吐いて、心底面倒そうに首を振った。

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