第8話 序章 8
途端に、引きずり込まれ目の前に広がるのは病室。
前世の入院していた病室だ。
月明りが綺麗で、夜中に窓とカーテンを開け、独り見惚れていた。
その日はとても大きな満月で、不思議と赤黒い、見事な月だったのだ。
ふと気が付いたのは、窓から大きな蛇が私を見詰めていること。
大人のニシキヘビくらいはあっただろうか?
毒蛇の特徴である三角の頭を持った、金色で赤い瞳の蛇。
その蛇は瞬きしたら居なくなっていたのだ。
夢かもしれないと思ったけれど、それにしてはあまりにも色彩が鮮やかだった。
月つながりなのかどうかは分からないが、突然目の前に展開されたのはあり得なかったモノ。
起こらなかったソレだ。
四つあるそれぞれ色も大きさも違う月が、全て満月で煌々と今を盛りとでも言うように輝いていた。
「全ての月の光が湖面に反射してキラキラしているね。綺麗だなぁ……なんだか月の光が迷宮で踊っているみたいにも見える気がする……?」
そう、湖に光が囚われながら舞っている様に見えたのだ。
桜の輝く花弁が更に華やかさを添えているからだろうか、荘厳な眺めに見惚れてしまう。
そんな私にルーとフリードは顔を見合せてから
「ならばエルザは月の華だな」
ルディアスがさも当然のように笑みを浮かべながら告げると
「確かに。華やかだが可憐で清粋な月の華を思わせる」
フリードリヒも納得顔で何度も肯いている。
何やら誉められている様なのは認識出来たが、理由が分からず首を傾げた。
それ程大したものではないと思うのだ、私は。
むしろお祖母様の方が月の華といった風情だと思うのだが……
そんな私をルーもフリードも苦笑しながら優しく見詰め
「エルザは春の女神さながらだが、月の光の下も良いと思ってな」
ルディアスの眼差しに既視感を感じていると
「エルザは春の暖かな陽の光も良いが、月も似合うと思う……すまぬ、嫌だったか?」
フリードリヒは心配そうに私を見詰めるものだから、そちらに意識を注いだ。
私なりに精一杯微笑む。
「大丈夫! 二人が純粋に誉めてくれたのは分かるから……あの、ありがとう」
なんだか頬が熱い気がする。
今まで誉められても熱を持った様になった事はなかった、はず……
どうしたのかな、私……?
この頃どうも二人に何か褒められると心臓がおかしな音を立てる様な気がした。
記憶にない光景と動悸に当の私は困惑するしかない。
その光景を最後に、私は目が覚める。
何度か瞬きを繰り返して、ここが寮の私の部屋でありベッドだと認識し、どうにかまだ大丈夫らしいと息を吐く。
起き上がって見渡せば、この頃とても見慣れた景色に苦笑がもれる。
私が起きたのが伝わったのか、ソファーで寝ていた三人が同時に目を覚ました。
「エルザ様、どこか不調はございませんか?」
ベアトリス様が心配そうに私の元へ礼儀を逸しないギリギリに駆け寄る。
「ではわたくしは皆様にエルザ様がお目覚めになったと伝えてまいりますわ」
アーデルハイト様は速足で寝室を出て行かれた。
「エルザ様、早々に身支度を。何があるか分かりませんわ」
リーナが険しい顔で窓の方を警戒しつつ着替えの制服を持ってきてくれていた。
寝る時も寝間着ではなく、いつでも動けるようにと寝心地の良いものを選んで普段着を着ているのだ。
流石に制服で寝る訳にも行かない。
ただ、対峙した時に制服ではないとなると、鬼の首を取ったように居丈高に相手の方々に責められてしまい、ますます話にならなくなるので朝起きたらすぐに制服に着替える様にしている。
本来、魔法学校のあるグランツは学術都市と言われるくらい学校が多いのもあり、若い人の割合がとても多い。
同じ年くらいの子も沢山いる。
制服のままで歩く人が多いのも手伝い、制服が正義の様な雰囲気は前々からあったのだ。
以前から基本的に制服ではない姿で街中に出掛けていたのは、貴族、士爵、騎士階級の子達だけだった。
他校でもそうだったらしいが、何故平民だけが制服で出歩いていたかというと、学校の制服による権威付け、だったらしい。
制服の偽造は罰せられるので、制服さえ見れば学校が特定出来るからが理由だという。
どうやら平民の人達の自尊心を満たすものであるらしかったが、私にはよく分からない。
グランツという都市にある学校は全てエリート専門なのも手伝い、他の都市に行く時も平民の子達は制服で出歩くという。
他の学校にも興味はあったけれど、どうも遠巻きにされていた理由を知らずにいた事が脳裏を過る。
教えてくれるのが当たり前の様にフリードリヒに訊いてみたら、容姿と服装で貴族か士爵と判断されるからだろうと今では考えられない程優しく言われたのが思い出された。
この世界では容姿が整っていればいるほど魔力が強い証だから、当然それは貴族か士爵な場合が多いのだ。
街中に出ている時の服装は結構質素だったと思う。
――――今はなるべく権威を誇示する様にしているけれど……
この国でも女性は必ずスカートでなければならない訳ではない。
戦闘訓練等は戦闘服で行うからパンツになるのだ。
それ以外は普段はあまり私は穿かない。
侍女達がとても嫌がるのだ。
確かに、貴族の令嬢はあまり着ないだろうというのは知っている。
暗黙の了解で身分が高ければ高いほど着ない印象だ。
前世でも学校以外では穿かなかったのを思い出して苦笑がもれた。
身長が低いからパンツ類は裾が長すぎてしまうのが常で、直してから穿かないといけなかったから。
何故制服をこれ程尊重するのかが不思議で疑問でしかないけれど、
取りあえず今の所はこの制服でどうにかなっているけれど、それもいつまで持つかという現状にとめどなく頭痛が起こるのも日常だ。
この状況に慣れてはいけないと思いつつ、慣れてしまう位には時が過ぎた。
――――始まりは、何だったろうか……?
思い返しながら、私に出来得る最速で身支度を整えた。
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