第6話 序章 6
エドとフェルが幻の様に消え失せようとしていて、消えてしまわないでと条件反射的に思わず手を伸ばした瞬間、一気に浮上していく感覚を感じ、もうすぐ夢から覚めるのだろうとホッと息を吐きつつ、それでも目覚める事はどうしようもなく気が重い。
理由の一つに突然落下さながらに酷い光景を見てしまう事もあるから、というのもあるけれど……
――――……一番大きな理由は、現実逃避に他ならない。
……要は目覚めたとしてもあまりにも……
思考が負の方向へと進む中、夢から浮上する途中、唐突に現れた光の膜の中で私は飛び込んできた光景に目を見開く。
――――あの事件の翌日の朝、説明を受ける前で事情も何も知らなかったから、ふとディート先生とした話が脳裏を過ったのも手伝い、部屋で待ちながら加奈ちゃんと談笑していたのだ。
「加奈ちゃんは、前世で精進料理を食べた事ってある?」
ユーディ様はまだ入院中だったから、人払いしつつ私の部屋で加奈ちゃんとディート先生からの連絡を待ちながらの他愛のない話。
皆の事は心配で堪らなかったけれど、その報告を待っているのだからと必死に言い聞かせていた。
だからだろう、まったく関係のない話題にしようと思ったのだ。
それでも私としては気になっていた事を訊いたのだけれど。
「うん? あるよ。正月の三が日とお盆中、後は春と秋のお彼岸に家族と毎年食べてた」
なんて事の無い様に加奈ちゃんは言うけれど、かなり料理を作る人は大変ではないのかと他人事ながら思ってしまった。
「凄いね」
すんなり言葉は出てきたけれど、ああ、やはりかという思いも湧いてしまって複雑だ。
「そう? まあ、周囲の人達には伝統的、伝統を重んじている、と思われてはいたし詳しくは普通の人には説明しなかったけどね。私の母方の一族はさ、祀っている神様の関係で精進潔斎した方が身体に良いんだよ。力も安定するし。私は転生してからも精進料理食べてるよ」
当たり前のように教えてくれる加奈ちゃんは、それが自分にとっては当然の事だと思っているのが分かる。
「そうだったんだ。知らなかった……」
この世界でも食べていたというのは……と考えてしまえば、理由は容易で。
それを彼女に言うべきなのかが分からない。
きちんと知った上で食べているのかもしれないのだ。
――――ディート先生に訊いてみた方が良いだろう。
そう結論付けて、ホッと息を吐いていた。
「まあ、人に言う事でもないかなって思ってさ。
加奈ちゃんにとっては楽しい思い出なのだろう、表情が綻んでいる。
「
私には耳馴染みのない言葉で、思わずオウム返しにしていた。
「ああ、ニンニクとかニラとかの主にネギ科の臭い野菜。食べちゃダメっていうのが仏教的な正式な精進料理だったと思うよ。食べた時はこう、パワーが付いたっていうか能力がアップしたのか、攻撃力が上がった気がしたかな……でも食べない時は食べない時でまた違った能力の出力というか……」
真剣に眉根を寄せながら悩んでいたけれど、ハタッと私がいる事を思い出したのか、バツが悪そうな表情になりながら
「……でも急にどうしたの? 精進料理なんて普通知らない人は知らないでしょ。
どうやら私も精進料理を食べた方が良いらしいのだと伝えると、加奈ちゃんは納得顔で
「なんとなく分かるかも。瑠美って穢れに弱そうな気がするから。あ、それに瑠美って内臓系の肉苦手だよね。それで思い出したんだけど、穢れとかはね、内臓とかに色々蓄積されたりするかららしいけれど、感受性の強い奴は内臓系苦手なんだってね。栄養もあるのは分かってるんだけど、無理な人は無理だから。自分が受け付けないものを無理して食べる事も無いと思うよ。勧められた場合、エルザなら穢れに弱いからと言えば誰も強要しないだろうけど」
そう心配そうに言葉を告げる加奈ちゃん。
彼女にお礼を言った光景を最後に、また暗闇に包まれつつ浮上していく感覚。
今度は素直に、且つ何事もなく安全に目覚めたいと大きく息を吐いた。
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