第3話 序章 3

 加奈ちゃんは息を吐いてから目に力を入れ言葉を発する。


「私さ、王子様にはお姫様様だと思うのよ。騎士はあくまで騎士。そりゃ王子様兼騎士や王族兼騎士は別としてね。大体においてだよ、知らない人も多いだろうけど、シンデレラは実はお姫様だし。シンデレラのストーリーっていうのはさ、お姫様が困難な状況から色々なモノに助けられて王子様と幸せになる話なんだよね。ある意味”貴種流離譚”的な話。流離してないっていえばしてないけど。シンデレラは王族のお姫様じゃないかもしれないけど貴族の正式な娘だからお姫様で合ってると思うんだ」


 滔々と意気込んで話す加奈ちゃんに、前世を思い出しながら肯いた。


「あ、勇も言っていたけれど、シンデレラ、庶民の生れの少女じゃなくて、王宮からは花嫁候補に該当するって認識されているレベルの家の、貴族の正当なお姫様だよね」


 加奈ちゃんは力強く肯き拳を握りながら


「そうそう! そもそも当時の西欧貴族にしてみたら、継母とシンデレラの父親との間に子供いないから、父親の遺産はシンデレラにしかいかないし、義理の母も姉達もシンデレラが跡継いだら色々権利無いからシンデレラ次第で追い出される可能性が高いしで、シンデレラ最初っから勝利が決まってるんだよね。義理の母と姉がシンデレラ殺さないのも、シンデレラ死んだとしても財産一切手に入らないからだし。そもそもシンデレラの家に王子様の花嫁選ぶ舞踏会の招待状くる時点でさ、王子様とシンデレラ、身分違いじゃないんだよね」


 勇がシンデレラストーリーと言われている物語を読みながら、呆れた表情で言っていたのが鮮明に思い出される。


「うん。だから本来はシンデレラのストーリーって、王子様とお姫様の順当な物語だって勇に教えてもらった。そもそも俗に認識されているシンデレラストーリーの定義が間違っていて、シンデレラが庶民じゃない時点で玉の輿とは違うって」


 我が意を得たりという雰囲気の加奈ちゃんは、眉根を寄せながら


「私さ、身分違いの恋愛も結婚も大嫌いで。自分達は良いかもしれないけど、絶対周り苦労するもん。身分違いの恋だかなんだかに浮かれてたのが冷めたら当人達も大変だよ。周りにいる人達と違うのが良いのかもしれないし、新鮮に写ったとしてもだよ? それが日常になって、お互い歩み寄り出来なきゃ破綻しかないし。ま、普通の結婚とか恋愛もそうだろうけどさ、育った環境が違い過ぎるって、それだけすり合わせが大変だし磨耗しかねないじゃない。価値観が違うのなら普通の家同士だとしても破綻しかねないんだから。その隔たりが大きかったらそりゃあねえ……」


 そこで言葉を切った加奈ちゃんは大きく息を吐いてから眉間に手をやる。


「ここに転生して骨身にしみてるけど、身分違いは地獄だよ。周囲にしてみたって身分違いの身分低い方は迷惑以外の何者でもないってのが痛感したね。正式な場に連れて行かなきゃいけないっていう正式に結婚した玉の輿、逆玉の輿の場合、元々教育受けているのと違って教育だのに資金だの余計な手間がかかって。しかもいざって時にだよ、身分低い方の実家、何出来るってなるし。人脈広いとか、特別な知識、技能がある、資金が沢山あるとかみたいな身分高い方に有益な何かがないとデメリットばかりで、身分低いのと結婚したら身分高いの苦労するよ。それでも良いってずっと思えるの少数派でしょ。不満ってある日限界超えるから。日々の積み重ねだから。それでだよ、そんな二人に出来た子供も片親の実家しか力がない訳だから、両方力がある子供より色んな面で不利だし。確かに両方力があるとプレッシャーも凄いかもしれないけど。でもそれをどう利用するかでしょ。新しい血は必要だけと、劣悪だったら笑えない。子供の両親は色んな意味でバランス大事だと痛感するもん。色んな意味で秤が片方に寄りすぎると大変だよ。もちろん周りが。大人なんだからさ、迷惑考えろっての。結婚も子作りも遊びじゃないんだから……あ、もちろん周りの人には家族親戚以外の臣下や家来、部下、上司と、ご当人の子供含む」


 加奈ちゃんの言葉を聴きながら、表情を変えない様に執心しつつ尤もだと内心は思っていた。


「この学校でさえ、ああ、この学校だからかな、士爵家や騎士家の子とかはそうでもないけど、平民の子は玉の輿、逆玉の輿夢見てる子、多いみたいだね。個人的な感想だけど、学生の内だからだとしても身分違いの恋愛も結婚もどうなの? とは思うなぁ。ま、私が根本的に見分違いの諸々が大嫌いだからかもしれないけどさ。学生の内の熱情とやらで恋愛までは分かるけど結婚まで在学中にしちゃうのいるって聞いてね……」


 リーナは重々しく溜め息を吐く。


「どうなの、 って……?」


 私は表情を平静に保ちつつ、リーナに思わずそこだけを抽出して訊いてしまった。


「うん。さっきも似たようなこと言ったかもしれないけど、私の個人的な感想というか観察結果なんだけど、何かさ、身分違いの恋愛は、特に身分が高い方がね、根本的には目新しいからこその興味本位な気がするんだよね」


 加奈ちゃんの言葉をオウム返しにする事しか出来なかった。

 ――――納得してしまうのが怖かったのかもしれない。


「……興味本位……」


 加奈ちゃんはどこか呆れたように表情を曇らせながら


「そう、根本は興味本位。身分違いの元って、実際、自分の周りには今まで居なかったタイプな訳じゃない? だからこそ、気になる、って感じ。大体だよ、身分が高い方さ、身分低いのと結婚したとして、どっちの生活レベルに合わせるのかってなったら、身分低い方に合わせられると思う?」


 前世の母が、思わず脳裏を過った。


「……全てではないだろうけれど、無理な場合は多い、と思うよ」


 そう、大方の人は無理だろう。



 前世の母は、食べ物等何もかも合わず、直ぐに体調を崩し病院の点滴でもったらしい。

 私が無事に産まれた事さえも、奇跡的、だったらしいと聴いてはいたが、色々思い出した今では一体どうやって産んだのかさえ不確定。

 思い出した今だから思うのだが、そもそも病院に行くお金は無かったような印象なのだが……



 出産後も体調を崩してばかりで育児も出来なかったから、父が頑張ったらしいと聞いていたし信じていたが、実際は私をただただ放置していたのも今ならば知っている。



 思い出した今も変わらないことは、母は元々身体が弱く、自分では家事もした事がなかったらしいし体調のせいで困難だった上、洗剤やら安い化粧品も一切合切合わないので身体はぼろぼろになってしまったから、幼い私の方がまだ家事をしていた位だという記憶。

 ……思い出した今なら、母も父も本当に何もしなかったのを良く知っている。



「だよね。それなら身分低い方が高い方に合わせられるか、っていうと、それも難しいでしょ? 幼い頃からの蓄積が無い訳だから必死に飽きずに努力出来ないととてもね……長年の習性や価値観は中々変えられないし、どっちに合わせても其々大変。勿論、結婚はお互い色々擦り合わせていくものだと思うけど、隔たりが大きければ大きい程困難な道のりだと思うのよね。当然、大変であればあるほど息切れだってしやすくなる。ま、同じ様な環境で育った人同士と比べたら破綻しやすい訳で、身内や交遊関係も色々諸問題が普通より発生しやすくなるだろうってのは容易に想像出来る」


 そこで加奈ちゃんは酷く真面目な表情になりながら拳を強く握った。


「生きてくってのは二人だけじゃ無理だって気がつかなくちゃダメだろうし、二人だけの世界はお互いは幸せなのかもしれないけど、周りの迷惑はどうするってなるし、片っ方が死んだ時とか考えろって話にもなる。二人で心中ってのもそれはそれで身勝手だよ。最悪、死体の処理やら各種の手続きどうするのさ。諸々考えたら、どうしても身分違いの恋愛も結婚も止めとけと思うのよね。それぞれの世界で生きるってのが一番だろうなと」


 加奈ちゃんの言葉が酷く心に刺さるのに、不思議と尤もだと納得もしてしまって、表情が崩れるのをどうにか抑える事に固執するしか出来なかった。

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