第134話

 私にとって、前世での家族とはなんだったのだろう……?

 もしかしたら、誰も私を家族とは思っていなかったのではないだろうか……?

 



 そう納得してしまってから、何か荷物が下りた様な不思議な気分だ。

 歪、だったのだと今なら分かる。



 それでも、当時の私にとっては大切だった。

 ――――では今は……?



 現在の家族は大切だ。

 素直にそれは言える。



 現在の両親は、私ばかりが尊重するのではなく、私も尊重されているのだとえるから。

 だからだろう、居心地はとても良い。



 お互いが大切に出来ない関係はどこかで破綻するのではないかと、今更ながら思ってしまう。



 それにしても…………紙と、判子……

 もしかしたら、それは……



 まさか、まさか、ええとですね……



 否、でも、家族と言ったら、その、け、結婚しかない、と思うのです、が……

 当時特に何も考えていなかった私って……

 普通に考えたら、親子や兄弟ではない年頃の異性が家族になるのは、良く考えなくても結婚、だよ、ね……?



 ――――……穴があったら埋まりたい……――――



 ――――ああ、本当に、私、あの日に死んで良かった。



 勇と結婚しないままで死んで、本当に本当に良かった。



 優しい勇に、足枷をはめずに済んだもの。



 間もなく死ぬ女と結婚なんて、させられる訳がない。

 勇には幸せになって欲しいのだ。

 その為に邪魔なら私は忘れられても一向に構わない。

 勇が幸せなら、それで良かったのに……――――



 私は死ぬのだから、ずっと一緒は不可能だ。

 それが申し訳なくて、だから、勇に私を忘れて欲しくて――――……



 でも、ふと、考える。

 もし、死なずに、奇跡的に回復して、勇と結婚して、ずっと一緒にいられたら……



 ――――それは、眩暈がするほどに、心の底から幸福だろう。



 そう思考が行き着いた時、自分を心底唾棄した。



 ――――勇もそうだとは限らないだろうに。

 もうすぐ死ぬ女への手向け以外の何がある。



 自分はここまでエゴにまみれていたかと、重い息を吐く。



 だいたい、もしもが過ぎるのだ。

 生まれ変わった今、世界さえ違うのだから、その仮定はあまりにも無意味で。



 ――――けれど、どうしてこれほどに胸が掻き毟られる。

 どうしてこれほどに、藁にもすがるほどに……――――



 それを、望んでいるのだろう――――……



 思考の迷路にはまっていると、足元が抜ける様な浮遊感。

 どこか暗いところに急速に墜ちていくのを感じながら、心にあったのは、前世で一番長く時を共にした、懐かしい、決して消えない、消したくない、大切な面影だった……――――




 今度は光ではなく、墜ちている周囲の闇など生易しいと言わんばかりの奈落の底で灼熱に包まれた。



 瞬時に焼け焦げてしまいそうな怒りのマグマが煮えたぎっている。

 こんな所にいたらすぐさま気が狂うのは解っていた。

 それほどにここは他をユルサナイ怒りと殺意の底無し沼だったから。



 けれど、けれどだ。

 私の足を、意識を、心を縫い止めるのは――――




 許さない、赦さない、許さない赦さない許さない赦さない許さない許さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さないユルサナイ赦さないユルサナイ赦さないユルサナイユルサナイ赦さないユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユユユるサナいユルサナイユユルさサナイユユゆルササナなナなイイイいい!!!!!


 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスココロスコロロロススコこココろロスコココロロロロすスコころロろスススすすす!!!!!!



 殺す



 何度殺しても殺し足りない。

 何度何度殺しても

 何度何度何度殺しても殺しても

 何度何度何度何度何どなんど何度なんどナンドナンドナンドナナナナんど殺しても殺しても殺しても殺してもころしてもころしてもころしてもココココろしてもココロしテモコロシテモ


 足りない足りない足りない足りないたりないたりないたりないたりないたりないたりないたりないたりないたりないたりないたりないたりないタタりないタタタタタりナイタリナイ




 空間を圧迫して息も出来ない程の赫怒の渦にしているのは、純粋な、これ以上はないくらい研ぎ澄まされた圧倒的な殺意だった。

 壊れたレコードの様に、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。



 目の前で静かに滾る氷のマグマさながらに、冷たいにも関わらず煮えたぎる怒りと殺意の泥沼。

 それがこの空間だった。



 私が一番驚愕したのは、心が掻き毟られたのは、この常人なら狂っているとしか思えない怒りでも、正気を喪う程の殺意でもない。



 その、声を。

 その、気配を。

 どれ程経っても、どんなに怨嗟と憎悪と何より殺意に濡れていたとしても、どれ程存在が様変わりし歪んでてしまっていても、その、癖とさえ呼べない話す時の間や吐息の付き方を。

 変わり果てていても、姿を見なくたって、私が決して間違えるはずがない。

 そう断言出来るのは、今も昔もたった一人だけ――――……



「……――――――――勇……?」



 こういう空間で初めて零れた、音を伴っての私の呟きに、空間が、何かに慄いた様に震える。



 それはまるで、ありえない起こりえない奇跡に、怯えている様だった――――

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