第129話
「はい。そうですが……」
何故それを今言われているのかが分からず首を傾げていると
「慈悲慈愛に博愛か……おまけに自己犠牲と……本当に利己的とかそういうのとは無縁だよな、エルザは」
告げられた言葉には反論しようと口を開く。
「ディート先生、私は、誰かを理由に何かを成すのは苦手です。結局、決めるのは自分だから、自分がしたいからするのだと思っています。難しいですけれど、大切な存在を貶める事はしたくないですし、だから決断は、自分でと、そう思うのです。理由ではある、のは否定出来ない、とは思います。だからせめて何かを汚す理由にはしたくないなと。それは誰かの為に、ではなく、私がしたいからしたのだ、行ったのだと、胸を張っていたいのです。私は、とても利己的だと、そう、思います」
そう、お父様、イザーク、そしてフリード。
お祖父様やお祖母様を始めとした家族にギルやエドにリア達幼馴染達、ユーディを始めに私の友人になって下さった方達、ディルクやカーラ達家に仕えてくれている人達。
ディート先生を筆頭に家庭教師をして下さった先生達。
出逢った事は無いかもしれないけれどこの国に住む人達。
……加奈ちゃん。
それからルディアス。
私は、彼等になにか出来るなら、何かをしたい。
彼等が幸せであって欲しい。
けれどそれは、私が勝手に思っていることだ。
行動に移すのも、自分が勝手に決めるのだ。
私がしたいからするだけ。
だから彼等は関係がない。
それで私がどうなったとしても、後悔は無いと言い切れる。
「大事な連中の為に、ってのは結局責任をそいつらにおっ被せてるのと同義だと俺は思ってる。だからエルザは、やっぱり利己的やエゴとかとは縁が無いんだ」
ディート先生は苦笑しながら頭を撫でて下さる。
それは心地よいけれど、私は自分自身を身勝手だと思っているから。
自分がしたいからそうするのだと、大切な人達の意思さえ無視して実行するかもしれない。
否、それが最善だと思ったらするだろう。
そんな私はエゴ塗れの、醜い身勝手な存在なのに、ディート先生は目が曇っているのではないかと軽く睨むと、ディート先生はちょっと愉しそうにしつつ
「俺は、神を信仰していない。まあ、この国では異端だわな」
また唐突な話題転換に疲れているだろうけれど、頑張って脳味噌をフル回転。
「無神論者なのですか? この世界には幻獣が居ますし、精霊だっています。彼等が神の存在を証明しているからこそ、誰もが信じているのだとばかり」
ディート先生は唾棄するように表情を歪め
「劣化品だ、どう考えたって。だからかね」
理由が分からずオウム返しになってしまう。
「……劣化品? ですか……?」
ディート先生は私を見ながら楽しそうに表情を崩し
「ああ。でも、そうだな、エルザだとしたら、信仰しようか」
なぜ突然私がそこに入るのかが分からず目を瞬かせる。
「ええと、あの、私は止めておいた方が……」
ディート先生は楽しそうにしつつ私の頬を突っつく。
「何故だ? エルザなら良いと思うぞ」
私は真剣な表情になって、ディート先生を見詰める。
「私は大したことありません。ディート先生の方が凄いです。いつも尊敬していますから」
そう、何か困った時はすぐに解決してくれるのがディート先生だ。
私が望むようにいつも気にかけて頂いていると思う。
それが申し訳ないと思いながら、本当に助かるものだからズルズル甘えているのだ。
もっと成長したら、きちんと独り立ちしたいと思っている。
「エルザは自己評価が低いのは相変わらずか。もっと自信持て。それからありがとな。素直に嬉しい。エルザのは純粋なのだからな。他の連中のには大なり小なり色々含まれててなぁ。分からないと思ってるんだよな。分かると知ってても。あれが解らん」
後半の吐き捨てる様な表情と口調に目を見開いてしまう。
「……私にはよくわかりませんが、本当にディート先生を尊敬してますからね。いつも気にかけても頂いて、もったいないとも思っていますし、魔力無しの私より他の人達を教えた方が良いのだろうなとも分かっています。ええと、何を言いたいのかといいますと、私にとって先生は大切な存在ですから。ですから、そのですね、ありがとうございます」
ディート先生は吹き出しながら、楽しそうに私の頭を撫でる。
「何でそこでそうなるんだ?」
自分でも出た言葉に首を傾げる。
嘘ではないし、心からの本心なのだが、会話としては破綻している気はする。
「……分かりません……」
ディート先生は何やら納得顔で
「いや、うん、エルザらしいか。こちらこそ、諸々含めてありがとうな」
何故お礼を言われているかが分からないから、思わず復唱しているようになる。
「諸々含めて、なのですか?」
どこか照れたような表情の先生は手を振り
「ああ。ほれ、もう遅い。寝た寝た」
そこで深呼吸し勇気を出してお願いしてみた。
「……あの、寝るまで手を握って頂けますか……?」
ディート先生は怪訝な顔になりながら
「構わんが、どうした? 一度断ったのにまた頼むのはエルザ的に珍しいだろ」
確かにそうだ。
いつもの私ならば断っておきながらもう一度頼んだりなどしないだろう。
「……我儘なのは申し訳ありません。ただ、ちょっとこのまま寝たら嫌な夢を見そうで、誰かが寝るまで手を握ってくれていたら、悪い夢を見ない気がしまして……」
頭が大混乱に次ぐ大混乱な上、情報的に悪夢を見そうな気配が濃厚なのだ。
「成る程、了解。子守唄は要るか?」
今までディート先生の口から出た事のない単語に瞳を瞬かせる。
「……子守唄、ですか? えっと、その、お願い致します」
子守歌はお母様とお父様を始め身内からしか聴いた事が無いものだから緊張してしまう。
「妙に硬い言葉になったな。ま、良いけど。じゃ、歌うから目閉じろ。あんまり上手くないんだよな」
私の手を握りながら空いた手で頭をかくディート先生。
「それなら何故子守唄が要るかと訊かれたのですか?」
私の素直な問いにディート先生は苦笑しながら
「なんとなく。エルザになら歌うのも良いかと思ってな」
それはありがたいなと思いながら、私も空いている手で胸を叩く。
「そうなのですか。私は先生の声好きですから、ドンと歌って下さい」
ディート先生は何処か諦めた表情で苦笑しながら、
「……エルザは本当に相変わらずだよな。まあ、いい、じゃ、寝ろよ。ちゃんと子守歌歌うけど、聞きながらしっかり寝ろ」
何度も寝ろと言いながら、ディート先生の耳に心地よい声を聴きながらストンと私の意識は闇に沈んでいった。
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