第98話

 一晩中側に居た二人は次の日は学校だと言うので、ごねるのを説き伏せ、なんとか帰ってもらった。

 やっぱり学校は行くべきだと思うのです。



 私的にはまだ大丈夫だと思うし、病室に詰めていたら二人に負担ではないかと思ってしまってどうにも落ち着かないのだ。



 ヒューおじ様が朝食後にいらっしゃって、無理さえしなければ近々にどうこうは無いだろうとの事で、四日後には退院出来るのはありがたい。

 明後日はディート先生付きで花見に外出可能で、その後念の為に二日入院となったらしいのだ。

 ヨハネ教官とも話し合った結果、森での体験演習も出られる事になったのは素直に嬉しい。



 森での演習は、確か泊まっての幻獣の幼生達とのふれあいだったと思う。

 幻獣の森に隣接した森に行く事になるのだ。

 そこで人に慣れていない幻獣の赤ちゃん達に人に慣れてもらう為と、まだ幻獣を得ていない人の幻獣探しも兼ねてのものだったはず。



 魔法学校の最大の利点はこれだろうなぁと思う。

 貴族でも長期間居ても良いとはいえ、一回しかいけない幻獣の森。

 そこに隣接した森に行く事で幻獣と出会える様にするのだから。



 私はルチルという幻獣もアデラという妖精も居るけれど、幻獣の森近辺は療養にも良いとかでそういう施設も点在しているのだとか。

 だから私も体験学習で森に行く事が許されたのだ。



 ……皆、私に少しでも良い様にと色々と考えて下さっているのが分かって、心から感謝だ。



 昼食後のまどろみの中、誰かが来たのを感じて瞼を上げる。


「……お父様?」


 まだ仕事のはずのお父様の登場にちょっと驚いていると、


「ごめん! おこしちゃったかな……ほら、ジャムとシロップとアイス。アイスは薔薇とバニラがあるからね!」


 弾んだ声で私に声をかけてきたお父様に起き上がろうとしたら


「ああ、ダメだよ。まだ寝ていないと! ベッドを起こすから待っててね」


 そう言いながら何かを操作すると丁度良い起き上がり具合にベッドがなる。


「ありがとうございます、お父様。あの、薔薇のジャムとシロップとアイスと、もしかしてバニラアイスも持ってきて下さったのですか?」


 私が丁寧に話すと、お父様は不満そうに


「そうだよ。だから丁寧に話さなくても良いからね。ここには私しか居ないし。あ、ちゃんと家の薔薇だからね。料理長が腕によりをかけてジャムとシロップとアイスも二種類作ったんだよ」


 空間収納からそれぞれ出して、私のベッドのテーブルを出して乗せてくれる。


「昨日お願いしたばかりで、直ぐに? 料理長大変だったわよね……」


 私が心配したら、お父様は私の頭を撫でながら


「料理長のアントンを始め我が家の料理人達だってエルザに喜んでほしかったんだよ。エルザの為にって一生懸命作ったんだから。庭師長のブルノと他の庭師達もね、沢山薔薇を集めてくれたんだよ。ちゃんと感謝しないと。エルザに喜んでほしくて皆動いたんだ。だったらありがとうって感謝するのが正しい主だね」


 確かにそうだ。

 誰かに喜んでほしくてした事ならば、その人に感謝されたら嬉しいと思う。

 私だって感謝されなくても何かしたいしそれで満足だけれど、感謝されたらやっぱり心が温かくなる。


「あの、お父様。皆にありがとうと私が言っていたと伝えて下さる?」


 お父様は嬉しそうに微笑んでから


「分かったよ。そうだ、何か食べるかい? 薔薇のアイスも薫り高くて本当においしいよ。ジャムとシロップも良いし……あ、そうだ、シロップは炭酸で割るかい? これも薔薇の香りが良くてね、色も綺麗でエルザもきっと喜ぶよ」


 お父様はいつも通りに私に話しかけていると思う。

 けれど、瞳が揺れている、と思えて仕方がない。

 無理をしているのではないかと不安になる。


「味見してくれたの? ありがとう、お父様。一緒に薔薇のアイスが食べたいな。薔薇のシロップを炭酸で割ったのも飲みたいかも。あ、でも、今の私だと炭酸大丈夫かな……?」


 お父様は何だか一生懸命の笑顔で


「あ、ヒューに訊いてみるからちょっと待ってて。そうそう、クラウス先生にもいつでも連絡出来るようになっているから、学校に行っている時に何かあったら直ぐに連絡するんだよ。だから待ってて!」


 すごい勢いで病室を出て行きながら捲し立てるお父様に目を見開きつつ、楽しみに待っていた。




「ヒューに訊いたら大丈夫だって! ただきつい炭酸はダメだからね。それでね、家から炭酸水は持って来たんだ。部屋にグラスはあるし、氷もあるし、大丈夫だな。あ、そうだ、バニラのアイスとジャムは冷凍庫と冷蔵庫に入れておくから。後は……」


 戻ってきたお父様はいつも以上にパタパタしている気がする。


「お父様、大丈夫。早く一緒に食べよう? あ、炭酸水とシロップの割合とかどうしようかな……私の好みだとお父様には甘すぎる気がするし……」


 毎年作って飲んだり食べたりしていた。

 パンケーキにバニラアイスとジャムかシロップをかけて食べるのも好きだったりするし、ジャムやシロップを紅茶に入れるのも好きだ。

 けれど今は薔薇の味を楽しみたいから炭酸水が嬉しい。


「今日はエルザの好きな味で飲みたいかな。バニラアイスも薔薇のアイスもエルザの好みに合わせたって料理長が言っていたよ。ジャムもシロップもエルザの好きな甘めでレモン汁は少なめだって」


 お父様はそう言いながらグラスと氷の用意やアイスを入れる器とスプーンを準備しつつ、私の前に置く。


「あ、私が入れて良いの? お父様が入れる?」


 私が訊くと、お父様はどうしようかとひたすら悩みだした。


「エルザに入れて欲しいけれど、エルザに無理させるのも……でも折角だからエルザに入れて欲しいし……だけどエルザに何かあったら……でも――――」


 どうにも終わりが見えないので、ちょっと起き上がってさっさと入れる。


「お父様、はい、どうぞ」


 炭酸で割ったシロップ入れの薔薇ドリンクを作ってお父様側に置くと、お父様は複雑な表情になる。


「エルザ、ありがとう。でも大丈夫なのかい? ほら、寝てないと。ベッドは起こしてあるけど、寄りかかった方が良いよ」


 複雑な表情のままいつもの様に私の心配をするお父様に苦笑が漏れる。

 お父様は相変わらずな様にも見えるけれど、慌て方がいつもより激しい気がするのだ。

 だって私を寝かせようとして足が縺れたのか転びかかっているし……

 それに私の作った物が食べたいとか飲みたいとかをいつも優先するお父様なのに、今日はいつも以上に悩んでいる。

 私が熱を出したり倒れたりした後は、私を心配したお父様が作ってくださったりするのだが、不思議と今日は私に作って欲しいと悩んだり、いつもと微妙に違う反応だ。



 やっぱりお父様はいつもより無理をしている。

 それが分かるけれど、きっといつも通りの方がお父様は喜ぶ、と思う。

 だから気が付かない振りで微笑んだ。


「ありがとう、お父様。早く食べないと溶けてしまうわ。お父様も座って座って」


 そうして二人で、いつも通りに薔薇のアイスと薔薇のシロップ入りの炭酸水を味わった。

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