第90話
驚きながら答える。
「桜……? この辺はまだ咲いているの?」
ギルは真面目に肯き
「ああ、それはな、ここは帝都よりも標高が高いのも手伝って桜は遅いが、それでももう普通の桜は終わる頃だ。だが、一本、とても遅咲きの桜が構内の中にある。それを見に行かないかと思って誘った」
嬉しくて微笑みながら
「ありがとう! 桜は好きだし、是非行きたいわ。二人だけで行くの?」
私が聞いたら、ギルは珍しく突然慌てだした。
「――――いや、その……! フリードリヒ殿下やルディアス殿下も誘うつもりだし、いつものメンバーも誘おうと思っている。当然ディルとシューもだ。だから、だな、二人きりとかは無い。断じて無い!」
何やら必死のギルの首を傾げながら、快く了承した。
「そうなの……? あ、でも、勿論見に行くわ。いつ?」
ギルはホッと息を吐いて何やら自分を落ち着かせたらしく
「……ああ、明日の放課後どうだろう? そろそろ満開だったと思うから、今が見頃だと思うんだが……」
成程。それなら明日が良いのだろう。
「分かったわ。明日ね」
ギルは優しく微笑んでから
「明日の放課後迎えに行く。リーナと教室で待っていてくれ。まだあまり体調も万全ではないのだろうから、無理はさせたくない」
ギルの言葉に目を瞬かせる。
「……あれ? 学部が違ったら他の校舎に勝手に入ったらいけないはずよね?」
ギルは楽し気にしながら
「許可は当然もらう。私なら直ぐに出してもらえるだろうから大丈夫だ」
その言葉に安心したが、不安もある。
「良かった! ギルに何か迷惑をかけるのかと思って心配したの……あの、許可をもらうの、私も一緒に行った方が良いかな……?」
迎えに来てもらう私も一緒に申請した方が良いのではないかと思ったのだが、どうなのだろう……?
ギルは苦笑しつつ、それでも嬉しそうに
「そうだな、その方が良いかもしれん……だが、朝は一緒に食事が出来ないのであれば、なかなか難しそうだ。無理はしなくて良い。私だけで大丈夫だろう」
心配しつつ、確かにそうだと息を漏らしてしまう。
「ごめんね、役に立たなくて……でも、あの、本当にありがとう! 楽しみにしている!」
ギルは嬉しそうに微笑んだ。
「エルザはいつも気にしすぎだ。そう気にするな。エルザが喜んでくれるのなら手間でもない。私も楽しみにしている……ではな」
ギルの姿が消えても私は嬉しくて浮かれていて、あの気持ちの悪い感覚が遠くなるのを感じた。
何か気分転換に作ろうとは思わなくなったが、明日の為に何かつまめる物を作ろうかとキッチンで作業していると、また通信機が鳴る。
どうやらリーナかららしく、何かあったろうかと直ぐに出た。
「――――リーナ? どうかした?」
そう私が言うのと、
「――――エルザ! どうしよう!!」
緊迫したリーナの声がするのはほぼ同時だった。
「……えっと、何かあった……?
私がおずおずと訊ねると、リーナは深呼吸を繰り返してから息を吐いて
「――――……うん、よし、落ち着いた! と思う。大変なのよ、どうしたら良い……?」
首を傾げながら訊ねた。
「あの、説明をしてくれないと分からないのだけれど……?」
リーナはもどかしそうにしながら
「……ああ、そっか、瑠美は気付いていない訳ね……成程……これも補正だったり、なんて事は……」
そう呟いてから頬を叩いたリーナは、私を深刻そうに見詰める。
「――――あのね、瑠美。ギルのイベントとフリードリヒのイベント、混じってる気がするの!」
その言葉の意味を理解するまでしばしかかるあたり、私はボケていたらしい。
「――――……え……? それって、本来のイベントじゃなくなっているという事……?」
リーナは真剣な眼差しで私を見詰めながら
「そうなの。ゲーム通りなら、ギルの”遅咲きの桜のイベント”は、ギルと二人だけで行くはずなの。ギルが誘って、教室まで迎えに来る訳。その時に確か選択肢が出て、エリザベートが当日迎えに行くという選択肢が出てね、それを選んだら一応イベントの第一段階は成功だったはず。それが何故かエリザベートじゃなくてエルザを誘っているし、皆で行く事になってるのよ。桜の場所で全員とたまたま出会う、って奴だったはずなの。それでフリードリヒのイベントだけど、遅咲きの桜の散り際にあったと思うのよ。それもギルのと同じでグッドエンドにたどり着くために必須の奴だったと思う。これは攻略対象全員とエルザも一緒だった様な気がするの。皆が花見している所にエリザベートが通りかかるんだよ。それでフリードリヒが、一人だけ仲間はずれにするのがかわいそうだからって花見に誘ったはず……ああ、イベントが近付いたからか色々思い出したけど穴だらけな気が……えっと、ここまでは良い?」
私なりに頭を働かせて今聞いた話をどうにか噛み砕く。
「つまり、ギルとフリードリヒの、同じ”遅咲きの桜”に関連したイベントが同時に起こってしまったらしい。しかもギルのイベントは本来の誘う相手ではない人間を誘っている、という事で良い?」
リーナは力強く肯き
「そうなの! ただ、この”遅咲きの桜”については、ギルベルトのルートだとギルが教えるけど、フリードリヒのルートの場合はサポートキャラ、つまり友人枠の例の子が教えないと知らないはずなんだよ。レーナが一緒に見に行こうと誘って、ちょっと用が出来たからレーナが行けなくなって、一人でエリザベートが見に行くって流れだったと思う……私の言いたい事、分かる……?」
リーナの話を自分なりに理解できた、はず。
言いたい事だろうも何となく分かった、と思う。
「ええと、その、私達が花見をしていたらエリザベートが現れる可能性が高いという事よね……?」
リーナは肯きながら
「それもある。でも現在の状況ではエリザベートが”遅咲きの桜”につてい知っているかどうかは分からない。何せサポートキャラがエリザベートに接触していない訳だから。それでもあの桜のある所にエリザベートが現れたら、それは何かゲームと同じ様な状況にしようという干渉がある、という可能性が高いという事。つまりはゲームと同じにしようという補正がかかるという訳だけど……それから確かめたいのだけど、瑠美、”遅咲きの桜”についてって、もしかして、ゲームでないのなら初めて教えてもらったりとか……?」
それに私が肯くと、まだ何か言い足りないらしいリーナに首を傾げ
「まだ何かあるの……?」
言いづらそうにしつつ、それでも意を決したような表情になったリーナは
「うん、ギルのイベントはまんまエルザがこなしているっぽいし……フリードリヒのと混じっちゃてるけどね……それより何より私が一番危惧しているのは、エリザベートが転生者で、しかもゲーム知識がある場合なんだよ……それもイベントに現れたら分かるかなって思ってね」
私は瞳を見開き、ただ硬直するしかなかった。
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