第57話

 車から降り、華やかな通りから外れた、小さめの通りに到着。

 周りの店は、品が良いけれどこだわりのある店主さんが居そうな、厳粛な感じだ。



 これは色々見て回ったら面白そうだとキョロキョロしつつ、フリードに付いて行く。

 フリードが一つの店の前で、振り返って微笑んだ。


「ここで、お昼?」


 こじんまりとしているが、外観は歴史を感じさせつつ重厚感があり、とても綺麗に整っているのだから、手入れは良くされているのだろう事は見て取れた。


「ああ、喫茶店なのだが、個人的に気に入っていてな」


 そう言って、ドアを開けて案内してくれる。



 チリンチリンとベルが鳴り、店内へ。

 外観通りの、落ち着いているが暗くはなく、むしろ窓から燦々と光が入って、とても気持ちの良い空間だ。

 優しい日差しが入ると、ずっと本でも読んでいたくなるような、不思議な暖かさのある店内だった。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 そういう店員さんは、女性で、私と同年代か若干上位だろうか……?

 アルバイトの子かな。

 イントネーションが、ほんの僅か、気付くか気付かないか位、違う感じがした。

 もしかして、アンドラング人じゃないのだろうか?

 それなら、アールヴヘイム王国の人?



 だが、アールヴヘイム王国と、アンドラング帝国の言語は同じだ。

 では、レムリア王国の人という事になるが、肌の色はアンドラング人と同じだ。

 レムリア王国の平民ではないと言うことになるから、貴族、という答えにたどり着いたが、どうしてレムリア王国の貴族がバイトなどしているのかも謎だ。



 首を傾げている私に、フリードは苦笑しつつ、椅子を引いてくれる。


「この席が気に入っているのだ――――ああ、良かった。まだ桜が咲いていたな」


 窓際の席から外を見てみると、小さな遊歩道と小川があって、そこに桜が植えられているらしいのが分かった。

 もう大分散っているが、葉桜に成りつつ、まだ残っている花弁がある。


「わぁ、綺麗ね。風が吹くと花弁が散って、凄く幻想的。ありがとう、フリード」


 お礼を言う私に、フリードは嬉しそうに笑う。


「良かった。気に入ってもらえたようだな。この店のお勧めはパンケーキなのだが、季節ごとに違うのだ。それで今の季節のパンケーキは桃。好きだったろう桃は」


 その言葉に、心が嬉しくて、浮かれてしまう。


「ありがとう! 大好きだったの覚えていてくれたのね。あれ? でも、今の季節だと、桃はおかしくない? 普通は苺とか、柑橘類よね……?」


 私の問いに、フリードは楽し気に


「ああ、実は、特殊な、春に実る桃を使っているのだ。この地方特産だが、あまり数が多くなくてな。そうそう市場に出回らぬ。この店の店主は、その桃農家の者故、店で出す事が可能なのだ」


 そういう桃があったことを知らなかったことに驚く。


「知らなかったわ。でも、家で出そうな気はしたけれど……」


 一応、筆頭大公爵家なので、様々な珍しい物は食卓に上っていたはずなのに、記憶にないのだから、疑問。


「ああ、この桃を扱っている者は、この地域で食べるのでなければ駄目だという信念の持ち主でな。元々が大地主の士爵だからこそ、儲けは度外視の考えなのだ」


 それを聞いて納得。


「確かに、空間収納は有るけれど、その地域の特産は、その地域で食べるのが一番だと思う。うん、ここにこれて良かった!」


 私の言葉を聞き、肯くフリード。


「そうだな。私もそう思う。他の者もそう思うからこそ、誰も無理矢理取り上げるという事が無いのだろう――――では、頼んでも良いか?」


 フリードに肯く。


「お願いします」


 フリードは、先程の、私には疑問ばかりの店員さんに慣れた感じで注文し終え、私を見る。


「この店は紅茶が美味なのだ。確か、紅茶も好きだったろう。ここの紅茶は美味しい、と、私は思う。この店にはエルザの好きな桃のジュースもあるが、紅茶の方が良いかもしれぬと思うのだ。季節のブレンドは、季節のパンケーキに合う様になっている故、頼んだ。エルザの味覚に合えば良いが……」


 不安そうなフリードに、思わず苦笑が漏れる。


「そんなに味覚に違いが無かったと思うから、大丈夫よ。それにしても、前からそうだとは思っていたけれど、甘党なのね」


 店内に漂う、何とも甘い香りから推察したのだが、フリードが何故か固まる。


「――――……甘党の男は嫌いか……?」


 その重々しい態度と表情に首を傾げる。


「嫌いじゃないけれど……どうしてそんなに深刻そうな顔をしているのよ……?」


 フリードは、意を決した様に私を見つめ


「――――私には大事な問題だ。エルザには嫌われたくない」


 その真剣極まりない様子に、ただ首を傾げてしまう。


「甘党位で嫌いになったりしないわ」


 フリードの、真剣な表情は継続中。


「趣味嗜好は好悪の感情に関わる」


 とてつもなく重々しいフリードに、首を傾げ続ける。


「確かにそうだと思うけれど……私はフリードがどんな趣味嗜好をしていたとしても、嫌いにならないと思う」


 フリードは、目を瞬かせ


「……何故だ?」


 それに、私なりに答えを返す。


「上手く言えないけれど、どんなフリードでも受け入れると思うから、かな」


 フリードは、透明な、とても綺麗な笑顔を私に向ける。


「――――ありがとう。私も、エルザを決して嫌いにはならない。必ず守る」


 お礼を言われたのは分かったが、後半の言葉にまた首を傾げる。


「ありがとう。ええと、何故守るが付いたの……?」


 フリードは、酷く真面目な顔で


「喪いたくないからだ。それにエルザが傷つくのは、どうしても我慢ならない」


「……重ね重ねありがとう……? でも私には、それ程してもらっても、返すものが何も無いのだけれど……」


 そう。

 私には何も無い。

 それ程の事をしてもらっても、私には、本当に何も無いのだ。



 だから、もらってばかりは本当に申し訳なくて、どうして良いか分からない。


「別に何も返さなくても良い。私が勝手に実行するだけだ。それに、エルザにはいつも過剰な程返してもらっているからな」


 フリードはそう言うが、私は申し訳ないし、何かを返した覚えもないのだ。


「そういう訳にはいかない。何かしたいと思うのは、ダメ……?」


 貰ってばかりは、本当に嫌だ。

 私だって、何かしたいのに……


「ならば、たまにこうして一緒にお茶をしたり、出かける、ではどうだ?」


 フリードが悪戯っぽく言うのだが、納得できかねる。


「それは私も楽しいだけだから、どうかと……」


 そう、フリードとお茶をしたり、出掛けるなんて、私に都合が良すぎる……!


「――――嫌か……?」


 不安そうなフリードに慌てる。


「嫌な訳があるはず無いけれど……本当に良いの……?」


 あまりに私が嬉しいだけの提案に、不安が湧きあがる。


「ああ」


 力強く即答するフリード。


「……それに付随させて、何か考えるね。だって、あまりにも私が嬉しいだけだから、お礼に成らない――――ようやく学校に慣れて落ち着いた頃だから、これから色々この街を探索していきたいと思っているの。一緒に出かけるのは、本当に嬉しい。教官や侍女達に、護衛抜きじゃ出かけるな、とも言われているから……あ、でも、それが理由な訳なじゃいの。純粋に、フリードと出掛けるのは、嬉しい、から……」


 そう、私が嬉しいだけの提案なのだ。

 これではお礼になる訳がないと強く思う。


「私は護衛代わりにはなるからな。私ならば共に出掛けても問題は無いだろう――――昼食に弁当を作ってくれる事で、礼としては十分すぎるとは思うが……何より、私は見返りが欲しくて言っている訳ではない。大体、エルザには貰ってばかりだ。これ以上何かしてもらっては、私も申し訳ない」


 フリードが苦笑しつつそう言うのだが、それでも、私は、何かしたいのだ。

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