第53話
校門前へと近づくと、高級そうな車が一台止まっている。
守衛さんのいる建物も近くにあるが、立っている守衛さん達が黙認している様だから許可はもらったのだろう。
しかし、ああいう車を見ると、前世で良く乗った勇の家の車を思い出す。
そう、何処に行くのも一緒だったなぁとどこかしんみりとした思いを味わいながら、校門前へと歩みを進めていると、突然、高級そうな車の運転席から人が降りてくる。
そして後部座席のドアを開けたのだが、そこから優雅に降りてきた人物に、目を見張る。
「……フリード……?」
思わず小声ではあるが、名前を愛称だけで、敬称を付けずに呼んだと気づき、慌てていると、真っ赤な薔薇の花束を持ったフリードが華麗に近付いて来た。
「おはよう、エルザ。遅くなったが、誕生日プレゼントだ。在学中は、そう高価な物も贈れない決まりがあるのは知っていよう? 精々、花が関の山故、すまぬ。下手な装飾品や服では、エルザに失礼だと思い、これにした」
目をパチパチさせつつ、フリードを見る。
フリードは、シルバーがかったグレーのテーラードジャケットに、ネイビー色の春ニット、白いシャツと黒い細身のパンツに黒い靴だ。
ニットは紫がかったネイビーで瞳との相性も抜群だし、黒いパンツと黒い靴が引き締めていて、上手く言えないが、兎に角素敵だ。
真っ赤な薔薇の花束等という凄まじく華やかなものを手に持っているから、こう、モデルですかと言いたい位には、決まっている。
テーラードジャケットに、ドラゴンの片羽を模ったラペルピンを付けているのが、またおしゃれだ。
貴族は学生の間は、街に出かける時には貴族らしい服装を着てはいけないという決まりがある。
そう、普通の人の様な格好推奨なのだ。
平民を無暗に驚かせない為、だからなのだが……
うん。フリード、確実に目立つ。
貴族貴族した格好ではなかろうと、目立つっていったら目立つ。
真っ暗な中の篝火ですかという位、人目を惹くのは確実だ。
凄く驚くと思うのは、私だけではないと言い切れる。
「……エルザ? 花は、気にいらなかったか……?」
思わず沈黙してじっくりと観察してしまった私を、不安そうにフリードが見ていて、大いに慌てる。
「ご、ごめんなさい! 嫌な訳じゃなくてね、見慣れないフリードの格好に、その、驚いていただけで、あ、おはよう、フリード。お花、とても嬉しいわ。ありがとう。そう言えば、誕生日、過ぎていたわね……あ! 私、二人に何も贈っていない!! ごめんなさい、うう、どうしよう……」
落ち込みの底なし沼に嵌り込んだ私に、フリードが温かく微笑む。
「喜んでもらえたのなら、幸いだ。エルザ、誕生日プレゼントなら、既にもらった」
フリードの言葉の意味が分からず、首を傾げた私に、フリードは優しく、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「エルザは、これから昼食を作ってくれるのだろう? ならば、私やルディアスにはこれ以上は無い贈り物だ。大体、エルザは重い病床にあったのだぞ? なにも贈れぬのは道理ではないか。相変わらず、エルザは気にしすぎだ」
フリードの優しい声音と言葉に、ようやく底なし沼から脱出である。
「そんな事で、良いの? 確かに、学生の間は高価な物は贈ったりしたらダメだって習ったわ。でも、久しぶりに会えたのに、昼食だけで良いの……?」
それでも不安で訊ねると、フリードは私に、温かな眼差しを向ける。
「それは十分すぎる程に嬉しい贈り物だ。元々、高価な何かより、エルザが直接何か作った物の方が私やルディアスは嬉しいのだ。故に、エルザが作ってくれる昼食は、何物にも勝るとも」
その言葉と表情で、何とか安心できた。
「ええ、それなら、美味しいって思ってもらえる様に、精一杯頑張るからね」
私が微笑んで宣言したら、フリードはとても嬉しそうに微笑んでいる。
「エルザの作る物は、どれも美味だ……これから買い物なのだし、花は邪魔か。侍女に預けた方が良いと思うが……」
フリードの言葉に、確かにと肯く。
「そうね。なら、侍女に部屋まで運んでもらうわ。うん、それにしても綺麗。私の好きな、薔薇だわ。前も、こういう花があってね、凄く好きだったの。青い薔薇や桜とか、菫、牡丹に百合、ダリア、曼珠沙華に菊、芍薬。好きな花は沢山あるけれど、何だか、本当に懐かしい……」
大きすぎず、私にはちょうど良い大きさの花束を見て、本当に前世の庭で育てていた薔薇に似ているものだから、嬉しくなる。
あれは、私が世話をしていた、真紅の本当に綺麗な薔薇だったのだ。
それに瓜二つで、うん、懐かしい。
「エルザにここまで喜んでもらえたのは望外の喜びだが、そろそろ出発した方が良いと思う」
フリードの苦笑しながらの言葉に、そうだ、昼食の時間までには買い物を終えなきゃいけないのだったと、あたふたしつつ、侍女に渡す。
「確かに承りました。行ってらっしゃいませ」
「ええ、よろしくね。それでは、行ってきます」
侍女達の言葉を背に、フリードに手を引かれながら、車へと乗り込んだ。
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