第36話

 エリザベートの、意気消沈した様子が、頭から離れない。



 会いたい人にずっと会えず、ようやく逢えた彼女の気持ちは、想像できる。

 きっと私の想像以上に、彼女は嬉しかったのだろうとも思う。



 彼女にとって、フリードは凄く特別なのだろう。

 私の特別とは熱量が違う気がするから、そう感じるのかもしれない。



 孤独や寂しさが理解できるから、それから救い出してくれた人が特別なのも分かるのだ。

 だから彼女に対して皆が冷たい事が、心に突き刺さる。



 あんまりではなかろうか、と思うこと自体が、この国の常識では間違っているのかもしれない。

 そして、私は、立場上おかしな真似は許されない。



 リーナにエリザベートの事で、こちらが罪悪感を持つ事は無いとは言われた。

 それにも関わらず、私は罪悪感が消えないし、それ以上に現状の彼女を可哀想だと思ってしまう。



 それは、上から目線の独り善がりな偽善であるのかもしれない。

 だが、それでも……



 悶々と実習室でヨハネ教官を待ちながら一人思い悩んでいたが、思考を切り替えなければ。

 教官の登場で、授業開始である。





「今日はもういい。どうも集中できていない様だし、これ以上するだけ時間の無駄だ」


 教官の鋭い声に、がっくりとしつつ思わず嘆息を漏らす。

 何せ、今朝の事から頭を切り替えようとしても全く上手くいかず、集中力が乱れて、必ずパチンと壊れてしまうのだから。


「今朝の事をごちゃごちゃ考えている様だな。一つエルザに忠告だ。あの少女には関わるな。下手に温情を見せると、後がどうなるか分からんぞ」


 ヨハネ教官は、眠そうな瞳を真摯に眇めている。


「温情、なんて、かけてはいません」


 思い返しても、特にした覚えはない。


「しそうになったのを、エドが止めたんだろ。無暗に庇うなって事だ」


 教官は嘆息しつつ腰に手を当て、こちらを見ている。


「あの、えっと、ルー様の言葉に何か言うのは、問題だったのでしょうか……?」


 あまりにも酷いのではないかと思い、ルーに何か言いかけた私の身体を動かなくしたのがどうやらエドだったというのは、エリザベートが去ってから本人に教えてもらった。


「咄嗟だったけど、不味いと思った」


 そうエドは言っていたが、庇うだけでも駄目なのだろうか……?


「ルディアス様に何か言うのは、エルザなら問題は無い。ただ、彼女は擁護するだけでも危険だって話だ。初めての教え子に、何かあったらと思っての、まあ、お節介だがな」


 やはりそれでは、彼女に対してあまりにも酷いと思うのも、問題なのかもしれない。

 だが、彼女を哀れだと思う気持ちは、消えそうにない。

 割り切るには、どうしたら良いのだろう……


「彼女の立場が、あまりにも可哀想だと思うのは、駄目なのでしょうか……?」


 思わずそんな事を呟いていた。

 言う気がなかったのに、それでもあふれ出てしまう位、凄く気にしている。


「本来、帝宮に居た事自体がおかしいんだが、それはまあ、置いておいて、あの少女は、二回も帝宮に居る間に大きな問題を起こした。小さな問題も山積みだったし、積もりに積もったのが追い出された原因の一つだな。で、一回目のエルザに危害を加えた時に、シュヴァルツブルク大公爵家として正式に、本人に、直接、抗議してるんだよ。しかも、元皇女の、マルガレーテ様が、だ。それでも二回目を犯した訳だ」


 そこで一旦言葉を切るヨハネ教官。



 一回目はそうだったらしい。

 ただ、一回目の時も、私は何か彼女の気に障る事をしたのかもしれないのだ。



 それでも仲良くなろうと言ってくれた彼女を避けた結果、二回目が起きたのだとしたら、やはり原因は私だと思える。

 リーナは私は悪くないと言う。

 それでも、やはり自分を責めてしまうのを止められない。

 何か出来たのではと思えて仕方がなく、教官を見ていた顔が、思わず地面を見つめてしまう。


「あのな、エルザ。エルザが自分を責める性格らしいというのは聞いている。だがな、一回目できちんと抗議を受けたにも関わらず、二回目も懲りずにやらかすっていうのは、学習能力も、認識能力も、忍耐力も足りなすぎるだろ。分からなかった等と言うのなら、総合的に知能に問題ありな訳で、そんな奴、要らんだろ」


 さも当然と言う様にヨハネ教官が言うから、思わず教官の顔を見上げていた。

 教官は、真面目な、真剣な様子で、嘲っている訳でもなく、当たり前だと全身で表現している。



 こういう時思うのだ。

 この国は、常に臨戦態勢なのだなぁと。



 そして、老いると言う事が無く、病やケガも、後天的なモノはある程度完治が容易である為、先天的な障害に対しては、凄くドライだと思い知る。



 病やケガは治せてしまうし、子供は成長すれば戦力だ。

 だから、それ以外の問題を抱えて産まれた存在に対して、それを覆すほどの才能が無ければ、不要なのである。

 お荷物は要らない、それがこの国の共通認識だ。



 これが、アールヴヘイム王国やレムリア王国では違うというのは習った。



 私は、問題ありな存在側だと思うから、こういう話題には、どうもザワザワしてしまう。



 基本的に私は、郷に入っては郷に従えの精神の持ち主だ。

 だからこそ、同じ考えのリーナとも共感できる。



 この国には、この国なりの理由や考え方があるのだとは知っている。



 そう、何が正しくて何が間違いだと思うのか、結局は、それは自分が決める事だ。

 だからこそ、私には色々難しくて、どうしても様々な事を正面から見る事が出来ずにいる。



 エリザベートの問題も、だから私は答えが出せないのだろうと、思わずため息が漏れた。

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