第35話
「おはよう、フリード! 私も一緒にご飯食べて良い?」
その鈴を振る様な愛らしい声に、全員の顔が顰められる。
「貴様は学習能力が無い様だな。謹慎が終われば、それか。また顔を見ずに済む故、助かるが」
ルーの氷の様な声に、彼女は憤然と宣言する。
「何よ、貴方に関係ないでしょ! それにお父様もお祖父様も、もう大丈夫だって仰った! 気が付くのが遅れて悪かったとも言っておられたもの!! また謹慎なんてされないんだから!!!」
その言葉に、私と同席の皆の顔が強張る。
「ほう。それは結構な事だな。で、一緒に食事と言う事は、我等の意見も重要だろう? で、結論だ。貴様と食事は誰もしたくない。失せろ」
ルーの嘲る様な冷たい言葉と音色に、私が堪らず立ち上がって何か言おうとした、のだが……
不思議と身体がピクリとも動かない。
声も一言も発することは出来ない様だ。
突然の事態に座りながら混乱の極みの私を置き去りにして、少女はぽたりぽたりと、その愛らしい顔を悲痛に歪め、綺麗に見える涙を零す。
「……何よ、私は、ただ、フリードと、凄く久しぶりに会って、嬉しくて、少しでも良いから、一緒に居たかった、だけ、なのに……」
これは不味い、と私は動かない身体ではあるが内心慌ててしまう。
だって、こんな風に痛々しく、身内の、妹の様に思っている少女が泣いたら、間違いなく身内思いの優しいフリードが……!
「――――分かった。一緒に食事をしよう」
フリードの玲瓏とした優しい声が、この時だけは、不思議と酷く禍々しく聞こえた。
「馬鹿か其方は!」
ルーの凍てつく様な罵倒する声と
「「「「フリード殿下!!?」」」」
ギル、エド、フェル、ユーディの、有り得ないと驚愕した声が同時に重なる。
私は、オロオロとしてしまい、真面に反応できないのに加え、先程から固まったまま、身体が動かないのだ。
「何を考えている、フリードリヒ! 正気か馬鹿者!! 其方は何を第一に思っているのか、忘れたのか!!!」
凍える様な声で強く叱責するルーに、瞳が揺らぎ、何か言おうとしたフリードだったのだが、勝ち誇った、愛らしい声が嘲笑する。
「貴方は黙ってて。フリードが良いって言ってくれたのだから、貴方には関係ないじゃない」
何か言おうとしたルーに、更に少女は言い募る。
「フリードが、一度良いって言ってくれたのだから、もう決定なの。仮にも皇族が、一度許可した事を、直ぐに翻すなんて、ある訳ないじゃない」
その言葉に、ルーが忌々し気に吐き捨てる。
「明らかに間違いを犯したのなら、即刻撤回すべきだと思うがな」
フリードは、瞳を瞑り、重い息を吐いた。
「ルディアス、忠告痛み入る。だが、彼女の気持ちも尊重したい。エリザベート、今回だけだ。今回だけは一緒に食事をしよう。皆は望まぬ故、私と彼女だけで食事をする事になるが」
フリードの言葉に、即座に反応したのは、
「フリード、エリって呼んで! 昔みたいに。今日だけで良いから、お願い」
彼女の、懇願する、愛らしくも必死な、悲壮に見える表情だというのに、それに全く感じ入る事が無い冷気漂う声が、エリザベートからルーへとフリードの視線を移させた。
「フリードリヒ。食事をすると言うのなら、二人で等という恐ろしい事はするな。ここで共に摂れば良かろう」
フリードの惑う瞳と、表情。
「だが……」
ルーは、呆れた様に溜め息を吐く。
「自らで決めたのだから、自らだけに被害が行くような真似はするな。今回だけと其方が言うのならば、その言葉を信じよう。皆も、アレとの今回の食事は諦めてくれ」
ルーの言葉に、無言で同席の皆は肯いた。
私も身体が何故か動く様になっていて、肯く事が出来たから、ちょっと安堵。
だが……
「嫌よ! フリードと二人で食事するの!! 私とフリードの会話に割り込まないでよ! 折角お願いしているのに、エリって呼んでもらえなくなっちゃうじゃない!」
エリザベートの、怒気と拒絶の合間った抗議に、フリードが何か言おうとしたのだが、それをスパッと遮り
「ならば、一人で食事をするが良い。貴様は分かっていない様だが、事は二人だけの問題ではない。私にも意見する自由はある。付け加えるのなら、愛称で呼んで欲しいと言うのは、あまりにも厚顔無恥だと思うがな。自らの立場を弁えよ」
ルーの冷厳な声に、それでも彼女が何か言おうとした。
「――――エリザベート、前言を撤回するのを許して欲しい。皆と食事できぬのなら、一緒に食事は出来ぬ」
フリードは伏し目がちに、それでも決然と言い切った。
「……嫌よ、嫌! フリード、フリードと二人っきりが良い!! それ以外は、嫌!!!」
涙を流し、泣き叫ぶ痛々しい愛らしい少女に、フリードの瞳が苦し気に揺れる。
私は、咄嗟に、フリードの手を強く握っていた。
「……エルザ?」
不安げなフリードをしっかりと見て、無言で首を振る。
フリードが、表情を微かに和ませ、確かにしっかりと肯き返した。
「――――エリザベート。無理なものは無理だ。諦めてくれ」
フリードが、表情を厳しいものに変え、敢然と断言した。
同席していた皆の、安堵の溜め息が重なる。
「……何よ、ヒック、酷い……久しぶりに、ヒック、ヒック、会ったから、二人っきりに、ヒック、なりたい、気持ちが、理解して、ヒック、くれない、なん、ヒック、て……」
嗚咽交じりに、ぐすぐすと言っている彼女。
それでもフリードは、必死に揺るがない。
「……すまない、エリザベート……それでも、駄目なものは駄目だ」
フリードの意志が、もう自分の思う通りにいかないと分からないのか、
「ヤダヤダ!二人っきりじゃないのは絶対嫌!! ねえ、フリード……」
彼女は駄々っ子のように泣き叫び、フリードに縋り付く。
その瞬間、ルーが指を鳴らし、現れた人達に連れられ、最初は暴れていたが諦めたのか最後には悄然と肩を落とし、私達の前から去っていった。
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