第28話

「あの、ここって、入ったらいけない場所なのでしょうか……?」


 不安そうな少年の声に、驚いてそちらを振り向けば、桜色の髪に青竹色の瞳の、落ち着いた印象のイケメンさんがいた。

 見た事がないと思うから、貴族や士爵ではないのかな?

 それにしてはイケメンさんだと思ったが、思い出した。

 この学校に入学してくる騎士家や平民の子って、貴族や士爵に劣らない位魔力の強い特別な子達だった。

 容姿が良いのも納得だ。



 それにしても、表情は不安そうだが、何だか落ち着いていて、修羅場でも潜ってきたかの様に思える。

 エドに雰囲気は似ている様な気はするが、エドとは決定的に違う。

 何か……


「――――あの?」


 少年の声に、顰めそうになった表情を改める。

 質問されていたのを思い出し、慌ててしまった。

 見た事のない子だったから、思わずじっくり観察してしまったのだ。



 脳内に地図を描き、この場所を把握。

 特に何か問題のある場所ではない、はず。


「……大丈夫だと思うわ。そんな不安そうな顔をしなくても平気よ」


 私の言葉を聴いて、ホッとした様な少年。


「良かった! 平民はここに立ち入ってはいけないのかと、怖くなってしまったものですから」


 その言葉に確信。

 やっぱり平民の子だ。

 制服を着ていないと、見分けが付き辛いと正直に思う。

 優秀な子は本当に容姿が良いから、貴族に思えてしまうのだ。



 しかし、平民の子と接するなんて初めてかもしれない。

 シューやディルは、あれはあれで特別な子だし、街中で買い物した時の店員さんか、施設の説明をしてくれる人か、舞台や演奏が終わった後に挨拶に来る人以外だと、本当に初めてかも……!



 仲良くなれたら良いなぁ。

 折角ここで会えたのも、何かの縁かもしれないし。


「ここ、眺めが凄く良いの。座って見ると格別よ。時間があるようなら、隣、どうぞ」


 上手い言葉が見つからず、頑張ってはみたが、どうなのだろう……

 立ってこちらを困惑顔で見ていた少年に、勇気を振り絞り声を掛けてみたのだが……


「……よろしいんですか!? ありがとうございます!!」


 凄く嬉しくて堪らないという声と表情に瞬時になった少年は、弾んでいるかの様な足取りで、私の隣に腰を下ろす。



 ――――初対面にしては、座る位置が、凄く近い様な、気が、する。



 私と距離感が違うだけなのかもしれないし、気にしすぎだろう。

 貴族との違いかな……



 二人でぼうっと湖を視ていたのだが、うん、何故かさっきよりも精神が回復してこない様な……

 ちょっと首を傾げてみたら、気が付いた。



 強い、視線を感じる。

 視線の方を視てみれば、隣の少年で、ちょっと驚く。


「……どうかした?」


 少年は途端に恥ずかしそうにはにかみ、


「すみません。貴方は貴族の令嬢ですよね? 貴族なんて近くで見たの初めてで、その、見惚れてしまいまして……」


 おお、正直にこんな事を言われたのは初めてかも。

 変に誤魔化されるよりは、好感が持てる。


「一応貴族だけれど、その、どうして分かったの?」


 不思議に思って訊いてみたのだが


「一年なので、貴族と接するのは一昨日が初めてでしたが、舞踏会で踊っていらしたのを視ましたから、順番的に貴族の方なのだろうな、と」


 ああ、そういえば、エドが私はもう顔を覚えられたろうって言っていた。

 それに、皇族や貴族、士爵の画像や動画は許可なく撮影禁止で、罰則もあるから、皇位に就いていない皇族の顔を知らないなんて平民だと当たり前らしいし、だから、ルーやフリードの事、知らなかったのかも。


「あの、こちらから声をかけてしまい、申し訳ありませんでした」


 彼は恐々と言うのだが、私としては気にならない。

 一応、初対面の高位の存在に下位の存在が声をかけてはいけないのだが、学校内や学生内では大丈夫だとも聞いている。


「学校内だし、気にしなくても大丈夫だと思うわ……でも、そうね、私は気にしないけれど、気にする人もいるでしょうから、気を付けた方が良いのかもしれないわね」


 そう、私は前世の事もあり、特に気にはならないが、厳格なギルやユーディだと気に障るかもしれない。

 他の貴族の中にも、そういうのを凄く気にする人とか少なくない気がするから、建前では学校内で大丈夫かもしれないけれど、個人的には違うのかも。


「ありがとうございます。今後気を付けますね」


 安堵してちょっと笑った様な彼に、思わず笑みが漏れる。


「……あの、どうかしましたか? おれ、何か、その、しました……!?」


 彼が慌てて、オロオロしだしたので、申し訳なくなった。


「ごめんなさい。貴方が安堵してちょっと笑ったみたいだから、釣られただけよ。あの、特に深い意図はないからね。大丈夫よ」


 彼に安心して欲しくて、真摯に告げた。


「い、いえ。その、気を使わせてしまい、申し訳ありません。えっとですね、やっぱり緊張しているみたいです……」


 彼の正直な所が、何だか微笑ましい。

 こういう反応が新鮮で、楽しい。



 もう少し彼と話しをしていたかったのだが、通信機に連絡が入る。

 視てみたらリーナだった。


「リーナ? どうしたの?」


 リーナは暢気な私の声に、苦笑する。


「エルザ、どこ行っていたの? 昨日気を付ける様にって話したばかりなのに、一人でとか! もう、本当に仕様がないなぁ。そろそろ戻ってきたら? 春は日が暮れるのあっという間だよ。夕食も近いし、暗くなったらそれこそ大変でしょうが。まあ、学校内には防御用の結界あるけどさ、今は何が起こるか分からないんだからね!」


 リーナの困った子を諭すような言葉に、項垂れる。


「ごめんね、リーナ。心配かけて……今戻るよ。色々ありがとう」


 私が落ち込んだのを視たからか、リーナはワタワタとなる。


「強く言いすぎたね、ごめん。でも、本当に、気を付けてね。それじゃ待ってる」


 そんなリーナに感謝しつつ微笑む。


「大丈夫だよ、リーナ。リーナが心配してくれてるの、分かってるから。それじゃね」


 通信を終えると、寂しそうな少年が目に入る。


「ごめんね。私、戻るから。貴方も早めに戻った方が良いかも。確かにそろそろ暗くなりそう」


 いつの間にかの夕日を見つつ、彼に言葉をかける。


「……あの、また、この場所に、いらっしゃいますか……?」


 消え入りそうな、恐る恐るの少年の声に、微笑む。


「勿論! またね!!」


 そう声をかけ、私は駆け足で部屋へと戻って行った。

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