第21話
背筋を伸ばしたリーナが、ピシリと私の名を呼ぶ。
「エルザ」
思わず私も背筋を伸ばす。
「はい」
リーナは真面目な顔と声で私を正す。
「それは、エルザの所為じゃない」
「でも……」
自分の所為だと思わずにはいられない私に、リーナは噛んで含める様に言葉を続ける。
「エルザ、彼女はいずれ必ずフリードリヒとは引き離された。彼女とフリードリヒとでは立場が違う。本来離宮どころか、普通の市民として暮らしていなくちゃいけないエリザベートが、帝宮にいた時点でおかしいの。フリードリヒとエリザベートが出会ったこと自体が間違いなの。そもそも出会うはずの無かった二人が、何故か出会っただけで、離れ離れになったのも、彼女が独りなのも、元々そうあるはずだっただけ」
「だけど、私が――――」
まだ何か言おうとしたら、リーナは重いため息を吐いた。
「エルザ。冷静に考えてみて。自分に暴力をふるったような子が、改めて仲良くしてくれって言ったとして、普通は簡単に信用できないから。暴力ふるった方がそれを分かっていなくちゃいけないし、色々信用してもらう努力をするべき。なのに、距離を置かれたからってまた暴力ふるうような子、誰だって距離を置くでしょ」
「そう、かも、ね……」
普通はそうなのかもしれないが、私は仲良くなれるかもしれないと嬉しかった。
その時点で私は頭がお花畑だと言われれば、そうだろう。
でも、人に言われたから距離を置く、というのも、どうなんだろうと、自己嫌悪がずっとあったのだ。
「エルザ、彼女に対しては、後ろめたいとか思う必要は一切ないからね。変に遠慮とか有ったら、対処できないかもしれないよ。ただでさえこの学校に来てからトラブル続きなんだから、少しの油断が取り返しのつかない結果を招くかも知れない。気合入れていこう!」
リーナの励ましに、尤もだと肯いた。
「そうだね。うん、出来る限り頑張ってみる」
そうは思うのだが、エリザベートに対して、申し訳ないと思わずにはいられないかもしれないのが、私の悪い所、なのだろう。
でも、どうしても、独りの寂しさ、とか、どうやっても仲良くしてくれない悲しさ、とか、思い当たる節が私にもあるから、彼女を一概に責める事が絶対に出来ない。
独りはどうしようもなく辛いし、受け入れてもらえないのは凍えてしまうのだ。
そこに手を差し伸べてくれた相手は、間違いなく特別になってしまうのだろうと、私にだって解る。
だが、父に何かあったらどうするのだ。
私の判断ミスで、父にもしもの事があったら悔やんでも悔やみきれない。
そう、リーナの言う通り、些細な油断は文字通りの命取りになりかねない。
とはいえ、今は思考を切り替えよう。
リーナに言われて、思い出した。
彼女に相談するつもりだったのもだ。
色々有りすぎて、言うという行動が記憶の彼方だった。
「リーナ、あのね、ちょっと相談というか、聞いておいて欲しい事があるの。それで、できれば感想も聞きたいのだけれど……」
私の言葉に、リーナは目をパチクリとさせつつ、肯く。
「分かったけど、何かあったの?」
「うん。実はね、昨日と今日、ちょっと気になる事があってね……」
私は、言うのに気合を入れるために、リンゴジュースを口に含み、しばし英気を養う。
良し、元気が出た、様な、気がする。
「昨日の事なのだけれど、私、ルーとダンス踊ったじゃない?」
リーナは肯く。
「うん。そうだったね。色彩的にも凄くお似合いに見えた。最初はエルザ、緊張していたみたいだけど、後半楽しそうにしてたから、踊り終わってから周囲の皆が微笑ましいなって話してたよ。私もダンス相手は親戚の人だったから、結構余裕で色々見れてたからね。だからエルザの様子とか分かりやすかったよ。まあ、分かったのは私がエルザと親しいからだろうし、知らない人だとエルザが初々しいって反応だったね。ルディアス殿下も珍しく凄く楽しそうで、皆見惚れてたよ。中心部で皇族とのダンスだからっていうのもあって、くっきり空間空いてたから見やすかったってのもあるけど」
知らなかったが、私、かなり見られていたらしい……
色々言動には気を付けなくちゃ……
「――――えっと、でね、そのダンス中なんだけれど、変な感覚を味わったの。自分のものじゃない、というか、自分の心じゃない別の所から湧いてくる、おかしな感情に支配されそうになった感じ、かな」
リーナは眉根を寄せる。
「何それ……」
「私も良く分からないけれど、そういう感覚がしてね。その時は、緊張、っていうのが湧いてくる感じだった。それ以外何も出来ない、考えられない、みたいな。でも、私、緊張していたのは確かだけれど、あんなに身体が硬直する様な感じも、思考が狭まる感じも、踊る前までは全然しなかったの。それが突然湧いてきて、混乱した」
リーナも肯いた。
「そりゃそうよね。緊張していたのは確かだろうけど、園遊会だとかで鍛えられたエルザが、そこまで固まるってのはおかしいかも。でも見た感じはそれ程ガチガチだって風には見えなかったよ。精々初めての舞踏会で多少気を張ってる、って感じ位。違和感はなかったけどなあ」
それを聞いて一安心。
良かった。
私の精一杯の努力は報われたらしい。
「そうなのね。自分でも頑張ったと思う。負けない様に。ただね、それは踊っている最中にいつの間にか気にならなくなったの。ルーのお蔭かもしれないけれど。その後が、問題で……」
次の事を話すのは、本当に心に喝を入れないと無理だから、改めてリンゴジュースを一気に飲み干し、しゃんと背筋を伸ばした。
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