第16話
目の前に立っているのは、少女が五人。
リボンタイの色は……灰色。
つまり、平民、だ。
「――――今、何と、言った?」
ギルが、酷く平坦な、感情の籠らない声で訊いたのが、途端にうるさくなった喧騒に紛れず、耳にはっきりと届く。
「ですから、相席どうかなって思って」
「「そうそう」」
「こんなにテーブル広いし、素敵な方達と一緒に食べたいなって!」
「ダメですか?」
きゃあきゃぁと、女の子達が話しかけてくる。
何のてらいもない、明るく楽しそうに、媚びも含みつつ、な様子に、辺りが今度は瞬時に静まり返った。
コインの一つでも落としたら、レストラン中に響き渡るんじゃないかって位に、あれ程の喧騒が凍り付いている。
私も、思わず言葉を失う。
皆もそうだ。
呆気に取られているのが手に取る様に分かってしまう。
確かに学校内では、皇族や貴族に対する儀礼的な挨拶は免除される。
それでも胸に手を当て軽く会釈したり、スカートの裾を持って軽く膝を折るのは必須だったはず。
それに加え、皇族方に平民が、初対面で、紹介も無しに声を掛けるなど、とても有り得ないのである。
例え学校内だったとしても、である。
むしろ学校内だからそれで済んでいるのであって、本来は初対面だと、皇族の方から声を掛けない限り、絶対に話しかけてはいけないのに!
貴族でさえそうなのだ。
平民の場合だと、顔を上げるのさえ許可が無ければ不可能だったはず。
それを平民が易々と破って、しかも、皇族に相席を頼むとかいう訳の分からない事態に、反応が追いつかない。
「……ねえ、この方々がどなたか、分かってる?」
エドが無表情に、感情の無い声で問いかける。
「え? 分かってますよ!」
「勿論です!」
「だから声をかけたんじゃないですか」
「「そうそう」」
空間が、絶対零度になるとはこういう事か。
目に見えない吹雪が大嵐で轟々と荒れ狂う。
もう想像を軽く超えた事態に、頭がちっとも回ってくれない。
そんな極寒を雪解けさせてしまいそうな、温かで穏やかな美声が響く。
「ダメですよ。この席に皆さんは座れません。他の席に行って下さい」
そう言いながら現れたのは、私を昨日助けてくれた人。
「そうですね」
「「分かりました」」
「「はい」」
彼の言葉に素直に従う女の子達。
さらなる異常に、思考がまるで追いつかないのだが……
「――――成程、暗示、か。大儀」
ルーの感心した様な声が届く。
「ああ、そうか。ありがとう。助かった。彼女等の事は……」
フリードが私を助けてくれた人に嬉しそうに礼を言ってから、いつの間にか控えていた見たことのない男性に目配せする。
その男性はこれまたいつの間にか消えてしまう。
「あの、どういう事、なの? 彼女達に暗示をかけたっていう事?」
私の問いに、エドが苦笑した。
「そう。でも、ただの暗示じゃないよ」
「ただの、って、え? 難しい感じの暗示?」
疑問符だらけの私に、ギルが興味深そうに私を助けてくれた人を見る。
「あれは、暗示や魅了、催眠等の何らかの魔法がかかった相手にのみ有効な、カウンターの暗示だ」
「え?」
先程の驚きから立ち直れない私の頭は回転不足で、なかなか認識してはくれないのである。
「要するに、彼女等は何らかの魔法の影響下にあった、という事です」
フェルの説明でようやく分かった。
「それって、彼女達は誰かに操られていた、っていう事?」
アンドが重々しく答えながら、私を助けてくれた人を見る。
「そういう事だ。良くやった、ハン。流石だな」
私を助けてくれた人は胸に軽く手をやり、礼を取りながら、ルーとフリードを伺う。
「出過ぎた真似かとは存じましたが、見るに見かねまして。彼女等の処分の方は、どうなりますでしょうか?」
彼がアンドに問いかけたのだが、
「そうだな。操られていたのなら、仕方があるまい」
ルーはそう答え、もう彼女等に興味はない様だ。
「案ずるな。彼女等の様子を見させ、調べ、治療しよう。この事についての罪は問わぬ」
フリードは優しく微笑み、彼を見る。
「ご温情、ありがたく」
私を助けてくれた人は、ルーとフリードに嬉しそうに笑って頭を下げる。
「ルディアス殿下、フリードリヒ殿下、エルザ。改めてご紹介致します。我が家に仕える、ハンバート・ヴァルディ・キュンメルです」
彼の名をアンドが二人に紹介しているのを境に、こちらを興味深そうに伺っていた視線の数々が、今度は称賛の喧騒に取って代わる。
ああ、皆、この事態にどうして良いか分からなかったのかも。
そんな事を考えていたら、リーナが、何故か私に目配せして来るのだが……
「ああ、エルザを昨日助けたという。改めて礼を。ありがとう。エルザが無事に済んだのは君のおかげだ」
フリードが立ち上がって、彼の元にわざわざ向かい、声を掛ける。
「勿体ないお言葉。恐縮です。私は当然の事をしたまでですので……」
ハンバートさんは、言葉通り、凄く恐縮している。
もしかして、凄く良い人なのかなぁ。
うん、恩人さんだし、名前、しっかり覚えた。
これから仲良くなれたら良いな。
私は暢気にそんな事を考えていたのである。
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