第21話

 日本語だと認識してからの私の行動は、我ながら素早かったと思う。

 逃げるように立ち去ろうとする彼女の腕を瞬時に掴み、問いただした。


「貴方も、元日本人なのですか?」


 私に腕を掴まれてから恐怖の表情だったのが、驚愕に変わる。


って、そちらもやっぱり転生者!?」


 日本語で返答した彼女に対し、一瞬で貴族令嬢の仮面を被り直し、で告げた。


「明日、カタリーナ様のお宅へ伺ってもよろしいでしょうか? 詳しい話が聞きたいものですから」


 私の言葉は、皇族や同じ四大公爵家以外の人間には絶対の命令である。

 それを承知の上で、彼女に告げた。



 とても心苦しいが、それには構ってはいられない。

 どうしても彼女から話を聞かなくてはならないから。

 その一点が私の頭を占めていた。


「……はい。勿論です。いつ頃いらっしゃいますか?」


 彼女も何とか、という感じで貴族令嬢の面持ちで返答する。


「午前中に伺いますわ。来訪する前に連絡いたします。連絡先を教えて頂ける?」


「それでしたら、大公爵家の家令がご存知かと思いますわ」


「ありがとう」


 さて、貴族令嬢としてのやり取りは終わった。

 次はどのタイミングで掴んだ手を放すかだが……


「姉上」


 運よく私に声がかかる。

 イザークだろう。


「どうかしたのかしら?」


 私はイザークに声をかけながら、彼女の手をさり気なく放した。


「ご歓談中でしたか? 申し訳ありません」


 イザークが殊勝な態度をとった。


「いいえ。今話は終わった所よ」


 私がイザークへ返答した隙に


「それでは、失礼致します」


 そう言い残し、立ち去る彼女へ私は言葉を重ねる。


「それでは、カタリーナ様、明日、また」


 それへ、何処か恐怖を張りつかせた彼女が答える。


「ええ。それでは」


 私達のやり取りを見ていたイザークが不思議そうに私へ訊ねる。


「珍しいですね。姉上が誰か見知らぬ方と会話するなんて。ましてや明日会う約束をするとは」


「別に見知らぬ方じゃないわ。何度かお茶会でお会いしたもの」


 私が平然と言うと、それでもイザークは首を傾げる。


「見知っておいででありながら、何故今まで訪ねた事も無い方の家へ突然? 姉上は基本的に、人が苦手でしょうし、何か自分で思って決めて近付かない限り、人とは距離をおきたがりますしね。親しくないと、ですが」


「今日お会いして、話が弾んでしまったの。もっと詳しい話を聞きたくなったから、伺う約束をしたのよ」


 嘘は言っていないと思う。

 誇張したり、ちょっと言っていない事があるだけだ。



 しかし、イザークってば私を良く見ているなぁと感心してしまう。



「私も明日一緒に伺っても良いでしょうか」


 イザークが興味深げに言ってくるのだが


「だめよ、イザーク。女同士で話したい事もあるからね。そんなに行きたかったら、明日以外にしてね」


 私は茶目っ気たっぷりな感じで、イザークを煙に巻いた。

 ――――巻けたかなぁ……


「仕方がありません。それでは父上がお呼びですから、行きましょうか」


 イザークは苦笑しつつそう言った。


「ええ、勿論」


 楽し気に答えて、何とか胸を撫で下ろした。






 それ以降は観菊会も、ルディやフリード達の事も、良く見ていなかったと思う。

 思考が明日の事で一杯で、それ以外が真面に考えられなくなっていたのだ。



 それでも九年間培った貴族令嬢としての仮面を被り、何とか無事に終える事が出来た時は、自分で自分を褒めてやりたくなった。

 我ながら、貴族令嬢としても板についてきたと思う。



 親しい人ばかりだと簡単に剥がれ落ちるのだけどね、仮面。



 しかし、転生者かもしれない存在が、初めて会った方じゃなくて良かった。

 初めて会う人は、未だに凄く緊張する。



 人と会うこと自体、親しくないと苦手なのだ。

 大人の男の人は、やっぱり怖いままだし。



 親しくなるまで、人は基本的には怖いのだ。



 それが、我ながら良く話しかけられたと思う。

 明日会う約束まで出来たのは、自分としては僥倖だろう。





 お風呂に入りながら、思う。

 彼女は、どうやって転生してきたのだろうか。



 やっぱり、神様、が絡んでいるのだろうか。



 それとも私と同じ様に、気が付いたら転生していた、という感じだろうか。



 しかし思うのは、何故日本人ばかりが転生しているのかという点だ。

 もしかして私が知らないだけで、他の国の人も転生とかしているのだろうか。



 他の国の言葉だと、英語くらいしか話せないよ、私……

 アンドラング語と、レムリア語は話せるからね、何とか、なるかなぁ……

 敵国の言葉は専門的過ぎて、私は翻訳装置とか使わないとさっぱりだろうし……



 って、あれ?

 以前捕まった時、私を捕まえた男の人達の言葉、何で分かったのだろう?



 アンドラング語、じゃなかったような、そうだったような……



 もう記憶が曖昧で、良く分からない。

 ただ、相手の言葉が理解できたのは確かだ。



 しかし、私、その事に今まで気が付かないとか、抜けているにも程があると思う……



 落ち込んでしまったが、明日どうしたものか。

 かと言って今更ごちゃごちゃ考えても仕方がない。

 しっかり寝て、しっかり明日に備えよう。



 そう決意し、両頬を叩いて湯船から上がった。

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