第15話 ロタール

 エルザ、と友達になれた。

 嬉しかった。

 俺、じゃない、私、には、友達が一人もいなかった。

 だから、震えるほど嬉しかった。








 両親は駆け落ちして、レムリア王国へと渡った。

 他の貴族達や、士爵家等の、色々な都合で、誰も手を差し伸べなかったと聞く。



 だから、酷い場所で育った。

 場末の、貧民街だ。

 スラム、って他の人達は言ってたっけ。



 手持ちの物を売って、それで生活していた。

 後は、母が稼いだ、わずかな金。

 それが全て。



 父は、幻獣との誓約を解除されてから、目に見えて、弱っていったらしい。

 だから、働く事は、とても無理だった。



 私、が知る限り、病床で、苦しそうにしている父しか知らない。

 母は、憐れんだ、人の良い老夫婦の雑貨店を手伝わせてもらい、何とか食い繋いでいた。



 父の病状は悪くなるばかりだが、医者に見せる金も無い。

 周りの人の中には、人の物を盗んで生活している人も多かった。



 そんなモノをまじかで見ていて、自分は、彼等の様にはなりたくないな、と漠然と思った。



 そこには、救いは無い。

 負のスパイラルしかないから。



 抜け出すためには、知識が、必要だと思った。

 父や母を救いたかった、というのもある。



 父にも、母にも、あまり優しくされた記憶も、大切にされた事も無い。

 二人共、いつも不機嫌だった。

 それでも、母は父を見捨てなかったし、私、も最低限ではあるが、育ててくれた。

 だから、何か、返したいと、思った。

 それに、幼い自分が、一番余力がある気がしたのだ。

 なら、出来る事はしたかった。



 だから、捨てられていた新聞や雑誌を見たり、雑貨店の老夫婦に文字を教えてもらい、必死に学んだ。



 だが、救いは、ひょんな事から訪れた。



 父方の祖父母が、見つけてくれたのだ。

 探し出してくれた。



 ――――父が死んだ直後に。



 きっと、父が生きていたら、私、達は帝国に帰れなかった、と思う。

 それだけの事を、父も母もしたのだ。



 父方の祖父母は、見つけ出したが、家には私、だけしか連れて行けない、という。

 母は、無理だと。



 それでも、母の最低限の生活は保障すると、そこまで言ってくれたのに、なのに……



 母は、見つけ出してもらえたのに、酷い我が儘を言った。

 子供は自分が育てる、そちらの家には、子供は渡さない、と。



 祖父母は、きちんと学ばせた方が、私、の為だと言った。

 私、もそう思う。

 知識は力だ、と何かに書かれていた様に思うから。

 それに、酷く感銘を受けたのだ。



 だって、知らないと、何も出来ないし、選べないではないか。

 何かを決めるにも、間違わない為には、それを判断できるだけの知識が、絶対に必要だ。



 母は、祖父母の話に耳を傾けず、更に我が儘を言う。

 金だけ出させる気なのが、私、にも分かってしまった。



 私、は、祖父母の家に行くと言った。

 そうしたら、母は、半狂乱になり、暴れ出す。



 父方の祖父母は、いつまでも暴れている母を宥めるために、母の両親を呼び出した。



 母方の祖父母は、直ぐに現れた。

 そして、父方の祖父母にお礼と謝罪をしてから、母を連れて行こうとした。



 だが、母は、祖父母を突き飛ばし、私、を抱きしめて離さない。



 父方、母方の祖父母は、私の身を案じてくれて、一応、母方の祖父母が、私、と母の面倒を見る事になった。

 ただし、父方の祖父母が、一族の総意を取りつけたら、連れて行く、という話でまとまった。



 母は、無視をすれば良いと、帰りの車の中で言い募っていて、祖父母は、窘めていたのに、母は訊く耳を持っていないらしいのが、印象的だった。



 あの、雑貨屋店の老夫婦にも、そうだった。

 私、にもだ。

 母は、自分の決めた事以外には、訊く耳を持たず、自分の意志を押し通すのだ。

 ――――相手の都合など、お構いなしに。





 何か、返したい、という思いは、母の為、ではなく、父方、母方の祖父母の為に移った。

 当然だ。

 私、は、あまり母が好きではなかった。

 話していても、自分の両親を責めるばかりで、何もしない父も、あまり好きではなかった。



 感謝は、している。

 それでも、母を、好きになる、事は、出来なかった。



 父方の祖父母は、影ながら、援助してくれて、母方の祖父母は、出来る限り、私、に優しくしてくれた。

 伯爵家、に引き取られたら、会えなくなるから、今の内に、精一杯、出来る事をしたいのだ、と母方の祖父母は言い、本当に良くしてくれた。



 私、は父方の祖父母とは、レムリア王国から、自家用の飛空船で一緒だったから、色々話したのだが、あの父の両親とは思えなかった。

 きっと、祖父母は、許されるなら、父も助けたかったのだ。

 それが、何となく分かった。



 だが、父を救う事は、許されなかったのだ。

 それでも、影ながら僕等家族を守っていてくれたのではないかと、思った。



 あの環境下で、僕ら家族が全員一応、強盗や暴力等の犯罪の被害者にならずに済んだのは、おそらく祖父母のお蔭だろうから。

 どんな手段かは分からないが、それでも助けてくれていたのだろうと、何となく分かる。



 だから、私、や母を出来るだけ早く救いたかった、と、真摯に言葉を紡ぐ二人を、好きになったのだ。

 話していて分かる。

 二人は、自分の一族への責任感がとてもあって、仕えてくれている人の事も、大切に思っているのが。

 その上で、罪を犯したとしても、それでも出来る限り、家族を守りたい、という気持ちも。



 父も、母も、自分の事だけだ。

 それが、おかしいと思う私、がおかしいのかと思ったが、そうじゃない事が、素直に嬉しい。



 父方の祖父母にしても、母方の祖父母にしても、私、を家族として思ってくれていた。

 その事に、何か返したいと、思うのは、自然だと思う。



 母方の祖父母と一緒に生活していたら、嫌でも分かる。

 祖父母が、とても、大変だと言う事が。



 引っ越しても、必ず知られるらしく、諦めている様だったし、仕事も無くなったらしい。

 だが、父方の祖父母が何とか仕事を見つけてくれて、それで生活していた。



 家の外に出れば、色々言われてしまう。



 だから、私、と遊んでくれる、子供は誰一人いなかった。



 魔力検査を受けたら、驚異的な数字を叩き出したらしく、全寮制の特別な学校へと入学が決まった。

 母は断固反対だと言ったが、母方の祖父母が押し切った。



 私、の保護者は、仕事がある母方の祖父母である。

 ――――無職の母には、保護者の権利は無い。



 良かった、と思った。

 これで母から離れられる。



 母には辟易していた。

 世話になっている祖父母から、金を無心し、自分の為だけに使っているのだ。



 月日を追うごとに、母への嫌悪が募っていくのが、分かる。

 どれだけ、自分の両親に迷惑をかけたら気が済むのか。



 優しい祖父母につけ込んでいる様で、とても不快だ。






 学校から何度目かに帰省した時、祖父母と一緒に、ピクニックに行ったのだ。

 とても楽しかったのを覚えている。



 ……だが、途中から、記憶が無い。



 次に自分が意識を取り戻したのは、不思議な、病室、だった。



 魔法陣が無数に描かれた、不思議な部屋。

 そこに白衣の人達が入れ替わり立ち代わりしていた。



 私、が意識を取り戻したのを確認したら、凄まじく綺麗な人達が、現れた。



 私、は訳が分からず、呆然している内に、少年、だろう、二人はいなくなり、大人の、何だか、人懐っこい笑顔の男の人が残った。


「俺は、ディートリッヒ。お前さんの名前は?」


 慌てて起きて答えようとしたが、起き上がれず、どうしたら良いか分からなくて途方に暮れていた。


「無理に起き上がらなくても大丈夫だ。というか、安静にしてろ」


 その言葉に、ちょっと安堵しつつ、名乗った。


「おれ、は、ロタール・ホフマン、です。あの、ここは?」


 彼は私、を見つめると、


「ここは特別な病院だ。記憶は、ピクニックに行ってから先は、あるか?」


 自分の記憶を探る。

 だが、ピクニックに行って、ちょっとはぐれてから先の記憶が無い。


「ありません。まるで分からないです。あの、おれ、は倒れた、のでしょうか?」



 そして説明されたのは、驚くべき事だった。



 どうやら自分は、敵国に囚われてしまったらしい。

 どうやって帝国内部に入り込んで攫ったのかは不明だという。



 ただ、持っていた石、がどうやら以前、攫われそうになった人達が目撃した物と酷似していたのと、微量に検出された成分だか、物だかが、帝国内の物ではなく、レムリア王国内でも、アールヴヘイム王国の物でもないとか。

 なら消去法で、敵国内になるのは納得だ。



 かなり酷い環境に長期間置かれていたらしく、このままでは生育に問題が出るとかで、復元魔法という、とても高度な魔法を使ってもらえたらしい。

 それで、深刻な後遺症な無いだろう、との事だ。



 父方の祖父母は、私、を見て、泣いていた。

 助けるのが遅くなって悪かったと、頻りに謝り、やはり早く引き取っていたらと自分を責めていた。



 だが、どうして攫われたのか分からないのだから、もしかしたら引き取られていても、攫われたのかもしれない、だから、自分を責めないで下さいと言ったら、ますます泣かれてしまった。

 困った私、を見て、ディートリッヒ様が、祖父母を宥めてくれていた。



 そして、退院したら、父方の祖父母に引き取られるのが確定したという。

 政府直々の申し入れらしく、一族の人達は、不承不承ながら皆納得したらしい。



 色々な検査や、リハビリを受け、無事に退院出来て、本当に良かった。



 ただ、母方の祖父母には、もう会えないのがただ、寂しい。

 父方の祖父母は、映像や写真を、こちらから送る分なら法律には触れないからと、こっそりと私、の映像等を送ってくれたらしい。

 ただ、私、は母方の映像も、写真も、何も見られない。

 そういう決まりだ。



 決まりは守らないと、大変なのは、知っている。

 通っていた学校でも、私、はいつも遠巻きだった。



 士爵家の子供達には、色々言われた。



 私、が通ると、聞こえるように言うのだ。

 だが、直接言わない。



 それは、私、の魔力の高さ故、だ。

 貴族に引き取られるだろうから、遠回しにしか、言わないのだ。



 直接的な被害は無かった。

 彼等は余り怖くない。



 私、の育った地域の方が、断然怖かった。

 それに、子供達も、とても、恐ろしい子達が多かったから、今の環境は、私、には安全に感じられた。



 だが、傷つかない訳じゃない。

 ……友達、も出来ないのが、とても、悲しかった。




 貴族になる事は、正直に言えば、怖い。

 どれ程の責任がかかるのかというのもあるが、他の貴族達が、とても怖い。



 貴族達にとって、私、の存在は、害悪の象徴でしかない。

 そんな私、が受け入れてもらえるのか、不安で不安で堪らない。



 それに、平民として暮らしていたから、貴族は、とても、恐ろしい存在だ。

 ただ、父方の祖父母は尊敬している。



 それに、この国の礎を築いた、皇祖の血筋の方々や、他の貴族家の人達にも、敬愛の気持ちはある。

 それでも、やっぱり貴族は恐ろしい物だ。



 気が付いたのだが、記憶、が飛ぶ以前と、今と、で、尤も顕著な差異、は、暗闇が怖くなった事、だろうか。

 理由、は知らない。

 ただ、怖いのだ。

 だから、明かり、を、消しては、眠れなくなった。



 攫われていた時、何か、あったのだろうか。





 ある日、私、を見つけてくれたという、筆頭大公爵家のご令嬢が訪ねて来る事になった。

 祖父母は、元々親しかった、大恩ある、家系の方だから、粗相がない様に、と熱心に指導してくれた。



 祖父母としても、かの令嬢が訪ねてきてくれる事が、とても嬉しそうだった。

 出来るならば、私を気にいって下さって、お茶会も呼んで頂けるかも……

 そう、喜んでいたから、とても緊張してしまった。



 人に、気に入られた経験は、無い。

 まして、貴族の筆頭ともいえる存在に、どうしたら良いのかまるで分からない。



 この伯爵家に引き取られてから、ようやく貴族としての立ち振る舞いを習っているのだ。

 本来なら、出来れば七歳までには引き取りたかったと、祖父母は自分を責める。



 だが、祖父母のせいではない。

 攫った方が悪いのであって、それ以外の人は悪くないと思うのだ。



 ただ、記憶は無いけれど、暗闇が凄く、怖くなってしまっているのが、とても、不安だ。

 何があったのか、分からない。

 それは、凄く、怖くて、不安で堪らない事だ。



 ただ、祖父母に心配をかけたくなくて、必死に我慢していた。

 だが、貴族の筆頭ともいうべき、そのご令嬢に会うのは、とても緊張するし、恐ろしかった。

 不興を買ったら、きっと、祖父母に迷惑をかける。

 それが、堪らなく怖かった。





 ディートリッヒ様に伴われて、筆頭大公爵家のご令嬢が現れた。

 とても、綺麗な人、だ。



 サラサラとした淡い金色の髪に、キラキラした天色の瞳。

 艶々の桜色の唇。

 透き通る様に美しい、輝く白い肌。

 見事にパーツが配置された、文句のつけようのない顔。

 調和のとれた、顔と体のバランス。



 完璧で、何も言えなくなるような、圧倒的な美しさが、そこにあった。


「エルザです。よろしくお願いしますね」


 礼をとってから、優しく微笑んで挨拶された。

 声まで聞き惚れる程に綺麗だ。

 ……何とか意識を戻し、礼をとってから挨拶。



 ディルクと言う平民ながら、紫の瞳の持ち主に会えて、素直に驚いたし、ちょっとホッとした。

 やっぱり、貴族にはまだ慣れていないのだ。

 ディルクも容姿が凄く整っているが、やはり魔力が強いと違うものなのだろう。

 それにもう幻獣を得ているのが、素直に尊敬できた。



 祖父母は、子供達だけの方が、と言って退出した。

 私、としては、祖父母が居てくれた方が嬉しいのだが、これから先、お茶会等も主催したり、参加したりしなくてはならないから、他の貴族の子に慣れておくのも必要なのだろう。



 話していたら、エルザ様が言うのだ。


「敬語が話しにくいのなら、話さなくても大丈夫よ? その、学校とか、お茶会とか、園遊会とか、公の場は気を付ける事になるけれど、それ以外は見知った人達ばかりなら、普通に話しても問題ないと思う」


 それには驚いた。

 自分は、他の人より劣っているから、だから、常に敬語ではないといけないと思い込んでいた。

 それに、気を張っていないと、祖父母に迷惑がかかる。

 気にしてし過ぎる事は、ない、と思うのだ。


「でも、私、の場合、気を付けて気を付け過ぎる、事は、ない、と、思います。祖父母に迷惑をかけたくないですし……」


 そう答えていた。

 彼女の優しさを踏みにじった様で、とても恐縮したが、それでも思っている事を伝えようと一生懸命に告げた。



 彼女は、不快にならないばかりが、私、の心配をしてくれた。


「でも、気を張りすぎたら、ピンと張りつめた糸みたいに、ちょっとの衝撃で切れてしまうかもしれないわ。適度に息抜きも必要だと思う」


 そうだと、思う。

 だが、どうして良いか、分からない。

 今まで、気を抜く、という事を、した事が無い様な、気がするから。


 彼女は考え考え、言った。


「深呼吸を、してみては? 私やディルの前では気張らずに、普通にして大丈夫だって思ってくれると嬉しいけれど……うーん、他に何したら良いかな。ルチルを撫でてみるとか?」


 ルチル、というのは、肩に乗った、ドラゴン、の幻獣だろうか。

 幻獣には、強い憧れがある。



 帝国民なら、一度は誓約を交わしたいと思うものらしい。

 私、は、帝国民の、祖父母の力に成れる象徴みたいに思えて、凄く、気になっていたのだ。



 祖父母の幻獣に会った事もある。

 彼等は、私、を受け入れてくれた。

 その事に深い感謝がある。



 父のした行為は、幻獣達にとっては、裏切り行為になるらしいと、聞いた。

 そんな父の息子である私、を彼等幻獣が受け入れてくれたのが、とても嬉しい。



 だから、幻獣に、深い感謝と、憧れが、あるのだ。



 黄金色で赤い目をした、綺麗なドラゴンの幻獣。

 眺めていても、とても目に楽しくて、撫でたら、撫で心地も良くて、無心に撫でていた。



 ハッと我に返り、慌てて幻獣をエルザ様に返したのだが、その時、彼女の手に、私、の指が触れてしまった。

 瞬間、彼女の表情が、強張る。



 大変な失礼をしてしまったかと、慌てて謝った。

 彼女に嫌われてしまうのは、とても、嫌だった。

 不興を買うのが怖いのではない。

 彼女に、ただ、嫌われたくなかったのだ。

 だが、彼女は、突拍子もない事を言うのだ。


「大丈夫よ。ロタール、ぶしつけで申し訳ないけれど、握手しても良い?」


 訳が分からないながら、手を差し出す。

 その手をエルザ様が握った。

 温かい、心地良い手、だと感じるのに、心のどこかが、激しく拒絶している。

 まるで、自分を壊す、敵、の様な反応に戸惑う。


「ディート先生。ロタール、何かに憑りつかれています」


 その言葉に、全身が震えた。



 震えが止まらない。

 怖いのも、ある。

 不安なのも、ある。

 訳もなく、震えが止まらない。



 何も、頭に入ってこない。

 ただ、怖かった。



 そんな、時、とても心地良い、温かな声を聞いて、何とか、意識を保つ。

 声に答えながら、震えは、止まらない。

 心配をかけたくないのに、本当に、自分は……


「大丈夫よ、ロタール。私が必ず助ける。約束する」


 温かな熱を、感じる。

 とても、落ち着く。

 震えが、小さくなるのを感じた。



 彼女に抱きしめられていると分かったのは、彼女と別れてからだ。






 彼女に、また助けてもらった。

 エルザ様には感謝しかない。

 何も出来ない自分が、酷く歯がゆかった。



 そして気が付く。

 エルザ様を敵だと感じたのは、自分ではない。

 自分の中に巣くっていた、何かだ、と。



 自分の体から、気味の悪い首輪型の何か、が出て来たのには、吐き気がした。

 こいつが、エルザ様を敵だと認識したのだ。

 本当に、記憶が無い間、自分の身には、何が起こっていたのだろう。





 検査入院を終え、退院。

 その翌日に、エルザ様が訪ねてきた。



 驚いた。

 また訪ねて来てくれるなんて、思いもしなかったから。



 きっと、義理で、会いに来てくれたのだと、思ったのだ。

 そんな彼女が、友達になりたい、という。



 呆然として、思考が纏まらない。

 今まで、誰も、そんな事を、言ってはくれなかった。



 敵意の眼差しか、無関心。

 もしくは殺意や侮蔑。



 同年代から向けられるのは、そんなものばかり。



 だから、嬉しくて、どうして良いか分からなくて、そうして、彼女がハンカチを差し出したから、自分の頬が濡れている事に気が付いた。



 彼女が、プレゼントをくれたのには、どうして良いか分からなかった。

 だって、力を具現化させて、結晶化させた、とか、とても貴重なモノだと思うのだ。



 自分がもらってばかりで、何も出来ない事も、返せない事も、心苦しいのに、彼女は言うのだ。


「友達が困っていたり、大変な時は、手を差し伸べるのが友達だと思うの。今はロタールが大変だから、私が色々しているだけよ」


 この人は……

 何ていうか、とても、優しいのだろう。

 そして、きっと、自分が大変な時は、自分一人で抱え込んでしまうのだろう。



 だから、決めた。



 この優しい人が困っていたら、何があっても、力になろう、と。



 改めて握った彼女の手は、とても心地良くて温かな、特別な物だった。

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