第40話

 外の風を顔に感じる。

 花の芳香も漂ってきた。

 どうやら庭らしいと思うのだが……


「エルザ、目を開けても良いよ」


 お父様の言葉に閉じていた瞼を上げた。


「え!?」


 瞳に映り込んだ光景に目を見開いてしまう。

 何せ、目の前には幻獣がずらりと並んでいたのだから。



 目をパチパチさせている私をよそに、ルチルはパタパタと飛んで行った。

 どこにいくのかと目で追っていたら、漆黒と白銀のドラゴンの中間あたりに浮いている。



 漆黒のドラゴンと白銀のドラゴンは顔を寄せ、ルチルを見ている様だ。



 しかしドラゴンって遠目には幻獣の森で見たけれど、改めて見ると、大きい。

 二十五メートルプールにギリギリ入り切る位だろうか。



 ある意味呆然としていた抱きかかえられたままの私に近付いて来たのは、ルーとフリードだ。

 あれ、アンド達もいるし、今回幻獣の森へ幻獣と誓約を交わす為に行った子達、全員いる。


「あの、どういう事なの?」


 二人を交互に見ながら訊いたら、二人は苦笑しつつ教えてくれた。


「エルザに我々の新たな友を紹介しようと思ってな」


「一度に紹介した方が良いだろうと、皆を集めた」


 成程、ってあれ、アギロもいるな。


「アギロ?」


 私の声に心配げに近寄ってきたアギロは


『ルチルはまだ幼いからね。一応、これだけの高位幻獣が集まると心配だから、私も同席したんだよ。どうだい、体調は? 苦しかったり痛かったりしないかい?』


 アギロの言葉に自分の体調を分析してみたが、特に異変は無い様な気がする。


「大丈夫よ。特に何もないわ」


 私の言葉にアギロを始め、お父様もルー達も安堵した様だ。

 相変わらず、私は人に心配を掛けている。

 本当に申し訳ない。



 しょんぼりした私の頭をお父様は撫でてくれた。

 しかしお父様、見た目に寄らず、力があるなぁ。

 片腕で私を運んで抱き上げたままだもの。


「ありがとう、お父様」


 そうお礼を言ったらお父様は苦笑し


「お礼を言われる程の事じゃないよ。でも言われて悪い気はしないね。それにしてもエルザは色々気にしすぎだ」


 お父様の言葉にどう言っていいやら悩む。

 気にしすぎと言われても、やっぱり気になるものは気になるのだ。


「エルザを下ろせ、ハインリヒ」


 不満げな様子を隠しもしないルディは腰に手を当てご立腹だ。


「ルディアス、落ち着け。ハインリヒもエルザに長い事会えなかったのだ、許してやれ」


 フリードはそう言ってルディを宥めている。


「申し訳ありません、ルディアス殿下。ですが、私はエルザの父親ですので」


 お父様はルディアス殿下に良い笑顔を向け、私を下ろすそぶりもしない。


「ハ、イ、ン、リ、ヒ!」


 ルディの機嫌は加速度的に悪くなっている。

 本当に困ったものだ。

 お父様にも、ルディにも。


『ハイン、エルザが呆れているよ。大人なんだから、考えようよ』


 アギロの言葉にお父様は苦虫を噛み潰した様な表情で私を下ろした。

 そんな表情は不敬ではないかと思うのですが、仮にも大公爵なのにって、本当にお父様は仕様がない。



 ようやく下ろされた私の手をルーとフリードが取って幻獣達の前に連れて行ってくれた。

 ルチルは私の肩に着陸して、キョロキョロとしている。



「この漆黒のドラゴンが私と誓約を交わした幻獣だ。名前はカイザー」


 ルーが紹介した漆黒の瞳に深紅の瞳のドラゴンは、私に顔を近づける。


『ふむ。我が同族と誓約を交わしたのは其方か。黄金の光も。我も其方を気にいった。以後良しなに』


 カイザーさん、で良いのだろうか。


「なんとお呼びすれば? 私の名前はエルザと申します」


 楽し気、だと思うのだが、彼、で良いのかな、は


『カイザーで構わぬ。名はエルザか、覚えた』


 カイザーは私を見つめながら嬉しそうな感じ、だと思う。



「私も紹介して良いか?」


 フリードの声に彼を見て肯くと


「白銀のドラゴンが私が誓約を交わした幻獣だ。名はエーデル」


 フリードの幻獣は白銀で瞳が紅だ。

 エーデル、も私に顔を近付ける。


『エルザ、といったな。黄金の光の。覚えた。我はエーデルで良い。以後頼む』


 どうも言葉少ななイメージのドラゴンさんだ、エーデルは。


「殿下、私が紹介しても構わないでしょうか?」


 アンドがルディとフリードを交互に見て確認を取る。


「好きにしろ」


 ルディが言う。


「構わぬ」


 フリードが答え終わる。

 二人が答えた後アンドが私を見た。



「エルザ、この亀で尻尾が蛇の奴が俺の相棒の幻獣、ショコラーデだ」


 思わず笑みが零れる。


「美味しそうな名前ね。私はエルザ。宜しくね」


 ショコラーデに名乗ったら、この子は肯くだけだ。

 無口な子なのだろうか。


「こいつ、無口なんだよ。エルザが嫌いな訳じゃないからな」


 アンドの言葉にショコラーデは肯く。

 成程、本当に無口なのだ。



「それでは、私が。エルザ、私の誓約を交わした幻獣のイゴールです」


 フェルが紹介してくれた相手は、額に三本の角を持つ、巨大な青い狼だった。

 三メートルはあるだろうか。

 尻尾を含めたらもっと大きいだろう。


「私はエルザです。宜しくね」


 私が言うと顔を寄せた巨大な狼は


『宜しく。私はイゴールで良い』


 それだけ言って沈黙した。

 幻獣は簡潔な子が多いのだろうか。

 おしゃべりな子っていないのかな。



「それでは私だな。この子はフロリアン。種族はカーバンクルだ」


 ギルが紹介してくれた子は、彼の掌の上でふよふよと浮いていた。

 長い尻尾も含めて全長十五センチ、ってところだろうか。

 前世いた世界のヤマネみたいな姿で、額に真っ赤な宝石が嵌っていて、全身は緑柱石みたな綺麗な色をした、可愛い姿だ。


「宜しくね、エルザよ」


 微笑ましくて思わず突っついてみたくなるが、流石に幻獣に失礼だと思って自重する。


『宜しく黄金の光のエルザ。私はフロリアン。呼びにくかったらフーで良い』


 その言葉にまた笑みが零れる。

 声も可愛い。


「それじゃ、フーって呼んでも?」


 私が確認したら、フーは肯いてくれた。



「じゃ、次は俺ね。俺の幻獣はパトリオート。でっかい二本の角を持ってる黒い獅子がそうだよ」


 エドが言う幻獣は巨大な漆黒の獅子だった。

 五メートルは体長があるだろう。

 尻尾を含めるともっと大きい。

 側頭部から前方に向かって捻じれた太い角を二本持っていて格好良いと思う。


「エルザよ、宜しくね」


 パトリオートは顔を寄せて私を確認すると


『姿も声も匂いも記憶した。私はパトリオート。宜しく黄金の光のエルザ』


 何処か悪戯っぽい雰囲気で言うパトリオート。

 何だかエドと凄く気が合いそう。

 何故かそう思ってしまうのが不思議だ。



「では、わたくしが。この猛禽類がわたくしの幻獣です。名前はシグリと申します」


 リアに紹介されて目にしたのは、赤くて、角が一つある猛禽類の様で、真っ赤な飾り羽を含めて一メートルはありそうな幻獣が、止まり木に留まっている姿だった。

 止まり木は用意された物の様だ。

 鳥自身の体長は三十センチってところだろうか。

 キラキラしていて綺麗だ。


「私はエルザ。宜しくね」


 私の言葉に肯いたシグリは


『宜しく、黄金の光のエルザ』


 羽を広げて挨拶してくれた。

 全身真っ赤で日の光を浴びて余計に眩く感じる。

 リアの腕に留まったら映えるだろうなと思って、見るのが楽しみになった。



「姉上、私が。幻獣のダイナです」


 イザークの隣にいたのは、複数の頭を持つ紫色の大蛇だった。

 十メートルはあるだろうか。

 ドラゴン程じゃないけれど、十分大きい。


「イザークの姉のエルザよ。宜しくね」


 ダイナは私に顔を近付け、舌を出し入れしつつ答えてくれた。


『ふむ。近しい血族なのだな。宜しく、エルザ。何かあれば頼ってくれ』


 ダイナは親し気な様子で話す。

 幻獣は、誓約を交わした相手の近しい血族も大事にするって聞いていたけれど、本当らしい。

 そうだった、アギロもアデラも最初から私に親身だったな。

 アギロもアデラも私にとってあまりにも近い存在だから、抜けていた。



「わたくしが紹介しても宜しいでしょうか?」


 その言葉にルディとフリードが肯くと、ユーディが幻獣を紹介してくれた。


「このエルマーが、わたくしが誓約を交わした幻獣です」


 エルマーは虎の体に蛇の尻尾を持っていた。

 それぞれ別々に動く様で驚く。

 体長は三メートル位かな。

 蛇の尻尾を含めたらもっと大きいのは確実だ。


「エルザよ。宜しくね」


 エルマーの虎の頭と蛇の頭が私を見つめる。


『私はエルマー。宜しくね、エルザ』


 どうも穏和な印象を受ける。

 強面の顔だけれど、雰囲気は柔らかだ。



「では、僕が紹介します。幻獣の名前はハイルングです」


 シューが紹介してくれたのは、純白の体に黒い縞模様が入っていて、頭に三本の角がある虎だ。

 体長は四メートルはあるだろう。

 尻尾も長くて見事だ。

 全身は尻尾も含めたらもっと大きいだろうな。


「宜しくね、エルザよ」


 ハイルングは顔を近付けて、しっかりと確認している様だ。


『全て覚えた。以後よろしく頼む』


 何だか、真面目で堅物さんな印象を受ける。

 大きな虎で、迫力が凄いなと思って吃驚した。



「私が紹介させて頂きます。幻獣のシュタールです」


 ディルが紹介してくれた幻獣は、複数の尻尾を揺らめかせている、琥珀色の大きな狐だった。

 大きな、とは言ったが、狐としては、だ。

 だいたい尻尾抜きで二メートル位ありそうだからね。

 尻尾は大きくてふさふさだ。


『私はシュタール。宜しく、黄金の光のエルザ』


 自己紹介してくれたシュタールは真面目で誠実そうだ。

 ディルと気が合いそうで微笑ましい。




 この場にいる見た事のない幻獣は全て紹介してもらった。

 改めて幻獣を見回すと、壮観である、そう思わずにはいられない。

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