第21話

 巨樹の連立する森の中を歩く。

 程よく下まで日が届いていて、暗くはなく、歩きやすい。



 下草も誰かが刈っているのか、問題は無い。

 傾斜もきつくないし、歩きやすい、と思う。

 巨樹ばかりではなく、背の低い木もあって、風景は目に楽しい。

 森自体がとても心地良い感じがする。



 帝都と同じ様に天気が良くて良かった。

 森の中を吹き渡る風が冷たすぎず暑すぎずで心地良い。

 これで土砂降りだったら風邪をひいたかもしれない。



 厚手のズボンを穿いているのだが、やっぱりスカートより落ち着く。

 前世ではスカートを穿いていると、ろくな事がなかったからなぁ。



 戦闘演習とかは常にズボンだし、こういう森の中に行く時は厚手の長袖と長ズボンが定番らしい。

 前世でも森の中を行く時は長袖長ズボンだったから、納得だ。



 厚手の素材だが、蜘蛛の糸を加工した物だとか聞いた。

 蜘蛛の糸って凄い伸縮性もある上に丈夫だと聞いていたから、転んでも安心だ。





 それぞれの直感に従って、森の中を歩いている。

 一人でだ。



 何故一人かといえば、複数では幻獣が出て来てくれない事があるからだそう。

 直感に従うのは、そうすれば自分に合った幻獣を得やすいから、らしい。



 幻獣の森は基本的に安全だという。

 だから私でも安心だ。



 なのに、皆から心配された。



 ルディもフリードもイザークも一緒に行くと言って、結構ごねたのだ。

 ディート先生が一括して、何とか納得してもらった。



 そんなに私、頼りないのだろうか。

 若干落ち込む。

 まあ、抜けているのは自覚があるのだが。



 リアは私と両殿下の間に入って、


「両殿下は過保護過ぎる気がします。エルザお姉様に対する侮辱です!」


 そう言って怒っていたっけ。



 彼女は私の事を色々考えてくれて、年下なのに私より頼りになるから、相談事を良くしてしまう。

 結構、過激ではある様な気がするが、私には丁度良い気がする。



 ユーディも心配してくれていて、宿営地から出る前に


「エルザ様、何かありましたら遠慮なく誰かお呼びになって下さいませ」


 真剣に言う彼女からは真面目な性格がうかがえた。



 アンドは別れる前に私の頭をポンポンと叩いて、


「何度も言われて、耳にタコだろうが、やっぱり無理はするなよ」


 笑顔でそう言ってくれた。



 私を案じてくれたのだから、ありがとうと言って微笑んだ。



 フェルは笑顔で私を見つめ


「折角一人なんですから、森の中を楽しんで下さいね」


 植物好きの一族らしい彼の言葉に分かったと頷いた。



 ギルは相変わらずの堅い印象のまま


「珍しい植物があったら教えてくれ。私も教える」


 相変わらずのマイペースである。

 そして植物好きのルードルシュタット家の人間らしさに、思わず笑顔がこぼれた。

 彼は必ず珍しい植物を見つけたら教えてくれるだろう。

 それは何故か確信が持てる。

 だって彼は嘘は絶対吐かないから。

 皆も吐かないような気がするけど、ギルは不思議と絶対吐かないと思えるのが面白い。



 ギルには勿論と答えたのだ。



 エドは飄々と私の肩を叩き


「じゃあまたね」


 それだけ言ってサッサと行ってしまう。

 何だか寂しくて、それからちょっと心配した。



「エドも無理しないでね!」


 エドの背中に一生懸命声をかけた。

 彼はヒラヒラと手を振りこちらを見ずに去ってしまう。

 やっぱりエドは猫みたいだと思う。

 何というか、雰囲気が。



 シューは楽しそうに


「どんな幻獣に出会えるか、楽しみですね。でも気を付けて下さいね」


 そう言って元気良く森へ入っていった。


「幻獣は本当に楽しみだけど、シューも気を付けてね!」


 私がかけた言葉にこちらを振り向いて


「分かりました!」


 言ってから走っていった。

 動物好きのシューは楽しみで仕方がないのだろう。



 ディルは私に跪いて、


「何かありましたら、直ぐにお呼び下さい。通信機はお持ちですね?」


 その言葉には苦笑してしまう。

 やっぱりディルは私に過保護だ。


「ディル、今は幻獣最優先にして。いざとなったらディート先生を呼ぶから、大丈夫」


 安心させるように微笑んだのだが、


「まだまだ未熟で申し訳ありません。いつか必ずお役に立ちますので」


 切々言われ、困ってしまった。



「だったら、さっさと幻獣得て来い」


 ディート先生に言われ、ディルは勿論ですと速足で森へ向かった。



 フリードは眉根を寄せ


「先程は侮辱してすまない。リアに言われて気が付いた。確かに君を信じるのも大事だな。それでもエルザを案じてしまうのを許して欲しい」


 真面目で心配性のフリードらしい言葉に笑顔が漏れる。


「心配してくれるのは嬉しいの。それに信じてくれるのも。だからありがとうと言っておくね。あんまり難しく考えなくても大丈夫よ、フリード」


 そう言ったら、嬉しそうに笑った。


「エルザにはいつも救われているからな。失うのが怖いだけだ」


 小声で何か言って恥ずかしそうな笑みを浮かべ、行ってしまった。



 ルディは私の腕を離さないで、中々森へ向かおうとしない。


「どうしたの? 私なら大丈夫だから、ルディも森へ行かなくちゃ」


 私が言った言葉に何故か悲しそうに


「エルザは私が居らずとも良いのが、堪えるな」


 良く意味が分からない。

 首を傾げていたら


「私の我が儘に付き合わせるのも一興だが、今は身を引こう」


 そんな事を言いながら、名残惜し気に去っていった。

 この頃本当にルディは謎である。



 最後まで残ったのはイザークだ。



「イザーク? 行かないの?」


 訊いたら突然イザークに抱きしめられた。


「えっと、イザーク?」


 彼は突然抱き付くとか割とある。


「姉上と離れるのが寂しいです」


 切なそうにイザークが言う。

 彼は結構な寂しがり屋で、一人になるのを嫌って、天気が悪い日は私から離れないのだ。



 きっと、天気が悪い日に嫌な思い出があるのだろうから、いつも無下には出来ない。

 私に触れていると安心する様なのだ。



 背中をポンポンとしながら


「大丈夫よ、イザーク。今日は天気も良いから。何かあったら私に連絡してね」


 その言葉にも頷かず、中々離れない。



 しまいにはディート先生がイザークを引っぺがして


「いい加減にしろ。昼食の時間になっちまうだろうが! 男ならシャキッとしろ、甘え過ぎだ」


 かなり怖い顔で言うものだから、顔の整い具合がそもそも怖いのに、余計に恐ろしかった。



 イザークは渋々何度も何度も私を振り返りつつ、ようやく森へ入って行ったのだ。





 一人なので、幻獣の事を思い出していた。

 幻獣の最高位はドラゴンだ。

 その下に高位幻獣、上位幻獣、中位幻獣、下位幻獣、低位幻獣と続く。

 高位の上や上位と中位の間位の幻獣もいるし、区分は出来ない幻獣もいるというのだ。



 最高位のドラゴンは、くうの神の姿でもあるという。

 高位の幻獣はそれぞれの神の姿見だそうだ。

 神々は人型もとれるらしいが、基本的に獣の姿だという。

 幻獣達は、人型はとれないそうだ。



 雷の神の姿見は角と翼を持つ馬。

 つまりアギロだ。



 植物の神は、カーバンクル。

 額に赤い宝石を持った緑色な前世のヤマネの姿だ。



 氷の神は、三本の角を持つ狼だ。



 この雷、植物、氷の神が最高神である空の神に次ぐ神々なのだとか。

 それに続くのが次の神々だ。



 光の神は、複数の尻尾を持つ狐。

 闇の神は、太い二つの角と翼を持つ黒い獅子。



 その下に沢山の神々がいる。

 地の神は、蛇の尻尾を持つ亀。

 水の神は、複数の頭を持つ蛇。

 火の神は、赤くて角がある猛禽類。

 風の神は、頭に三本の角を持った白い虎。



 春の神は、一本の角がある毛が真っ直ぐな羊。

 夏の神は、獅子の身体に蠍の尻尾。

 秋の神は、虎の身体に蛇の尻尾。

 冬の神は、獅子の身体に蛇の尻尾。



 天空の神は、鷲の上半身を持つ獅子。

 音の神は、鷲の上半身に馬の下半身。

 火山の神は、二つの太く捻じれた角を持つ熊。



 これらが高位幻獣らしい。

 高位の上である幻獣も同じ姿らしいが力の強大さが違うとか。

 上位幻獣はこれらに似ているが、角がなかったり、尻尾が違ったりするという。

 上位と中位の間の幻獣はそれの下位型という話だ。



 中位や下位、低位はこれ以外の種だという。



 上位貴族なら最低でも中位幻獣、貴族なら下位幻獣は得ておきたい所だとか。



 神々は一柱の神様がいくつかの権能を持っていると言う話だ。

 空の神は輪廻転生も司る神様なのだという。



 私の場合、何か空の神様がミスをして、記憶を保持したまま転生したのだろうか。



 本来なら、死ぬとまず魂を回収され、生前の行いを記録される。

 次に生前の記憶を全て消されるという。

 そして生前の行いに応じた転生先に転生するらしい。

 直ぐに転生しない場合もあるという話だ。

 空の神様が新たに魂を創って、新しい命として生まれたりする場合もあるらしい。



 これでいくと、記憶を消すと言う過程で何らかの事故が発生したのだろうか。

 あれ? そもそも私、この世界の住人じゃないのだが、どうなっているのだろう?



 まだ同じ世界に転生、なら分かる。

 驚きはするが納得出来る。

 だが異世界に転生、って、どういう事か、訳が分からない。

 どうやったら魂が異世界に行けたのだ。



 やはり、神様とかが関係してくるのだろうか。



 神様に転生させてもらった、という男はいた。

 それの意味が分からない。

 神様が彼を転生させた理由って何だろう?



 私も神様が転生させたのかな。

 でも私は神様に会った事がないし……



 色々考え込んでしまった。

 生まれ変わってからの疑問は未だに解消されない。



 森の中を独りで歩いていると、私が本当に此処にいて良いのか不安になる。



 ルディは私を異物じゃないと言ってくれた。

 それでも、本来産まれるはずだった身体を奪ったのではないかという思いは、たまに頭をもたげる。



 もし身体を奪ったのなら、我が大公爵家や国の為になる事をしないといけないと思うのだ。

 勿論、そうでなくても家や国の為になったら良いなと思うが、より一層努力しなくてはならないと勝手に思っている。

 大切な人の為に力になりたいし、いざという時、守れたらいいなとも思っているのだ。



 好き勝手に我が儘に、他人に迷惑を掛けて生きるとかは元々好きではないし、家と国を守る為に頑張ろうと昔から誓っているのだが、その力を得られるのだろうか。

 幻獣を得られないと早死にして、迷惑だけしかかけないと思うのだが……



 気分が落ち込んで、ふと立ち止まったら、何か、聞こえる様な気がした。

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