第3話

 私から話しかける分には誰に声を掛けても良い訳だから、気が楽といえば楽だ。

 そうは思ったのだが 、お菓子に釣られて、聞けなかった……

 うぅ、お腹一杯……どこかで休もう。



 そう思って、庭の人気のないところで休憩していたら、フリードリヒ殿下が現れた。


「先程は、本当にすまなかった」


 そう言って真摯に頭を下げられる。


「あの、殿下が悪いわけではありません! どうぞ頭をお上げ下さい!」


 慌てて殿下に言ったのだが


「いや、私のせいだ。エルザ嬢に気を配るように御下命があったにも関わらず……それに、従姉妹の件もわかっていたのに……」


 何やら深く落ち込んでいる。

 殿下はもの凄く真面目なのだろうか。


「気になっていたのだが、何故、彼女を咎めるのを止めた? 腹立たしくはないのか? それとも皇女ゆえか?」


 納得できないと全身で訴える様に殿下が言う。


「ごめんなさい。あの場には貴方しか、彼女を叱れる立場の人は居なかったのね。彼女が貴方の従姉妹とは知らなくて、止めてしまったの」


 私は思っていた事を正直に殿下に話した。



「腹が立たない訳じゃないの。 只あの時、貴方に叱られたら、彼女の立場が無いと思ったから。勿論、貴方主催のお茶会だから、貴方が咎めるのは当然だと解っていたのに……」


 それも身勝手な判断なのかもしれない。

 それに


「何事もなかったように、とはしないつもりだったの。騒ぎを大きくしたくなかった」


 只でさえ私は、今、微妙な立ち位置だと思う。

 この国では貴族や士爵の女性は嫁ぐまでは純潔でいなければいけないし、嫁いでからも貞節である事が求められる。

 強力な魔力を誇る貴重な血筋を残さなくてはならないからだ。

 幻獣か妖精を得られたとしても、普通の帝国人よりは子供は出来ずらいらしい、というのも理由の一つらしい。

 だから攫われた私は、色々言われているのだろう。


「 親を通して正式に抗議しようと考えていたから。筆頭大公爵家の顔に泥を塗った訳だから、そのままにしたら面子が立たないもの。私は気にしなくても、そういうのが大事な事もあると教わったから。それでもまだ懲りない人なら、また考えようと思っていたの」


 うん、私が抗議するより、筆頭大公爵のシュヴァルツブルク家から抗議した方が良いと思ったし。

 やっぱり威力が違うと思うのだ。

 嘗められたらいけない、というのはまだまだ半人前の私でも分かっている。

 家の威光を笠に着ているようで申し訳ないが、立場が今、微妙な私から言うよりは良いと思うのだ。



「皇女殿下とは知らなくて。私の方が挨拶に伺わなくてはいけなかったのに」


 これは礼儀知らずになってしまったろうか。

 だからお怒りで突き飛ばされたのかな。

 お父様やお祖父様、お祖母様の顔に泥を塗ったのだろうか……


「それは違う。陛下からこちらが挨拶に行くよう内示があった」


 不安と申し訳なさで涙が浮かびそうになっていた私を気遣う様に、殿下がおっしゃって下さった。


「それに、彼女は呼んではいない。当日にごり押しされた」


 そして殿下は憤懣やるかたないといった風情で溜息を吐いた。



「それなら殿下も被害者だし、気にしなくても大丈夫だと思う」


 うん、殿下が悪い訳じゃないよ。 

 身内だから、断るに断れなかったのだろう。

 時に身内は一番怖い相手だと思う。

 縁が中々切れないからね。


「そう言う訳にはいかない。私は主催者なのだから。……しかし、彼女に君は腹は立てていないようだな」


 心底不思議そうに殿下はおっしゃる。


「えぇと、私はその、誰かを恨んだりとか憎んだりとかは苦手だから……ただ疑問で、私は彼女に面識が無いのに何故かなと」


 私は人を憎んだり嫌ったりは本当に苦手だし。

 大切な人が被害に遭ったのならともかく、自分の事だと余計に。

 だから本当に疑問なのだ。

 腹が立つ以前に、訳が分からない。


「ああ、それはおそらく彼女の母親が原因だ。君と比べているともっぱらの噂だからな」


 顔を顰めて殿下が教えて下さった。


「それはまた……彼女も大変なのね。今度から彼女には気を付けよう」


 彼女も身内が大変なのだろう。  

 一番近い母親だからね。

 不満を私にぶつけたのかな。

 それなら、彼女にはなるべく関わらない様にしよう。

 その方が彼女も精神安定上良いだろうし。

 彼女がいる時は常に気を付けておけば大丈夫、だと思いたい。



 うんうんと一人で彼女への対処を悩んでいたら、


「それが君の素か」


 クスクス笑いながらフリードリヒ殿下に言われて、ハタと気がついた。


 まずい、なんて事だ。

 言葉使いが失礼過ぎた!

 アワアワと顔を百面相していたら、


「心配いらない。私は気にしないし、誰にも言わない。これから二人の時は、その言葉で構わない」


 楽しそうに殿下が仰る。


「良いのですか?」


「友人同士で畏まり過ぎてもな。それに、エルザ嬢は礼儀はしっかりしている。後は気を抜かない事だな」


 真面目に忠告して頂いた。


「友人……」


「ダメか? 私が親しくして良い人間は限られる。君なら筆頭大公爵家の娘だから、大丈夫だろう」


「確かに、そうですね」


 友達も選ばなければいけないなんて、大変だ……

 うん、彼は悪い人じゃない。

 むしろ、貧乏くじ引きそうな人だし、何か放っておけない。

 気を抜かないか……最もです。

 どこで家に迷惑かけるかわからないし。

 しっかりしなきゃ。


「私で良ければ、よろしくお願します」


「ありがとう。私の事はフリードとでも呼んでくれ。それと敬語はいらん。エルザ、これからよろしく頼む」


 晴れやかな笑顔で殿下が宣言する。


「はい、フリード殿下」


「殿下は抜きだ」


「では、フリード様で」


「……妥協しよう 」


 難しい顔で了承して頂いた。

 ご不満そうなフリード様だが、流石にフリード呼びは不味いと思うのです。



 それにしても、不満そうに眉根を寄せるお姿もとても様になっている。

 本当に綺麗だなぁ。



 思わず見惚れたって罰は当たらないと思う。



 しかし改めて見ると、フリード様は不思議と懐かしい。

 何故だろう?

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