第30話

 水を打った様に静まり返ったが、ルーは気にせず冷静な声と表情だ。


「それについては、後程訊ねよう」


 そう言った後、目で合図された。

 ルーに促されて、男に近寄る。

 今は、男の言った事を考えるのは後だ。

 とにかく、精神を集中させなくては。



 深呼吸して、胸に手を当てて呼吸を整える。

 周りは何も見ないし感じない。

 そう、自分の中の力だけを見つめるのだ。



 すると温かい何かに包まれている様な感じを受けた。

 前に力を使った時もそうだったのだろうが、集中しすぎていて分からなかったのだろう。



 今は良い感じに緊張と集中が出来ている。

 紙縒りを作る様に精神を縒り集めるのも慣れてきた。

 あれだけの面子の前で力が使えたのだ。

 大丈夫、大丈夫。



 言い聞かせ、温かく金色のイメージの、限界まで高まった力をありったけ男の全身に向けて放出する。



 男の全身が金色の光に包まれ、何かが弾けて壊れる様な音を聞いた、気がした。



 光が消えた途端、男が長い悲鳴を上げる。

 痛み止めはしていたと思ったが……



『何だよ、何したんだよ! 身体の中も外も全身痛え!!』


 そう叫ぶ男を見ると、驚きの変化があった。



 男は何というか、日本人、なのだろうという容姿に変わっていたのだ。

 うん、造作はのっぺりしたモンゴロイドだよねぇ。

 身長も大幅に縮み、身体は肥満体系だと思う。

 髪の色は同じ黒だがぼさぼさで、瞳は黒に近い焦げ茶色になっている。

 肌の色は浅黒い訳ではなく、黄色人種特有で、日に当たった事のない白さになっていた。



 大体、年齢が違う。

 三十後半から四十歳代だと思う。

 アンドラング人とも肌の色が違う様。

 浅黒いという平民のレムリア人でもないだろう。

 どういう事?



『俺は転生者なんだぞ! 神に力をもらったんだ!! こんな扱いして只で済むと思うなよ!!!』


 喚き散らしている男の言葉は最初疑問に思わなかったが、姿が変わってからの言葉は良く聞いたらこれは懐かしの日本語だ!

 え、どういう事だろう。

 この人も私と同じ世界、同じ国から転生してきたのだろうか?

 そして、前世の記憶があるという事?



 それにしても思うのは、転生者って、偉いのだろうか。

 そうは思わないのだが……

 むしろ、本来生まれるはずだった命を奪って生まれてきたんじゃないかと、不安になったりする。



 そうだ! ディルクはどうなったのだろう。

 彼の方に急いで駆け寄り凝視した。



 ディルクは何度も何度も瞬いている。

 辺りを見回して、私に瞳が留まった。


「ディルク、目は見える?」


 勢い込んで彼に訊く。

 彼と目が合っているのだが、美しい紫の瞳だ。

 綺麗。

 水色の髪に二藍色の瞳が良く映えている。

 自然と彼の瞳から涙が溢れていた。



 いつまで経っても返答が無い。

 どうしたのだろう?

 見詰め合ったまま、しばし時が流れる。



 涙が止まらない彼を抱きしめた。

 背中をポンポンと叩く。



「はい、良く見えます!」


 突然、沈黙を破る大きな声で彼が言う。

 驚いて目を瞬かせる。



 それは良かったと言おうとしたら、男の泣き喚く声にかき消された。

 痛そうな声だ。

 見てみたら涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃ。



 自業自得だとは思う。

 人のモノを勝手に奪ったのだから、ある意味元に戻っただけだ。

 それにしては痛がり過ぎな気がする。

 痛み止めが効かない痛みなのだろうか。

 最初は腕を切られても痛そうにはしていなかった。

 どういう事なの?

 大体私は、どんな相手でも痛そうにしていたら心配になってしまう。

 身体が変異した痛みかな。

 大丈夫だろうか。



『何だよう、痛えよお。俺を選んだのはお前だろお。神様なら助けてくれよお』


 何だか哀れに思えてきた。

 何とか出来ないものかと考え始めていたのだが、


「連れて行け」


 アルブレクト殿下の命令で思考が中断した。

 私とディルクが見つめ合っている内に男を移送する準備は整っていたようで、縫い付けられていた男は、既に張り付けからは解放されてはいるが、グルグル巻きのまま騎士達と一緒に転移していく。





 アルブレクト殿下は騎士達を見送った後、陛下に報告があると行ってしまい、複数の騎士が随行した。

 騎士は全員ではなくこちらに残った騎士達もいる。

 魔導師達も機材の撤収に行った。

 詳細なデータの分析はこれかららしい。



 とりあえず、解散になった。

 私は屋敷に送ってもらい、アルブレクト殿下と一緒にルーもエドも行ってしまったのだ。

 アンドとフェルは私に付いて来た。

 ディルクは当然我が家に帰る訳だが、私達とは別の馬車だったけれど。

 ディルクの涙は止まった様で、良かったと胸を撫で下ろしたのだった。







 私の家に着いてから、アンドとフェルはあの男の令獣の倒し方について、ああだ、こうだ言っている。

 思考が纏まらないから、彼等の話はありがたかった。



 聴いていると、令獣の倒し方としては、あまり肉体を傷つけないように、急所である心臓を攻撃するか首を切り落とすのが正解、らしい。

 それに、火系の魔法を使ったら、皮と肉が使えない部分が出るから、風系か水系で仕留めるのが良いという。

 大体、あの倒し方では牙も台無し。

 骨も勿体ない。

 肉だってそう悪い味じゃない、との事だ。



 属性について聞いてみたら、帝国人なら風系統か水系統、どちらかは持っているものらしい。

 要は複数属性を持つのが当たり前だからという事だという。



 そうか、複数属性は帝国人なら当然なのか。

 他の国については後で自分で調べてみよう。

 簡単な本に載っているかなぁ。

 訊ける感じじゃないよね。

 話は男の話していた言語になっていたし。



 二人共あの言語もああいう人種も見た事がないみたいだ。

 レムリア人の貴族とか、それ以外の平民も国内で見かける事はあるという。

 その為、レムリア人ではないとは分かったが、何処の国の人間かは分からないみたい。

「名無しの王の大陸」の人種でもないらしい。



 五歳の時の魔力測定や魔力検査は客観的に見るために装置をつかうのだが、自分だけ見るのなら、ルーも含めて魔力計測とかいう魔法で、安定していない五歳以下の子供以外であれば、相手の魔力を計る事が可能らしい。

 それで、相手の魔力も分かる、という。

 だから、男から魔力が感じられなくなった事にも驚いていた。



 そう、良く考えれば、男の容姿は何故、「無効化」を使ったら別の姿になったのだろう。

 これは姿を奪ったから、というのなら分かるのだが、元の容姿や言語が日本人で日本語なのは何故なのだろうか。



 言語まで奪った、というのなら、分からなくもないが、男は転生した、と言っていた。

 それなら赤ちゃんの頃に誰かの言語を奪ったのだろうか。



 だが、容姿はどうなる? それともそういう容姿の人種がこの世界にはいるのだろうか。

 二人が知らないだけで、少数民族とかで居たりはしないのかな。



 何より、神に選ばれて転生したってどういう事?

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