第27話

 この国は多神教だ。

 宗教組織はアールヴヘイム王国と共通である。

 二つの国がある大陸は、「幻獣と妖精の大陸」という。

「名無しの王の大陸」には無数の国家があるという。

 宗教は共通で一神教。

 レムリア大陸にはレムリア王国しかなく、独自の宗教があると聞いた。

 やはり多神教だそうだが。



 我が国の宗教では、最高神はくうを司る神だという。

 世界を安定させるのが役目で輪廻転生を司る。

 魂や世界の浄化も司るという。

 神々の名前は伝わっていない。

 だから、光の神とか火の神という呼び名だ。

 最高祭祀はアンドラング帝国の皇帝陛下。

 次席の最高祭祀補佐は、アールヴヘイム王国国王陛下とアンドラング帝国前筆頭大公爵。

 つまりどちらも私の祖父だ。



 その祖父達が我が家の大広間にいらっしゃる。



 ルーが帰った日の翌日の午前中、食事を取ってしばらくしたら、父に連れられて一緒に大広間に行った。

 そうしたら、両政府の高官だという人達や、お祖父様達を含めた神殿の高位の神官、仕舞いにはルーにその父親のアルブレクト殿下。

 宰相閣下に魔導師総長閣下、大将軍閣下。

 バーベンベルク公爵もいる。

 その子供のアンド達。

 二人、見知らぬ少年がいるのが気になった。

 極めつけは、お父様に教えられたが、私は面識が無い第二皇子殿下にそのご子息のフリードリヒ殿下もいらしているという。



 一体どういうことだろう。

 凄い大事だ。

 訳もなく不安になる。



 これだけの面子を自然に従えたかの様にルーが進み出る。


「エルザ、これにそなたの異能力である無効化を使ってみよ」


 そう言って台に乗せられたアデラの結晶を見せる。



 と、突然言われても……否、アデラに力を使うのはルーと約束していた。

 だが、これ程の大人数の前でなんて想定していない。

 どうしよう。

 これだけの人に見つめられて集中できるかな。

 大丈夫だろうか。


「エルザ、アデラの事のみを考えよ」


 不安に脅えていた私に、ルーは微笑みを浮かべつつ優しい声で助言をしてくれた。

 ちょっと辺りがざわついたけれど何だろう?



 それどころじゃない。

 今大事なのは別にある。

 うん、ルーの言う事は尤もだ。

 大丈夫、大丈夫。

 そう言い聞かせ、目を閉じ精神を集中させた。

 紙縒りを作りだす様に、精神を絞って研ぎ澄ませる。

 目を開いてアデラの結晶を手に持つ。



 あれ? 何か身体が淡い金色に包まれている。

 否、今はそんな事は後だ。



 改めて瞳を閉じ、更に精神を集中させる。

 ただ、アデラを助けるのだ。

 それのみを思った。

 そう、こんなモノ、無く無効化さないと!

 思った瞬間、力を結晶に向けて放出する。



 手に持った結晶に無数の罅が入り、瞬きの間に粉々に砕け散った。

 驚いて目を見開いていると、無事な姿のアデラが私の手元に浮いている。



『エルザ、どうしたの? ここは家だよね? 帝宮に行っていたと思ったけど……』


 事態が良く分からないらしいアデラは混乱しているみたい。

 でも数日会えなかっただけでも懐かしいといえるその姿に、涙があふれて止まらない。


『エルザ! どうしたの、そんなに泣いて!!』


 涙が止まらない私に、アデラが慌てている。

 その姿にまた涙腺を刺激されてハラハラと流れ落ちてしまう。



 それにしても周囲が先程からどよめいている。

 アデラが解放されたからかな?



 気になってルーを見てみたら、結晶の欠片の内、大き目の物を複数手に取っている。

 そして、魔導師総長閣下とバーベンベルク公爵、お父様に教えて頂いたから分かるが、第二皇子殿下のご子息であるフリードリヒ殿下に結晶の欠片を差し出す。



 三人は不思議そうに首を傾げている。


「ルディアス、どういう事だ?」


 代表してフリードリヒ殿下が訊いた。


「よく、感じて視よ」 


 それだけ言って其々の掌に結晶を乗せる。


 三人共、訝しみながらも、目を閉じて、精神を集中させているみたい。


 直後に魔導師総長閣下が目を見開き、


「陛下、この物質に、今までは感じなかった、上手く説明できないのですが違和感、いえ、異物感を感じます。まるで、この世界のモノではないかの様な……」


 何故か、部屋の真正面の壁を見ながらとんでもない事をおっしゃっている。

 他の二人も頷いているのが分かった。



 その方向に立体映像で、どうやら何かに着席なさっているらしい、二十代後半から三十代に見える、美しいけれど、威厳の凄まじい、鋭い眼をした男性の上半身が映し出された。


「どういう事か」


 その男性を見たら、皆が礼を取る。

 さっき、陛下っておっしゃっていたから、もしかして皇帝陛下!?

 慌てて片膝を付き、左胸に右手を添えて頭を下げた。


「良い、顔を上げよ。ルディアス、どういう事だ?」


 陛下から許しを得て顔を上げる。

 それにしても陛下が何故ここに?

 ルーは一体何を知っているのだろう。

 疑問は私も同じだから、ルーの回答を待った。



 ルーは、まず、陛下と皆に謝った後に教えてくれた。



 それによると、自分だけの感覚だったため、確信が得られなかったから言い出せなかった。

 結晶化された状態では違和感はルーだけが感じていたから。

 結晶が砕ければ、何か分かるかもしれないと思い、皆を呼んだ。

 結晶が破壊されたら、違和感が強くなった。

 それで、他の人に調べてもらったという。

 自分以外も感じ取れた事で確証が得られた、ということらしい。



 でも、私も違和感は感じていたなぁ。

 何かおかしな感覚、したもの。

 でもそれはルーには言ってなかったな、そういえば。

 抜けててダメダメじゃないか、私……


「私見故、根拠はあるようで無いのですが、この異物感は、この世界の者の仕業ではないのでは。異界の者の干渉ではないかと」


 ルーがおそろしく突拍子もない事を言い出した。

 辺りは騒然となっている。

 それを片手を上げて制した陛下が


「根拠は、感覚のみ、か……。とは言え、この結晶が分析しても何も分からぬのもまこと。時に機器よりも、魔力の優れた者の感覚が正しいのも知られた話。で、あるならば、可能性としては捨てきれぬ、か。この世界以外にも世界がある事は知られている。ならば、何らかの手段で干渉を受ける事があるやも知れぬ」


 そう、瞳を閉じて告げられた。

 周りは水を打った様に静まり返っている。


「ではルディアス、アンドラング帝国人ではない紫の瞳の人物はどう思うのだ?」


「それについては、保護されたディルク少年に、私と同じ様な違和感をエルザも感じております」


 また辺りが少しざわつく。

 突然私の方を向いてルーが私の名前を出すものだから、挙動不審にならない様にするので精一杯だ。


「エルザ、どうなのだ?」


 陛下からご下問があった。

 全身に緊張が走る。

 失礼があったら、お父様達に迷惑を掛けてしまう。

 しっかりしなきゃ。


「はい、私見ではありますが、ディルクの状態は、まるで元々の状態から何かを奪われたように感じました」


 意を決して皇帝陛下に私が感じた事を進言した。


「これも私見になりますが、アンドラング帝国人ではない紫の瞳の男が、彼の魔力を奪ったのでは」


 ルーが言った言葉は余程の衝撃だったのか、皇帝陛下は瞳を閉じ呟くようにおっしゃった。


「魔力源、即ち魂に干渉出来るのは神々だけと聞いているが……」


「その紫の瞳の男を見てみなければ、分かりませんが」


 ルーが続けた言葉を聞いてから、黙考なさった陛下が瞼を上げる。


「幻獣の王に確認を取ってみよう。この件はアルブレクトとルディアスに全権を託す。報告は随時。皆、協力する様に」


 そう言い渡すと、陛下のお姿が消えた。

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