第50話


「後院の女御にょご様に、申しつかりましてございます」


「後院の女御様?母君様に言われたか?」


 尚も面白いものを見る様に、琴晴を見つめて言われる。


「陰陽師、母君様はその呼び名をお好みではない」


「はっ?」


 お揶揄いになられている事は承知しながら、琴晴は再び立ち尽くす。


「後院の女御だ……〝妃〟はえらくお気に召されておるから、そう呼ぶ方がいいぞ」


「……さ、さようでございますか?」


 恐縮したりの琴晴を、神楽の君様は可笑しそうに一瞥される。


「人間と我らとは感覚が違うからな……まぁ上がれ」


 そう言われると、母屋もやの周囲をめぐるひさしに入られて座された。

 琴晴はきざはしを上りながら、ご身分には相応とは思われない格好で座される、世にも美しい男を見つめた。

 するとフッと、何やらもやがかかった森林の中に、スーと光の柱が立つのが脳裏に浮かんだ。


「………」


 簀子の広縁に立ち尽くして眉間を寄せる。

 琴晴が額に指を当てて思案を巡らせていると、可憐で中世的な女房が、折敷おしき瓶子へいしと盃を乗せて静々とやって来た。


「お前達陰陽師は、式神とかを使うそうだが……」


 女房は垂髪すいはつで、五衣いつつぎぬの上に唐衣からぎぬを着ず、赤い袴にを長く引きずっているが、クリーム色の裳の先が薄青く染められていて、所々に散りばめられる様に浮かぶ紋様が、見た事もない柄だ。

 当然の事ながら琴晴は見入っている。


「真の精は美しかろう?」


「精?」


「木霊だ……」


 神楽の君様は嘲笑する様に言われた。


「そなたが気に入ったのであらば、仲を取り持ってやらぬわけではない」


「は?」


「奴らは縛りが無いからな、神か大神が許せばそなたに嫁せるぞ」


 神楽の君様は、それは意味深く笑みを浮かばれて言われる。


「はあ……」


「まっ……木霊気にいらんと駄目だがな。以前、銀悌が神山に赴いておった時に、屋敷を荒れ放題にしてしこたま叱られた」


 琴晴は神楽の君様を凝視した。

 先程と打って変わって、それは愛らしい言い方をされる。

 それ程に銀悌との絆は深いらしい。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る