大月芽衣
「……で? その話と部活の成績に、どんな関係があるんスか?」
私が『これまでこの部活であったこと』を話し終えると、後輩はうろんな目でそう言った。
彼女は新入生の、
四月にこの部活に入ってきたばかりの、ピッカピカの一年生。
そして私は、三年生――そこに飾ってある写真から二年経った、
「どんな綺麗ごと言ってもですよ。コンクールで金賞取れなくちゃ意味がないじゃないッスか。あたしはこの部活に、そういうの期待してたんスけど」
「うーん、確かにそういうのとはちょっと、違うかなあ」
中学でもバリバリのところでやってきた千歳ちゃんは、やっぱり今言ったような価値観で育ってきているらしい。
入部してきてからこの部活の雰囲気に、少し戸惑っているらしかった。まあ、そうだよね。『楽しく金賞を目指す』なんて、はたから見れば矛盾しているように思えるでしょう。
かく言う私だって、この部活に入ってきた当初は似たようなものだった。
吹奏楽部というのはコンクールで金賞を取ることが全てで、それ以外はオマケだと思っていた。
だから自分の楽器に見合わない背丈がすごく嫌だったし、それでも楽器を吹くことを辞めない自分がひどく無様で、みじめでならなかった。
けど、今は違う。
いろんな先輩の話を聞いて。
いろんな人たちと一緒に吹いて。
そうしてできた自分は、案外まんざらでもないと思っている。
まあ、結局一年生の頃からあんまり背は伸びなくて、相変わらず楽器を吹くのに人より苦労はしてるけど……。
ないものは仕方がない。だったら小柄な女性チューバ吹きの、星になるまでである。
ちっちゃくてもこの大きな楽器を扱えるということを、証明するのだ。そして自分と同じように、小さくて困っている人たちの助けになりたい。
できるんだよ、って、言ってあげたい――そのために上手くなる。
これが私の、今の目標である。
「ちょー厳しくて、みんな泣きながらやってるのを想像してたのに、なんか拍子抜けっすわ。こんなんで今年のコンクール大丈夫ですか? 県大会抜けられます?」
「んん、そういう時代もあったみたいだけど、上手くはいかなかったみたい」
口を尖らせて言う千歳ちゃんに、私は違う写真を見てそう言った。
音楽準備室に飾られた先輩たちの写真は、その代ごとに違うカラーを出している。
その中のひとつ――二つ上の先輩が、二年生だった頃のコンクールの写真。それを見て、その当時にあったという出来事を思い出した。
正確にはその先輩から聞いた、『反乱の歴史』を。
自由を求めた戦いのことを――それを聞いたときのことを、思い出した。
その大会がきっかけになって、あの人は部長を任されることになったのだ。
本人からも、他の人からもそう言われた。そして、その後に先輩はOBOGバンドも――
「もちろん、金賞は取りたいし、がんばりたいけどね。でも、それが全てじゃないって、あの人に教わったんだ」
学校祭の写真。テーマパークでの写真。老人ホームでの写真。
いろんな写真の中で、先輩は様々な表情を見せている。
聞いたどの話の中でも、あの人は三年間、色々なものを見つけて拾い集めていたのだ。
だったら私だって、変わってもいいだろう――ピアノの上に飾られている、ひときわみんなが笑っている写真を見て、そう思ったりもする。
背は伸びてないけど、その中の自分より髪は伸びて、少しだけ先輩っぽくなった。
きっと。三年生になるということは、こういうことなのだろう。
ちょっとだけお姉さんぽく笑って私は、よく分からないという顔をする千歳ちゃんに言う。
「誰のこと? って思うよね。その人とこの部活と、今の話。それにどんな関係があるのか――気になったら、会ってみるといいよ。面白い人だから」
今日これからやって来る、その人のことを思い浮かべて私は笑う。
同じ楽器の先輩。大切な人。
変な人――そして、弱くてとても強い人。
OBOGバンドの長、
たくさんたくさん、その人について話したいことはあるけど、今日ばかりは本人が来るのだ。それで十分だろう。
物語は、いつも彼を中心に語られる。
私はその全てを伝える、語り部になった。
この写真と共に、歴史を受け継ぐ守り人に――そんなことを考えている間に、音楽室の外が騒がしくなる。
ああ、先輩が来たのだ。迎えに行こう。
そしてまた、新しい歴史を作り出すのだ――大きな海に向かっていくような、流れの中で。
音楽室の扉が開く。
あの人は今日も笑顔で、手を振ってくれた。
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