第302話 答えを探しに
「まあ、そりゃソロが上手くいく方法や金賞を取る方法があったら、みんなやってるわよね」
同い年の
今度のコンクールの曲では、冒頭でソロを吹く彼女だ。それだけに、その言葉には重みがある。
百パーセント上手くいく方法が教科書やネットに載っていたら、誰だってそうする。自分だってそうする。
けれども、その方法が分からないからこうして苦労しているのだ。そう思って、やや苦笑い気味の光莉に鍵太郎もうなずく。
「だよなあ。去年は先輩たちを見て、なんでこの人たち、こんな変な方法採ってるんだろうと思ってたけどさ。それって結局、あの人たちもどうすれば上手くいくか、よく分かってなかったからなんだろうな」
「いざ自分でやるとなると、難しいものよね。いざその状況に放り込まれてみると、手探りでやっていくしかないっていうか」
「せめて、何かヒントがあればいいんだけどね……」
するとそこで、光莉と同じで曲中でソロを吹く
彼女も彼女で、今回の演奏については苦戦しているらしい。いや、どうすればいいかは分かっているけれども、確信が持てないといった感じだろうか。
咲耶の担当するバスクラリネットのソロは、メロディーというよりはひどく抽象的なフレーズなので、なおさらだ。
迷いながら吹けば、迷っているような演奏になる。
さながらそれは、去年の自分のようで――そういえば、そんなものとっとと振り払っちまえと選抜バンドで他校のあいつには言われたなあと、鍵太郎が思い出していると。
光莉が言う。
「というか、この曲よ。『プリマヴェーラ』よ。演奏の参考にしようと思って調べたんだけど、そもそもネットに詳しい解説がほとんど載ってないのよね。せめて何か、宝木さんの言う通りヒントがあれば、もう少し吹けそうな気がするんだけど」
「
今度来るときまでに、調べてみんなで話しておいてね、とあの指揮者の先生が言っていたように。
ある程度は自分たちで、曲について考えることは必要なのだろう。
それにそれこそ去年知ったことだが、あの先生は意外と『全部の解答を指導者に委ねてしまう』ことについては厳しい。
そこは、自分で考えて自分で解決しなさい、と言われているようにも感じる。まあそれだけ、信用されているということなのだろうけれども。
曲の元になった場所の写真を見て、話し合っておくといいよ――そう言われたときのことを思い出し、鍵太郎は窓の外を見た。
そこにはあのとき先生が見ていた、山の風景が広がっている。
『プリマヴェーラ』は副題に『美しき山の息吹き』とついているだけに、山の景色を元にした部分がある。ならせめて、その景色のイメージを部員たちで統一できれば、少しは吹きやすくもなるはずだ。
ひいては、光莉や咲耶もソロを吹きやすくなることだろう。あれ、そういえば一年前も、こんなことやってなかったけ――と、鍵太郎が首を傾げると。
「あ」
女神のテーマ。
それを吹いていた、あのうっかりユーフォニアム吹きの先輩の姿がよみがえってきた。
そのとき、自分は何をしていたか。
あの部分は吹いていないので、該当するメンバーを集めて、そこで――
「
全員の動きが描いてある楽譜を見ながら、曲に色をつけていったのだった。
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正解は教えてあげられないけれど、そこに至るヒントなら、いくらでも教えてあげられる。
そう言っていた先生の楽譜には、その言葉の通り曲の全てが記されていた。
山の頂上から、眼下の景色を見渡すような譜面。
いつもの場所からは見えない風景――それを見つめていると、光莉が言う。
「これね。曲の解説」
彼女が指差したのは、表紙をめくってすぐのところにある、左端の部分だった。
探しても探しても見つからなかった答えは、すぐ傍にあったのだ。
振り返ってみれば、いつもそんな感じだった気がする。
必死になっても捕まえられず、ふと周りを見回すとあった、教科書にもネットにもない答え――
それをそのまま、鍵太郎は読み上げる。
「『この曲は、美しい自然を描写すると共に、紆余曲折ありながらも音楽を通して団結してきた人々のことを描写しています』」
「それって……」
「まるで私たちのことみたい、だよね……」
予想以上に核心をついた言葉に、光莉と咲耶が顔を見合わせた。
同い年たちの頭の中に浮かんでいるのは、自分と似たような光景だろう。
穏やかな日々に突然訪れた、崩壊の合図。
それぞれがそれぞれ、主張をぶつけ合った争いの記憶。
そして自由の旗の元に全員が集まり、駆け抜けた先にあったもの――
それらを全て思い起こしつつ、鍵太郎は言った。
「本当に、そういう曲だったんだ……」
あの先生は、それを描いたものだと言っていたし、なんとなく自身でもそんな気はしていたものの。
まさかこんなにもストレートに、当たりを引くとは思わなかった。
我ながら、よくこの曲を選んだものだと感心する。どの学校も、どんなところも、似たようなことで言い争ってるんだよ――そうあの顧問の先生が言っていたように。
自分たち以外にもそんな人たちがいたのだ。上手くいく方法なんてみんな知らない。
けれども、それでも何かをやろうとした人たちがいた。
その事実は、鍵太郎たちの心に大きな衝撃と、そしてそれと同じくらいの心強さをもたらしていた。
「じゃあ……あのバスクラリネットのソロって」
「その人たちのうちの、誰かの気持ちなんじゃないかな。争いが始まるのを知っていて、誰かが口にしたセリフ、みたいな」
「トランペットの最初のソロは、きっとこの『自然』の描写よね。風景なのは分かるけど、実際は何を表しているのかしら……?」
正解の欠片を与えられたことで、そこに付随する事柄への興味がどんどん出てくる。
口々に自分のやることへと今の情報をつなげていく同い年たちに、やはり調べてみてよかったと思う。これをみな考えることで、そして共有することで、演奏はさらに仕上がっていくだろう。
曲の心臓を掴むのだ――少し前に指揮者の先生に言われたことを思い出し、鍵太郎は光莉に言う。
「この曲は山梨県の風景をモデルにしたって話だから、サブタイトルの『美しき山』っていうのは、富士山か、南アルプスじゃないのか」
「じゃあ富士山にしましょうよ。日本一高い山。どうせイメージするなら、そういうところを目指さないと」
「城山先生は、写真でも見てみればいいんじゃないかって言ってたけど……」
富士山の写真は、調べればいくらでも出てくるはずだった。
例えば、白い冠を被った写真。日の出と共にある写真。それか、もしくは富士山を登っている最中に撮った写真。
色々なものがあるからこそ、どの写真を選ぶかは自分たちで決めなければならない。様々な顔を持つ山なだけに、それぞれが結ぶ像の統一は必要だ。
まあ最優先すべきなのは、その肝心のソロを吹く、このトランペットの同い年の意見かもしれないが。
それでも話してみて、細かいところをすり合わせていった方がいいだろう。もっと具体的に。もっと深く。もっと、もっと、もっと――
「ねえ、みんな何してるの?」
と、そんなことを考えていたら。
そんな自分たちを不思議そうに、浅沼涼子がのぞき込んでいた。
このトロンボーンの同い年に曲中で目立った部分はない。ただ彼女が本領を発揮できるかどうかで、曲の完成度は大きく変わってくる。
涼子も涼子で、自分たちの重要な部分を占めていることに変わりはないのだ。というより、そのレベルの高さからすれば、今のところ最も曲の核心に近いのはこの同い年かもしれない。
涼子なら、さらにここから違う景色を見せてくれるのではないか。
そんな期待を込めて、鍵太郎は言う。
「『プリマヴェーラ』の曲が、どんなイメージかって話してたんだ。山の風景を元にしてるっていうから、どういう感じなのか、みんなで話し合って決めようかなって思って」
「ふーん」
音大を志望するということで、あの指揮者の先生にも個人指導を受けているこの彼女のことだ。
涼子自身の特質からしても、思いもよらぬところから意見が出てくる可能性はある。そんな同い年は、「そっかあ、山かー」と少し考えるように宙を見上げて。
そして何かに気づいたように、音楽室の窓の外を指差して言ってきた。
「じゃあ、あそこに行ってみようよ、みんなで!」
そこには。
あの指揮者の先生が見つめていた、綺麗な山々の景色が広がっていた。
上手くいく方法なんて、みんな知らない。
けれども、ふと周りを見渡せば、答えなんてすぐ傍にあるもので――その光景を写真で眺めるよりも、考えるよりも。
実際に目にしてしまった方がいいというのは、なるほど、彼女らしくて、最も正解に近づく方法のように思えた。
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