第22話 女子高生と時代劇
結局、自分のスマートフォンで動画を探すことになった。
校内で堂々と動画を見るのも気が引けたので、全員で校舎外の自転車置き場に移動する。
銭形平次、と単語を入れて検索を始める。
周りには、同じ一年生の吹奏楽部員、
鍵太郎以外、全員女子だ。
今月末に、吹奏楽部は老人ホームで慰問演奏を行うことになっている。
そのときに演奏する予定の時代劇メドレーで、光莉は顧問からノリが違うと言われてしまった。困った彼女は時代劇を知っている鍵太郎に訊いてきたのだが、口で説明するのも限界がある。
だったら、実際に見てしまえという話になったのだ。
そんなわけで鍵太郎は現在、動画検索に追われていた。
「ねえ、まだなの?」
「ちょっと待て、意外にない……」
なんだかパチンコ銭形平次の話ばかりが出てくる。うるさいぞ穢れた大人たちめ、さっさと青少年に勧善懲悪の物語を見せろ、と思っていると、ようやく参考になりそうなものを一つ発見した。
試しに見てみると、銭形平次の劇中の映像つきの動画のようだ。曲も今度やる譜面と同じもの。
カラオケなのか、歌詞も入っていてわかりやすい。これがいいだろうと鍵太郎は判断して、全員を集める。
画面を横にして構える。するとその小さい画面を横から光莉と咲耶、後ろからゆかりとみのりが覗き込んできた。
「どれどれ?」
「どんな感じ?」
「見せてよー」
「見せろー」
「近いぞおまえら!?」
ほとんど身動きが取れないくらいべったりくっつかれて、さすがに文句が出る。もう少し離れろ、と言いかけたところで、もう一人、同い年の部員が突進してきた。
「なになにー!? なにやってるのみんなー!?」
後ろから走ってきた浅沼涼子が、鍵太郎のスマートフォンを覗き込んだ。
涼子の身長は175センチ。元バレー部というその身体で、彼女は越戸姉妹の両肩にのしかかる。
あっという間にゆかりとみのりはバランスを崩し、前方に倒れてしまった。
もちろん動けない鍵太郎は、ずべしゃ――となす術なく押し潰された。
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「あははは。ごめんごめーん」
「軽いんだよ、謝罪の言葉がぁ!?」
全力で突っ込みながら、立ち上がる。ゆかりとみのりもそれぞれ、光莉と咲耶に助け起こされていた。
まったくこいつは、とため息をついて再び携帯を見る。大丈夫、ヒビは入っていない。
「浅沼さん、銭形平次の動画見る?」
「だからさんはいらないって! 見る見る! 超見る!」
やはり涼子もよく知らないか。試しに水を向けてみれば、案の定だ。
もうこの際、みんなでこの動画を見ればいいのだ、と半ばヤケになって鍵太郎は思った。改めて、携帯を操作する。
同じく左右に光莉と咲耶、後ろにゆかりとみのり、さらに今度は上から涼子が覗き込む形になった。
「浅沼、今度は絶対のしかかるなよ!?」
「大丈夫だいじょーぶ」
ほんとかよ、こいつ――と思いつつ、鍵太郎は再生ボタンを押した。
すぐに、今度やる曲と同じ旋律が流れてくる。映像は平次の十手と投げ銭だ。
解説の意味で、鍵太郎は口を開く。
「あ、これ。この穴あき銭を投げるんだよ、平次は」
「ふーん」
特に感心した様子もなく、光莉が相槌を打つ。言われなくてもわかるから黙ってろ、みたいな雰囲気を感じたので、もう再生中は黙っていよう、と鍵太郎は決意した。
「あ、元の曲もここはバスクラなんだね」
流れてくる楽器の音に、クラリネットの咲耶が反応した。鍵太郎たちがやる楽譜でも、冒頭部分はバスクラリネットのソロがある。意外に忠実な楽譜になっているのだと、少し驚く。
前奏部分が終了し、曲に入った。映像が切り替わり――そこに映し出されたのは、平次が女性に膝枕されているシーンだった。
『…………』
女性陣から、無言の圧力を受ける。
「へえ……男の人ってこういうの好きなんだ……」という視線を五人から向けられているのがありありとわかる。いや別にこれ、俺がされてるわけじゃないし。こういうのはたぶん人によるんじゃないですかね、と言いたくなったが、余計に疑惑が深まってしまうと思い鍵太郎は無言を貫くことにした。
ともあれ、軽快なテンポで曲は進んでいく。
その中で細かい抑揚をつけた歌と、合いの手のように楽器の音が入る。
歌が続いていく中で、いつの間にか合いの手の楽器が変わっていた。それが歌と一緒にメロディーを弾きだして、移り変わっていく。
歌も低音から高音へ変化し、飽きさせることなく変化していく。変わらないのは刻んでいるビート。縁日を背にしたような雰囲気。
それが一瞬だけ途切れ、ふとした緊張感の中で、歌と楽器が同じ動きをした。ああ、そう、ここで銭が飛ぶんだよ、と鍵太郎は決めの場面を思い出した。
バックの刻みが復活し、銭投げのシーンから日常へと戻る。間奏に入り、歌をアレンジしたメロディーが続いたところで、また歌い手を呼び戻すように同じものに戻った。
二番に入る。歌詞以外は一番と同じだ。
一番が平次の仕事っぷりを言うものなら、二番は私事を言うものだ。二番までは知らなかった鍵太郎は、「恋のいろはは見当つかぬ」という歌詞が出てきたことを意外に思った。人情ものの時代劇でも、そんなセリフを言わせるものらしい。
江戸時代だろうが現代の物語だろうが、いつだって人は似たようなものだ。
前奏と同じ旋律になって終わりかと思いきや、まだ再生時間が残っている。
「あれ? 三番まであるんだ」
涼子が意外そうに言った。鍵太郎たちがやる楽譜は一度繰り返すだけなので、てっきり二番までしかないと思っていたのだ。へー、とそのまま再生を続ける。
画像は、平次がいかにも悪そうな浪人たちと出くわした場面になった。
お約束どおり殺陣が始まる。味方が窮地に陥り、平次が腰に下げていた銭を投げ放った。
「おー。投げた投げた」
「当たった当たった」
悪人の顔に銭が直撃し、平次が十手でばったばったと敵をなぎ倒す。最後に十手を構えた平次の姿が映り、すっと画像は消えていった。「かっこいい……」と思わずつぶやいた鍵太郎を、相変わらず光莉は変なものを見る目つきで見ていた。
「……と、こんな感じ」
鍵太郎は五人を振り返った。それぞれがそれぞれ、なにかを考える顔つきをしている。曲と実際の映像を見て、みな思うところがあったようだ。
見せてよかったな、と鍵太郎は思った。なにもないよりはイメージが掴みやすいだろう。打楽器パートの越戸姉妹がお互いに言い合う。
「なんかさ、意外におしゃれな曲だったよねー」
「時代劇っていうから、もっとこう、地味ぃーなの想像してたんだけど」
「そうね……」
口に手を当てて、光莉が同意した。
「お祭り? みたいな。賑やかで……ジャズみたい」
「かっこよかった! あれが『粋』ってやつかな?」
涼子が言う。ああそうかも、と鍵太郎も同意した。
抑揚に溢れつつ、淡々と。さらりとしてお洒落。それは粋というものに通じているかもしれない。
口々に感想を言い合う部員たち。咲耶も「おもしろいねー」と言いつつ、それを聞いている。
「なんかほんと、聞いてよかった。考えてたのと全然違ってて。ありがとね、湊くん」
「いや、そこまでお礼を言われるほどのことじゃ」
自分はたまたま知っていただけだ。楽器の知識だったら光莉のがずっと持ってるし、涼子のように理屈抜きで直感できる感性があるわけでもない。
だがそれでも、初心者の自分がこうしてみなの役に立てたことが少し、嬉しかった。
「よーし! じゃあうち帰って、もうちょっと調べてみよっか!」
だいぶ暗くなってきた。涼子の発声に、じゃあそろそろ帰ろうか、という雰囲気になる。
ぞろぞろと駅まで歩いていこうとすると、咲耶だけが自転車を押してきた。
「あれ、宝木さん自転車通学なの?」
「うん。あ、私もさん付けはいらないよ。呼び捨てで大丈夫」
「いや、なんか……」
あけっぴろげな涼子はともかく、この歳にしては妙な落ち着きがある咲耶は、呼び捨てにはしづらい。
なんとなく慣れるまで、さん付けは続きそうだ。そう思っていると、光莉が真っ青な顔をして、走り寄ってきた。
「だ、だめだめ! クラリネット自転車のカゴに入れちゃダメ!」
「え?」
言われた咲耶がきょとんとして、光莉を見返す。光莉は自転車の前カゴに入っていたクラリネットを出して、咲耶に差し出した。
「木管楽器は振動に弱いから、自転車のカゴに入れてたらキーがおかしくなるよ!? 音程悪くなったり息漏れとかするから、面倒かもしれないけど手で持って帰って!」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
兄のおさがり楽器をもらった、初心者の咲耶だ。まだまだ知らないことがたくさんある。
しかし、トランペットの光莉が、クラリネットのことまで知ってるのは意外だった。光莉がいた宮園中学は吹奏楽の強豪校ということだったが、そこは自分の楽器以外のことも教えているのだろうか?
そう訊くと、光莉はばつが悪そうに言う。
「中学のとき同い年の子がそれやって、先輩にすっごい怒られてたのよ……」
「あ、そういうことか」
強豪校はそういうところから厳しいのか、と納得する。改めて彼女が歩いてきた道の険しさを知った。
咲耶は左手に楽器を持って、自転車を押している。駅に向かう途中で分かれることになり、暗くなってきたこともあって心配になった鍵太郎は、途中まででも送ろうか? と咲耶に訊いてみた。
しかし彼女は珍しく、ちょっと慌てた様子で断ってくる。
「え、あ、うん。もう、すぐそこだから大丈夫だよ」
「……そう?」
なんだろう、さっきの一瞬の動揺は。咲耶は気持ちを立て直したようで、今度はいつものようににっこり笑って言う。
「うち、ちょっと変な家でさ。人に見られるとちょっと恥ずかしいというか……そんな感じなんだよ」
「ふうん……?」
彼女の歳に似合わぬ落ち着きっぷりは、もしかしたらこの辺から来ているのだろうか。
強硬に断られ続けたので、やむなく鍵太郎は咲耶を一人で帰すことにした。
「本当、気をつけてね宝木さん」
「うん。ありがとう。――じゃ、また明日ね」
そう言うと、咲耶は小走りに自転車を押して去っていく。片手で大丈夫かなあれ、と鍵太郎はその後ろ姿を見送りながら思った。
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余談だが――後日、涼子が鍵太郎に話しかけてきた。
「ねえねえ湊! きのう帰ってから違うの見たよ、銭形平次!」
「へー」
興味を持ってくれたなら、鍵太郎としても話せる相手ができて嬉しい。いったいなにを見たのだろうと思っていると、彼女はぐっと拳を握って、目を輝かせて言ってくる。
「かっこいいよね! 『火付け盗賊改めである!』ってセリフ!」
「……」
浅沼。それ銭形平次ちゃう。
「それは鬼平犯科帳だ……」
「え?」
どこからどう飛んで、そこに行ったのかは知らないが。このアホの子め。
ぐったりと額を押さえて、鍵太郎はもう一度、涼子に銭形平次の説明を始めた。
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