第57話 モテ期



 職場に新しい女の子が入社してきた。

 コロナのせいで、リモート面接にリモート研修。歓迎会もなし。

 その後はテレワークで、初めてその新人と文緒が顔をあわせたのは、六月もなかばをすぎたころだ。


 当然、マスクをしているものの、目元のキレイな女の子で、男性社員にはなかなか評判がいい。


 Bさんというのだが、彼女自身にもその自覚があるらしく、休憩室で女性社員と話しているのを小耳にはさんだ。


「コロナになって、みんなマスクするようになったじゃないですか。わたし、おかげですっごくモテるようになったんですよね」

「へぇ。そうなんだ」

「前は口元がコンプレックスだったんですけど、今、隠せるので、ラッキーだったなって」

「なるほどねぇ。Bさん、マスク美人なんだ」


 マスク美人。

 たしかに、そんな人も世の中にはいるだろう。パーツはキレイなのにトータルの配置がイマイチ、とか。

 そういう人にとっては、今の世の中も悪くないのかもしれない。


 それから二ヶ月が経ったころ。

 Bさんと文緒は同じ部署だ。

 たまたま二人で残業をした。

 帰りは八時すぎだ。

 Bさんは今時の子には珍しく、礼儀正しい。感じがいい上、美人なのも事実だ。ちょっと気になっていたのだ。

 これ幸いと外食に誘った。


「腹減ったなぁ。Bさん、夕食おごろうか? 歓迎会もなかったしさ。二人なら会食ってほどでもないし」

「えっ? いいんですか? じゃあ、お願いします」


 二人で退社して、文緒がたまに行くレストランに入った。会社の近くにあり、値段のわりに美味しい。


「わあっ、こんなとこあったんですね。可愛いお店」

「だよね。味もいいんだよ」


 美人の後輩をつれてオシャレな店に入る。店内はすいていた。ほぼ貸し切りだ。


 ならんで席につき、メニューをのぞきこむ。それぞれに注文を決めた。


「とりあえず、生。Bさんも生でいい?」

「はい」


 生ビールのジョッキが運ばれてきた。

 文緒はマスクを外す。

 が、Bさんはマスクのゴムに手をかけたあと、しばらくためらった。


「あの……辻浦さん」

「うん?」

「わたし、マスクを外すとブスなんですよ。驚かないでくださいね?」

「ああ。そんなの気にすることないよ」


 きっと歯ならびが悪いとか、意外と口が大きいとか、出っ歯とか、おもしろい位置にホクロがあるとか、そんなことだ。思っていたより多少の落差はあるにしろ、目元がこれほど美しいのに、ブスってことはないだろうと、文緒は考えた。


「それに、ほら。となりの席からだと見えないから、安心していいよ」

「そうですよね。じゃあ……」


 Bさんはマスクを外した。

 文緒はあえてそっちを見ないようにしていた。いかにも好奇心をむきだしにすると、Bさんは気分を害するに違いない。がっついて行かなくても、アルコールが入れば、いくらでも彼女の口を見ることはできる。


 そう思い、視線をズラしたまま乾杯した。


「はぁ……仕事のあとのビール、うまいよね」

「今日は遅くまでお疲れさまでした」

「Bさんも入社したばっかりなのに、すごくがんばったてたよ。仕事覚え早いね」


 和気あいあいと話していたときだ。


「お待たせいたしました。八種の新鮮野菜盛りサラダと、ビーフ……」


 注文の品を持ってきたウェイトレスが、急に派手な音を立てて倒れた。皿をなげだし床にしゃがみこむ。せっかくの料理が台なしだ。しかも謝罪するどころか、床に落とした料理もそのままにして、這うように奥へ逃げだしてしまう。


「なんだ、あれ。失礼な店員だな。ごめんね、Bさん。ヒドイとこにつれてきて」


 ふりかえった文緒は絶句した。


 Bさんの口元は長い獣毛に覆われ、三口に割れた口唇から、するどい牙がむきだしになっていた。

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