第58話 非常出口



 文緒は子どものころから変な夢を見る。

 学校や病院や駅構内が迷路のようになって、外に出られなくなるという夢だ。

 ときには町全体が迷路で、どうしても家に帰れない。

 そんな夢。


 大人になって、その夢を見る頻度は減った。

 だが、会社の同僚が病気で入院したというので、見舞いに行ったときのこと。

 とつぜんの雷雨で、あたり一帯が停電してしまった。まだ昼だというのに、病院のなかも真っ暗だ。おそらく、心肺装置などの機器を動かす緊急時の自家発電はあるのだろうが、一般病棟のなかにまで電力は供給されないらしい。非常口を示す緑のマークだけがまぶしい。


 しかたないので、文緒は非常口のマークにしたがった。

 暗闇のせいで、どこを歩いているのか、さっぱりわからない。

 それでも、緑のマークは目立つので、迷うことはない。マークの示すままに、右へ行き左へ行き、階段をのぼったりおりたりした。


 しかし、それにしても、いっこうに非常口につかない。これじゃ迷路だ。

 それでなくても暗闇を一人で歩くことが怖いのに、出口が見えない上、さっぱり人と出会わない。

 見舞いに来ていたのは何も文緒だけじゃなかったはずだ。それに、医者や看護師にもまったく会わないというのは変じゃないだろうか?


 すると、遠くのほうで悲鳴のようなものが聞こえた。

 文緒はハッとして立ちどまった。

 心臓がバクバクする。

 うう、ううと、うなるような低い声……?

 なんだろう。この病院で何が起こっているのか?


 文緒はふるえる足をふみだし、走りだした。

 早くここから逃げないと。何かがおかしい。目には見えないけど、何者かがひそんでいるような……。


 ようやく非常出口と書かれた緑色の表示を見つけた。

 一瞬、なんとなく違和感をおぼえたが、とにかく怖かったので一刻も早く外に出たかった。


 文緒はとびつくようにして、非常出口のドアにかけこんだ。

 その瞬間、目の前に真っ赤な口がひらいていた。巨大な牙がグルっと輪になっている。


 文緒は気づいた。

 さっき感じた違和の正体に。


 あの表示、非常出口と書かれていたんじゃない。小さな小さな字があいだに入っていた。その文字が写真のように思いうかぶ。


 非日常への出口——


 そう書かれていた。

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