第24話 手袋



 仕事が終わり、暗い夜道を文緒が歩いていると、道端に手袋が落ちていた。

 誰かの落とし物だろう。

 季節外れだなと文緒は考えた。冬ならまだしも、梅雨のこの蒸し暑い時期に手袋を持ち歩いてる人なんて、そうはいない。


 防寒用の手袋ではなく、軍手のようなものかもしれない。それは暗闇のなかで、ぼんやりと白く見えたからだ。


 帰り道の進行方向がそっちだったので、なんの気なしに歩みよっていく。

 すると、手袋がころがった。

 風もないのに妙なこともあるものだ。


 それでも、文緒はさして気にしていなかった。

 地面のあたりで一瞬、突風が強く吹いたのかもしれない。あるいは道路脇の建物から換気扇の空気がピンポイントであたったのか。


 てくてく歩いていくと、また手袋の近くまで来た。

 通りすぎるときに、やっぱり軍手だろうと、ちらりと視線を送る。

 ちょうどまた風が吹いたのか、手袋が派手にころがった。十メートル以上もさきまで飛んでいく。


 なんだか、まるで文緒から逃げているようだ。それとも、文緒をどこかに案内しようとしてでもいるのか?


 そんな考えがふっと浮かんで、文緒は自分で自分がおかしくなった。

 夜道はどうも変なことを考えてしまう。暗くて人通りがないので、少し心細いせいだ。


 それでも家に帰らないといけないので、その道を歩いていく。

 手袋の近くまで来た。

 また風でころがるのかなと、今度は立ち止まり、注意して見つめた。


 風は吹いていない。

 手袋はころがらない。

 ただの気のせいだったようだ。


 ほっとして、文緒は歩きだそうとした。


 そのとき、手袋が動いた。

 背筋がゾワッと総毛立つ。

 ころがったわけじゃない。

 虫のように指の部分で這っていった。

 至近距離だ。見まちがいではない。


 文緒は動けなくなった。

 視線をそらすこともできず、硬直して手袋の這っていくさまを凝視し続けた。


 そして、ようやく気づいた。

 それがではないと。

 それは、持ちぬしのもとに帰ろうとしていたのだと。


 道のまんなかで、自動車が塀につっこんでクラッシュしている。

 窓から、だらんと出ている片手には、手首からさきがなかった……。

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