第18話 驚き悔やみ



 地方によって、驚き悔やみという習慣がある。知人の死を聞いて、とるものもとりあえず御悔やみに駆けつける、というものだ。


 文緒が子どものころ、両親がこんなことを話していた。


「ビックリしたなぁ。枡屋ますやのヨウちゃん、亡くなったってさ」

「あら、大変。御悔やみに行かないと」

「いや、会社帰りに寄ったよ。驚き悔やみ」

「まあ、そう」

「ヨウちゃん、おれと同い年なんだぞ。早すぎるだろ」

「えーと、あなたの母方の従兄弟だったっけ?」

「そうだよ。けっこう仲よかったのになぁ」


 いつもの夕食の時間より、だいぶ遅くに帰ってきた父が、そんなふうにさわいでいた。さらに父は、こう言った。


「いやぁ。それにしても、悔やみは何回か行ったことがあるけど、あんなのは初めてだ。ほんとに驚いた」


 まだ、従兄弟が若くして死んだことを言ってるのかと思った。が……。


「あの年で死んだって言うからビックリして駆けつけたらさ。あいつ、死んでないんだよ」

「まあ、どういうこと? 生きてたってこと?」

「いや、正確には死んでるんだけどな。さわってみたけど脈もないし。でも、おれが線香あげたら、急に『おお!』って叫んで起きてくるんだ。たまげたよ、あれは」

「やだ。なにそれ。気持ち悪い」


 文緒は大人になってから、その現象の原因を知った。死体というのは死後硬直によって、全身の筋肉が一時的に固くなる。そのとき、肺にたまっていた空気が筋肉の凝縮によって吐きだされ、声帯をふるわすことがある。同時に体が痙攣けいれんしたり、姿勢がまがったり、カッと目をみひらくことなどがあるという。


 おそらく、父が見たのは、それだったのだろうと思っていた。あの瞬間までは。


 その父も病気により、ついに亡くなった。享年七十を早いととるか、遅いととるかは人それぞれだろう。

 頑固だけれど、頑張り屋で、家族を大事にする、いい父だった。


「親父。病気、つらかっただろ。頑張ったなぁ。これからは楽してくれよ」


 白木のお棺の前で、文緒がそう言ったときだ。

 とつぜん、父の遺体が起きあがってきた。「うおーッ!」と叫びながら。

 文緒は驚いたが、子どものころに父の従兄弟の話を聞いていたから、それと同様のことが起きたのだと思った。冷静にふるまおうと、自分を落ちつける。


 だが——



 後日、文緒はそのときのことを妻に話した。


「あれは死後硬直なんかじゃなかった。だって、親父はおれの手をつかんで言ったんだ。『文緒。十年後に迎えに来る』って……」

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