第15話 悪夢



 変な夢を見た。

 夢のなかで、文緒は草むらに立っていた。とても深い草むらで、そのへんの空き地や公園などではないようすだ。民家らしいものや電柱などの人工物が何も見えなかった。


 そして、その山深い草はらで、何者かが文緒を呼んでいた。


「文緒。文緒! 文緒ォーッ!」


 ものすごい大声だ。

 思わず両手で耳を覆っても、全身の骨がふるえる。


「文緒ー! 文緒ォーッ! こっちへ来い。こっちへ来ーい!」


 姿の見えないものに呼ばれて、ただ、ただ、逃げまどう。

 そんな夢だ。


 物心つくころには、この夢を見ていた。ひどいときには一晩に二度。それも毎晩だ。大人になるにつれ、だんだん夢が鮮明になってくる。


 おかげで寝不足が続いていた。

 食事も喉を通らず、やせ細る文緒を見て、母が心配した。


「文緒。このごろ、どうしたの? ひどい顔してるよ。何かあったのなら話してごらん」


 文緒は夜ごとに見る夢のことを打ちあけた。

 母は黙って聞いていたが、急に立ちあがると、仏壇の裏から何やら持ってきた。


「これは、あなたのひいおばあちゃんの日記よ。読んでごらんなさい」


 不思議に思ったが、寝ると悪夢を見るので寝られない。時間つぶしに、その夜、日記を読んでみた。

 文緒は、ぞッとした。

 こんなことが書かれていたのだ。


 曽祖母は子どものころから夢を見た。

 山のなかで、なんだかわからないものに名前を呼ばれ続ける夢だ。

 その夢は大人になっても毎日見た。

 そして、ある夜、こらえかねて言ってしまった。


「もうすぐ新しい文緒が来るから、それまで待っておくれ」


 ちょうど、そのころ生まれたひ孫に自分と同じ名前をつけるよう勧めた。先祖代々の決まりだからと嘘をついて。

 それ以来、パタリと夢を見なくなった。


 つまり、曽祖母のかわりに、生まれたばかりの文緒がその夢を見るようになったのだ。


 ひどい話だ。

 自分が助かるために、ひ孫を犠牲にするなんて……。


 しかし、そこにある種の希望をみいだせた。

 文緒はもうじき結婚する。

 ばかりか、すでに新しい命がお腹のなかに芽生えていた。


 この子の名前を文緒にすれば……。


 わが子は愛しい。

 でも、自分が楽になれるなら。


 文緒は惑う。




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