第13話 猫



 文緒が大学生のころに、つきあっていた彼女がいた。

 将来は結婚も考えていたのだが、ある夜、とつぜん、彼女から電話がかかってきた。


「どうしよう。文緒くん。猫、ひいちゃったよ」

「えっ? 猫? とびだしてきたの?」

「うん」


 文緒たちの暮らしていた地方都市では、大人はみんな一人一台、車を持っていた。じゃないとどこに行くにも不便で生活ができないからだ。


 文緒も文緒の彼女も、就職を前に自動車の免許をとっていた。


「それで、猫、どうなった?」

「死んじゃった」

「飼い猫っぽい?」

「たぶん、野良だと思う」

「じゃあ、しょうがないよ。そのままにしとけば?」

「えっ? そんなの、かわいそう」

「じゃあ、近くに埋めてやればいいよ」

「でも……」


 要するに死体にさわることを恐れていたのだ。

 しかたないので、その場所まで文緒が自分の車で行った。

 たしかに猫が死んでいた。血を吐いて、カッと口をひらき、なんとも可哀想。


「じゃあ、ここに埋めるよ」


 田舎道では、よく猫は車にひかれる。

 文緒はすぐに忘れてしまった。


 しかし、そのあとから、彼女のようすがおかしくなった。いつも、どこかから猫の鳴き声が聞こえると言い、風の音にもおびえ、ましてや視界を野良猫がよぎるだけで悲鳴をあげた。文緒は気のせいだと励ましたが、彼女のぐあいは悪くなることはあっても良くなることはなかった。


 けっきょく、彼女が実家にひきこもるようになり、いつしか文緒とも疎遠になった。


 数年が経った。

 美術館に行った帰り、文緒は公園を散歩していた。街路樹の多い大きな公園だ。ぐうぜん、あのときの元カノに出会った。


 遠くから見たとき、あれ、もしかしてと思ったが、やはりそうだ。

 彼女は結婚したらしい。

 男とならんで、とても幸せそうだ。腕には赤ん坊も抱いている。


(よかった。あんな別れかたをしたから気になってたけど、いい人を見つけて、うまくやってるんだな)


 そう思うと、ほっとした。

 彼女が苦しいときに、ちっとも支えになってあげられなかったから、申しわけなく思っていたのだ。


 今の幸せな家庭に水を差すのは悪いと思い、声をかけずにすれちがった。


 だが、その瞬間に、文緒は見てしまった。

 彼女が抱いている赤ん坊。

 産着のなかのその顔は、どう見ても猫——

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