第8話 <都は遠くに>

 アズサ率いる連邦軍は、複雑な地形をひたすら走り抜ける。

 うっそうと木が生い茂る森の中を通り、アストライヤを目指す。

 なぜ機動力を犠牲にしてまで森を進むのかといえば、敵の攻撃を避けるためだ。

 ドラムグード王国軍は、<ホバーバイク>は駆使して追いかけてきている。だが、あれほど機動力の高い乗り物で森になど侵入すれば、たちまち木にぶつかって大破してしまう。

 また、森の中をピンポイントで狙撃してくる魔法使いや戦艦からの砲撃も抑えることができる。

 損耗を抑えるには、森を進むしか道はなかった。


「……でも、中々にキツイ地形ね……」


 整備されていない道というものは、訓練された人間でも踏破することは厳しい。

 それに、大人数を引き連れている上に、その大半が負傷しているのだ。

 行軍速度は、相当遅かった。


「頑張って!もうすぐアストライヤだから!」

「気合いだ!アストライヤに着けば、援軍を呼べる!」


 軍のあちこちから、鼓舞する声が聞こえてくる。

 諦めない。連邦軍は、いつも助け合いで窮地を乗りきってきた。今度も……大丈夫なはずだ。

 だが、そんな一行を嘲笑うかのように、歌が聞こえてくる。

 それは、最初にドラムグード王国軍と交戦した時に聞こえてきた、あの恐怖の歌。

 そして、何か機械が動くような駆動音も響き渡る。

 木々を薙ぎ倒し、レンズの両眼で連邦軍を見つめるのは、ドラムグード王国軍の兵器、<多脚歩行戦車>。

 歩行戦車は、何と森という地形をも踏破する性能があった。


「化け物め…!早く逃げてぇ!」


 アズサの号令で、一斉に散開する連邦軍。

 だが、茂みから次々と王国兵が現れ、連邦兵に向けて発砲を始めた。

 銃声と悲鳴、戦車の砲撃音が森にこだまする。

 緑あふれるきれいな森は、一瞬にして血と炎が支配する赤色の森に変わってしまう。


「ふっざけんなぁぁ!"月光剣"!」


 アズサが、必殺技である月光剣で包囲網に活路を開く。

 アズサの奮闘に心打たれた連邦軍は、一気に勢いづいて反撃に打ってでた。

 ……それが、間違いだと気づかずに。

 一般兵や、一般魔法使いでは、歩行戦車に勝てるはずもなかった。

 突撃を繰り返しては、屍の山を築いて踏み潰されていく。

 この場合の正解は……アズサに続いて逃走すること。

 悲しいかな。逃走に成功したのは、アズサを含めて僅か八名。他の連邦軍は、新たに現れた三機の歩行戦車に囲まれ、骨も残さず消されてしまった。

 光が消えた森の中。逃げたアズサの方向を見る一つの影。


「逃げた……か。でも、アストライヤにはたどり着けない……」


 アマデウスは、誰へともなく呟いて、森の奥深くへと消えていった。







「はぁ……はぁ……なんで……分かるの…!」


 アズサは、ようやくアストライヤまでたどり着いた。

 森からアストライヤまでの道中、さらに四回に渡る追撃を受け、無事にアストライヤにたどり着いたのはアズサだけだった。


「早く……増援を……逃げないと…!」


 アズサは、頭では理解していた。

 ビルピンはもう終わりだ。もう……放棄するしかないと。

 本国にその事を伝えるため、アストライヤの門を潜ろうとする。

 だが、門の側にいた男性に、なぜか引き寄せられていく。なぜそのような行動を取ったのか、自分でも分からない。

 男性は、何かに祈りを捧げていた。

 男性の前にあるものを見て、悲鳴をあげるアズサ。

 そこにいたのは、ハンスたち殿を務めた兵士たちだった。恐怖で苦しむ目が、アズサを見つめる。


「……お知り合いですか?なんと酷い…!」


 男性が、アズサに向けて穏やかな声をかける。

 アズサは、男性を警戒していたのだが、その一言で心を開き、会話に応じる。


「失礼。この方たちが門の前に捨てられていたので……信仰する神が違うとは思いましたが、つい……」

「いえ、ありがとう……ございます……。これで、浮かばれます……」

「……とても辛そうだ。言いたいことがあるなら……聞きますけど?」


 なぜだろうか?

 アズサは、この男性の優しさに心惹かれていた。

 まっとうな状態なら、もっと別の考えもできただろう。

 しかし、今のアズサにそんな余裕は無かった。

 失礼と思いながらも、男性の胸で涙を流すアズサ。今まで耐えてきたことが……一気に決壊する。


「わだし……がんばっだ!でも……みんな……みんなぁ……」

「そう……ですか。お辛いのに……よく我慢しましたね……」

「名前も知りませんけど……すいまぜん……。わだし……もう…!」

「……可哀想に。もう……ゆっくり休むといいですよ」


 男性は、アズサを強く抱き締めて、その首筋に吸い付く。

 アズサは、心から安心したような表情を浮かべ、涙を一滴頬を伝わせた。

 身体中から血と力が抜け、安らかに死を迎える。

 男性は、アズサの遺体を地に置いて、口元を拭った。


「……貴女の命。まことに甘く、そして奥深いものでしたよ」

「……やっぱり、気に入らないわ。吸血鬼ヴァンパイアなんてジョブは恐ろしい……」


 男性に声をかける一人の人物。赤の親衛隊の神崎美炎だ。

 そんな美炎が声をかけるのだ。この男性も、親衛隊だった。


「悪いことではないでしょう?この女性の顔を見ては?安心したように眠っている……」

「……あんた、兵士じゃなくてホストでもやれば?泡沫のゲルニカ?」


 男性の正体は、赤の親衛隊の一人、ゲルニカ・アールス・シャスター。

 吸血鬼の能力で女性を魅了し、一時の幸福の中で死を与える恐ろしい親衛隊だ。


「考えましょうか?それより、後片付けを頼んでも?」


 ゲルニカが言う後片付けとは、アズサの遺体の処理ではない。

 アストライヤの破壊のことだった。


「ったく……こっちはシールドの破壊で疲れてるのに……。"爆炎豪雨サジット・フレイム"」


 美炎が起動したのは、無数の爆炎を雨のように降らせる範囲殲滅魔法。

 アストライヤの町が、赤々と焼け落ちていく。


「炎……私にとっては弱点ですが……なんと美しい……」

「エセ芸術家。後は占領部隊に任せて引き上げるわよ?」


 美炎たちと入れ替わるように、ドラムグード王国の占領部隊がアストライヤを支配していく。

 ドラムグード王国の進撃は止まることはなく、アストライヤ陥落の二日後。

 ……首都フォールンを、ドラムグード王国軍は陥落させた。

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