第58話 幼馴染と海ではしゃぐ

 すっかり気温が上がってきて、寝苦しさに目を覚ます朝。


 窓の景色を見れば、もう解りやすいくらい快晴で、僕はベッドから身を起こして両手を組んで体を伸ばす。今日は休みであり、幼馴染が最も楽しみにしていた日。つまりアカンサス近くの海に行く日だ。


 早速ベッドから降りると、道具袋に荷物をまとめて出発の準備を始める。昨日の夜にやっておけば良かったと後悔しつつ、水着と身体をふく布だったり、用意するべきもの、持っていっても良さそうな物を部屋中から漁っていると、タンスの奥に意外な物を見つけた。


「これは……ああ! 親父の持ってた腕輪か」


 もう形見同然になってしまった、親父の魔法が込められてた銀色に輝く腕輪。使用するとかけられた呪いやステータス異常の類を、一律で解除してくれるという便利な魔法だったはずだ。着けてみるとピッタリとはまる。カッコいい気がするし、たまには着けて行くのもいいかもしれない。帰ってからちゃんと手入れすれば錆びたりもしないだろう。


「アキトー。もうパティちゃん達がきたわよ。サメに襲われないように気をつけなさいよ」


 おふくろがドアを開けて幼馴染がやってきたことを伝える。やっぱり来るのが早い。


「大丈夫だよ。サメなんか出るワケないって」


 玄関まで来ると、それはもう初めての旅行にウキウキしてる子供みたいなパティが立っていて、満面の笑みをこちらに向けている。


「おはよ! もうみんな待ってるから、早く行こうよっ」


「ああ。了解了解」


「アキト、パティちゃん。気をつけて行ってくるのよ。何があるから解らないんだから」


「はーい! 遊びまくってきますっ」


「何も起こらないって。行ってきます」


 家を出てしばらく歩くこと数分。街門にはルフラースとマナさんが待っていた。一応モンスターが現れた時のために、旅に出る用の装備をしている。僕は単なる布の服だし、パティも普段と変わらないシャツと膝丈のスカートにサンダルという格好だけど。


「勇者ちゃん、アッキー! こっちよこっち」


 マナさんが手を振っている。僕とパティは手を振り返しつつ集合し、早速街から出て行った。


「おやおや、これはまたラフな格好だな」


「お待たせー。ああ、モンスターも出てこないかなと思って」


 ルフラースは普段と変わらない涼しい顔をして、僕と並んで草原を歩く。隣にいるパティはマナさんに警戒している様子だった。まあ、水着外されてるからしょうがない。


「もーう。勇者ちゃん。あれはただのジョークみたいなものだったのに。そんなに距離を置くことはないでしょ」


「し、信用できませんっ。何をされるか予想がつかないので。マナさんは未知の怪物です」


 パティの言葉に、ルフラースがプッと吹き出す。僕はなるべく関わりたくない。


「酷いわ! 怪物呼ばわりなんてあんまりよ」


「怪物というより悪魔でした。すいませんっ」


「悪魔だって酷いじゃない! 私は神に仕える敬虔な僧侶よ」


「はっ! 言われてみれば確かに」


 僕は思わず口に出してしまった。マナさんってどうも僧侶のイメージがない。奔放すぎるからか。


「きー! アッキーまで! 浜についたら覚えてなさいよ」


 怖いなと思いつつ、隣を歩いているパティは自然と顔がほころんでいる。何だかんだいって、僕もちょっと楽しみだったりする。



 浜にたどり着くまでに半刻と掛からなかった。まず女子勢は見えないところで着替えを済ませ、男子勢はシートだったり場所の確保をすることにした。他にも海水浴をする人達はけっこういたからだ。


 ルフラースの荷物がやけに多いなと思っていたら、どうやら携帯用のパラソルや椅子やテーブルまで持ってきたらしい。


「メチャメチャ本格的じゃないか。僕はシートくらいしか持ってこなかったけど」


「ははは。やっぱり備えは必要だと思ってね。どんな時でもしっかり準備しておかないと、後々困ることになりそうだし」


 流石は今度の旅でリーダーを務めるだけのことはある。万全の準備と下調べをすることを重視する纏め役なら、きっと長旅も安心だ。


「お、お待たせしました。ねえアキト! 早速海に行こっ」


 シートに座っていた僕が振り向いた先には、陽光に照らされ輝く幼馴染がいた。少し後ろからマナさんもやってきている。


 パティは昨日服屋で見た水着だったけど、海で見ると更に破壊力が増しているように見える。マナさんは黒いビキニを着ていて、お姉さんのセクシーな魅力が全開といった感じである。浜辺にいた男達が二人をチラチラ見ているのが解る。その視線は、特にパティに向けられているような気がした。


「……あ……ああ」


 心臓が口から出そうなほどドキドキしてくる。なんて可愛いんだと心の奥で呟いていると、白い手が僕の腕を掴んで催促してくる。


「早く早く! モタモタしてるとクラゲに刺されちゃうよ」


「お前いつまでここにいるつもりなんだよ! どんなに遅くなっても今日中に帰るわ!」


 とはいえ、実は流行る心に突き動かされていることも事実だ。今までこんな衝動に駆られたことがあっただろうかなんて考えも早々に吹き飛び、パティと一緒に海まで走り出した。


 雲ひとつない青空と海。冷たい海水に足を踏み入れた僕達はいつの間にかじゃれあっていた。バシャバシャと水を掛け合うことに夢中になってきて、まるで子供に戻ったような気分だ。これは楽しい。


「あはは! アキトってば激しすぎっ。負けないんだから!」


「お前のほうがヤバイって。うおお! やったなー!」


 いつの間にかルフラースとマナさんも海に入ってきて、四人でしばらく遊び続けていた。親父が行方不明になって以来、ぼっちに拍車がかかっていたことが嘘みたいに、今僕は充実しているような気がする。


 賢者と僧侶は旅に出てしまうわけだから、またパティと僕だけの生活になってしまうのだけど。一緒にいられる残り少ない時間をせめて楽しみたいと思った。


 こんな気持ちになったのは、多分初めてかもしれない。きっと僕は幸せだったんだ。

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