第434話 幕間4 祈りよ届け

 一体、いま外はどうなっているのだろう? 遺跡の中はいまのところ、無事ではあったものの、多くの人が忙しなく動きまわっておりかなり騒がしい状況であった。


 それも当然だろう。このすぐ外ではこれまでにないくらい大きな戦いが起こっているのだから。自らの生存を賭けた戦い。いつここが外のような状況になってもおかしくなかった。


 手の甲がぞわりとする。埋め込まれた竜石がなにかによって震えているかのようであった。外で起こっている戦いが原因なのか、それとも別の理由なのか――判断することはできなかった。


「兄ちゃんたち、大丈夫かな」


 不安そうな声でそう言い、みずきの手を握ったのはケリーというまだ十二歳の少年だ。


 不安になるのも当然だろう。ここにいる子供たちは、『棺』という建造物が浮上したことによる帝都の崩壊から逃げ、逃げた先のローゲリウスでは炎と氷に呑まれてまた避難し、やっとたどり着いたカルラの町も戦いによって半壊してしまい、遺跡の中で籠城することになってしまったのだから。彼らが現代日本であればまだ小学生くらい年齢であることを考えると、本当に頑張っていると言えるだろう。自分がそのくらいの歳のときに、いまの彼らのようにしっかりと平静を保っていられただろうか? いままで運がいいことに、災害や戦乱に巻き込まれることはなかったから、よくわからなかったけれど、あまり自信はなかった。


「大丈夫。あの二人は強いんだから。ちゃんとここに戻ってきてくれるって。信じてあげよう」


 みずきはそう言って、ケリーの手を握り返した。その手は小さく、とても温かい。


「信じてるけど――やっぱり不安だよ。とんでもないことが起こってるのに、おれたちはなんにもできなくて逃げ回ってるばかりだし。おれもなんかやったほうがいいのかな?」


 ケリーの質問に対し、みずきは言葉に詰まる。どう返すのが適切なのかよくわからなかったからだ。彼が抱いている気持ちはよく理解できた。自分も同じようなことを多少なりとも思っているからだ。


 ケリーは逃げてきた子たちの中でも年長のほうだ。十二歳にもなれば、しっかりとした判断能力や意思能力を持っている年齢である。ただなにもせず待っているだけで本当にいいのだろうかと思ってしまうのは当然だろう。


 とはいっても、状況を考えれば手伝ってきなさいと言ってしまってもいいのだろうかと思ってしまうのもまた事実。遺跡の中はまだ安全であっても、それがいつ失われるのかわからない状況だ。安易に手伝いに行かせて、彼らの身になにかあったらどうしよう? そうなってしまったとき、自分は責任を取れるだろうか? ここにいる彼らは、まだ自分の半分くらいしか生きていない子ばかりなのだから。


「いいんだよ。お前らはまだ子供なんだからな。責任だのなんだのは俺たちにまかしときゃいいんだ。ガキはカギらしくしてりゃあいい。どんな状況であってもな」


 みずきが返答に詰まっていたところに、クルトが言葉を返してくる。彼もいま慌ただしい遺跡の中で忙しなく動いていたはずであるが――どうやら戻ってきたらしい。


「でも……」


「そうなる気持ちはわかる。お前くらいの歳だとなおさらな。それでも、俺はお前らがなにかしなきゃいけないとは思わねえ。子供が、大人がやることに駆り出されたらそれこそ終わりだ。そういう状況はできる限り作っちゃいけねえんだよ。だから、お前たちは自分たちのことだけを考えろ。それが、子供が本来持っている特権なんだからよ」


 ぶっきらぼうな言葉であったものの、そこからははっきりと彼なりの優しさが感じられるものであった。


 クルトの言葉を、ケリーも子供なりに理解できたのであろう。難しい顔をしながら、返答に窮していた。


「悪いな。こいつらの相手をしてもらって。状況が状況だし、大変だろ? 人数も多いしな」


「……いえ、大丈夫ですよ。こんな状況なのに、よく保っていると思います。本当に、よくできた子たちです」


 みずきの言葉に対し、来るとは「それはよかった」とにこやかな笑みを見せる。いつも通り飄々としていたものの、どこか疲れが見て取れた。それも当然だ。彼も、この町を守るために色々と動き回っているのだから。


「その様子を見るに、大丈夫そうで安心した。俺だけだったらたぶんこうはなっていなかっただろう。本当に助かった。大変かもしれないが、もう少し辛抱してくれ」


「ところで、外はどういう状況ですか?」


「俺も外に出たわけじゃあないから、詳しいことはわからんが――小耳に挟んだ限りでは状況は厳しそうだ。あとは、あの二人次第だな。あいつらがやってくれることを信じて、耐えるしかなさそうだ」


「そう……ですか」


 敵は遠くからでもその全貌をはっきりと視認できるような建造物を浮上させるような存在なのだ。厳しいのは当然であろう。


「それじゃあ、俺はまた出てく。できる範囲で構わないから、そいつらの相手をしてやってくれ。俺もちょくちょく様子を見に来るからさ」


 軽い調子でそう言ったのち、クルトはテントの外へ出ていった。


「クルトさんもそう言ってるし、私たちは待ってよう。私でも話し相手くらいはできると思うし」


「うん……わかったよ姉ちゃん」


 不安げではあったものの、その声からはどことなく力強さが感じられた。


 本当にいい子たちだ。自分にできるのは、彼らの不安を少しでも取り除くことと、なにかあったときに彼らを守ることだろう。非力であったとしても、子供たちから見れば自分も大人であることに変わりないのだから。


 無事に戻ってきてください。みずきは上を向きながら、遥か上空にある『棺』にいるであろう彼らに対し、祈りを捧げた。

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