第422話 竜を統べし存在

 その瞬間、足もとからわずかな脈動が感じられた。竜夫は即座に危機を察知。全力で後ろへと飛び退いた。


 直後、先ほどまで自身が立っていた位置を含めた場所に、無数の杭のようなものが突き上がっている。少しでも遅れていたら、足もとから串刺しにされていただろう。窮地を避けたと思ったところで、ヴィクトールの姿が視界から消えていることに気づく。


 ヴィクトールは、大成を狙っている。奴は大成の持つ力をこちら以上の脅威であると認識しているのだ。


 彼もここまで戦い抜いてきた以上、自分の身すら守れないなんてことはないが――それでも、ヴィクトールの戦闘能力を考えると、万が一ということは大いにあり得るだろう。せっかく二対一の状況なのだ。フォローをするのは当然である。


 姿を消したヴィクトールは大成の左斜め後ろから襲撃。だが、消耗しているといってもこの程度で狩られるはずもない。大成はすぐさま反応し、ヴィクトールの攻撃を受け止める。


 ヴィクトールの動きが止まったところで、竜夫も接近。ヴィクトールの死角に入り込んで刃を振るう。当たる。そう確信ができる一撃。


 だが、竜夫が振るった刃は空を切った。距離を詰め、刃を振るい始めたその瞬間までそこにいたはずのヴィクトールの姿が消えたのだ。それは明らかに、超スピードによるものとは思えなかった。


 こちらから十メートルほど離れた位置にヴィクトールが現れる。もちろん、無傷だ。完璧に近いタイミングで仕掛けた攻撃を確かに回避している。


 ……奴は、一体なにをやっているのだろう? 先ほどの回避はどう考えても不可解だ。並外れた戦闘能力や技術があったとしても、状況的にできないことというのは確実に存在する。先ほどは間違いなくそういうタイミングであったはずだ。であれば、身体能力や技術でどうにもできない状況ですらすり抜けられるなにかを持っているはずであるが――


 竜夫はヴィクトールへと目を向ける。


 見た限り、奴は戦いを始めた頃と大きな変化はない。なにで創られているのかわからない、不気味な形状をした槍のようなものをその手に持っているだけだ。あれは、奴の能力で創り出したただの武器にしか見えないが、なにかあったりするのだろうか?


『いまのを、どう思う?』


 ヴィクトールを注視しつつ、大成の声が聞こえてくる。どうやら、彼も奴の動きの不可解さを感じ取ったようだ。


『いまの回避は、どう考えても身体能力や技術によるものとは思えない。なら、奴の能力によるものだと思うけど――』


 ヴィクトールがどのような能力を持っているのか、こちらにはまだわからない。わかるのは、なにかを創り出す能力ということだけだ。


 なにかを創る能力であるのなら、何故瞬間移動めいたことができるのだろう? いくらなんでも、なにかを作成する能力の他に瞬間移動能力を持っているとは思えない。奴が竜たちを統べる存在であったとしても、そこは変わりないはずだ。


 だとすると、奴の瞬間移動めいた力は、元々持っている能力の応用であるはずであるが――


 なにかを創る能力と瞬間移動がどうしても繋がらない。どう考えても、別個の能力としか思えなかった。


『ブラドーのほうはなにか感じ取れるものはあるか?』


 竜夫は、大成の相棒へと問いかける。


『俺も、先ほどの奴はその場から消え、別の場所に現れたとしか思えなかった。さっきのはどう考えても、身体能力でどうにかできる状況ではなかったはずだ。どれだけ強くとも、物理的な可動には限界があるからな』


 ブラドーの淡々とした声が響き渡る。


『お前もわかっているとは思うが、奴の能力はお前の力と同系統の力――なにかを作成するもののはずだ。本来の限界を超えて瞬間的に身体能力を急上昇させるようなことは不可能のはずであるが――』


 ブラドーもまだヴィクトールの能力をつかめていないようであった。


『奴が、いままでの敵とは違って、複数能力を持っているという可能性は?』


 ブラドーの言葉が途切れたところに、大成が割って入る。


『完全に否定しきることはできないが、その可能性は薄いだろう。俺やいつかの双子のように本来の能力と別個の力を持っている場合というのは、通常では起こり得ない突然変異のようなものだ。先天的な病気や異常にも等しい。だからこそ、多くの場合は忌み嫌われる。竜たちを束ねるほどの奴に、そんなものがあったという話は聞いたことがない。そんなものがあれば、俺のところにすら耳に入っていただろう。有名な奴の噂話なんてのは、広まるのが速いものだからな』


 人のうわさに戸口は立てられない、ということか。強大な力を持つ竜という存在であっても、それは変わらないらしい。


 確かに、本来は一つしか持っていないのが普通なところに、二つ三つ持っているものがいたとしたら耳目を集めるのは必然である。それが竜たちの頂点に立つ存在であったのなら、隠し立てするのはまず不可能だろう。


『とはいえ、それを否定する確かな証拠があるわけでもない。もしかしたら、完璧な情報統制をしていた可能性もあるからな。とりあえず奴が複数の能力を持っているように思わせられるものを持ち合わせていることだけは確かだ。気を抜くなよ』


 ブラドーの言葉を聞きながら、竜夫は改めてヴィクトールを見据えた。


 奴からは、ただそこにいるだけで重力が強くなったかのような圧迫感が発せられている。それは、強大な力を持つ竜たちの頂点に立っていたことをはっきりと認識させられるものであった。


「作戦会議は終わりか? 俺に遠慮する必要などないぞ。俺は貴様らの敵なのだからな。それとも、諦めて死ぬ気になったか?」


 ヴィクトールから発せられる声はまるで石を放り投げているかのようにこちらへと押し寄せてくる。


「苦しまずに死にたいというのであれば、それに応じるのもやぶさかではない。ここまで辿り着いたことに対する褒章の代わりとして、与えようではないか。最低限の敬意というものはたとえ敵であっても見せるべきものだ」


 ヴィクトールの視線がこちらへと向けられる。常人であれば死んでもおかしくないような力が感じられた。


「……どうやら、そのつもりはないようだな。問うまでもないことであるが。それもよし。その期待に全力で応えるとしよう」


 そう言うと同時に、ヴィクトールから放たれている圧迫感がさらに強まった。竜夫と大成は瞬時に身構える。


 同時に、ヴィクトールの姿が消失し、直後に再出現。やはり、狙っているのは大成であった。


 驚異的な速さを持って接近されても、大成は崩れない。再出現したヴィクトールをしっかりととらえ、その攻撃を回避。


 大成がヴィクトールの攻撃を回避すると同時に、竜夫も接近を試みる。ヴィクトールを捉え、刃を振るう。竜夫の刃とヴィクトールの槍が衝突。刃から、巨大な鉄の塊にぶつかったような重さが伝わってくる。


 こちらの攻撃を受け止めると同時にヴィクトールは横にステップして挟まれた状態からくぐり抜けた。


 くぐり抜けると同時に、左手からなにかを放り投げる。


 投げられたのは、液体のようなもの。どろどろとした極めて不気味なものだった。


 二人を巻き込むようにして投げられたそれを、竜夫と大成は横に飛び込んで避ける。どろりとしたそれは先ほどまでいた位置にへばりついた。


 あれがなにかまったくわからなかったが、触れるのは危険であろう。どうやら、酸の類ではないように見えるが――


 ヴィクトールが放った正体不明のなにかを回避した竜夫は銃を創り出して、それを放つ。放ったのは、着弾箇所に刃を生み出す魔弾。奴がどれほど強かったとしても、体内から刃をまき散らされることになればただでは済まないだろう。


 しかし、ヴィクトールは放たれた弾丸に、先ほどまき散らしたものと同じようなものを放り投げた。それは不気味に蠢きながら膜のようになって弾丸から生み出される無数の刃を受け止める。


 弾丸を防いだ際に生じた隙を大成は逃さなかった。ヴィクトールの斜め後ろへと回り込んで接近し――


 竜殺しの血で構成された直剣を渾身の力を持って薙ぎ払った。

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