第395話 虚ろなる白影

 身体を駆け巡る熱は断続的に発生し、根本からその在り方を作り変えているように思えるものであった。


 とてつもなく熱いが、苦しさや痛みや不快感はそれほどでもない。なんとも言えぬ不思議な感覚であった。


 静けさに包まれた『棺』の廊下を突き進んでいく。周囲の変化は相変わらず乏しく、本当に進んでいるのかどうかわからなくなってくる。だが、目指すべき場所から発せられる力は確かに近づいていた。まだ距離はあるものの、それだけは確実だ。実際のところどうであったとしても、先に進む以外の選択肢など残されていないのであるが。


 ここに侵入してから、どれくらいの時間が経過したのだろう? 周囲の変化が乏しく、外の風景も確認できないために、時間感覚もよくわからなくなっていた。二度の戦闘を挟み、それ以外はずっと進んでいた以上、ある程度の時間が経過しているはずであるが――


 いや、そのようなことを気にしていても仕方ない。どれだけ時間が経過していたとしても、やらなければならないことは変わりないのだから。『棺』の深奥を目指して進み、この戦いを終わらせる。それ以外にできることも、やるべきこともなにもない。


 かなりの速度で駆けつつ、二度の戦闘を挟んでいるというのに、疲労感はそれほどではなかった。自分の中のなにかが変わっているのか、それとも極限状態にあるせいで疲労を感じにくくなっているのか――どちらなのかはわからない。


 どちらであったとしても、動けるときに動いておくべきだろう。長引けば長引くほど、こちらの状況は悪くなっていく。ここで終わらせることができなければ、なにもかもが終わってしまうのだ。それだけはなんとしても避けなければならなかった。


 さらに進むと、分岐路があった。目指すべき場所の方向――左へと進む。左に曲がって進んでも、変わることなく死んだように静まり返っていた。敵の姿は、まだ見えない。


 敵が来ないのであれば、それはそれで構わないことである。なにしろ、規模が規模だ。少しでも先に進めたほうがいいのは間違いなかった。


 先を急ぎながら、目指すべき場所に近づいているのかどうかを探知してみる。近づいていることだけは確かであった。距離はまだあるものの、この速度で進めるのであれば、それほど時間はかからないはずであるが――


 進んでいた先に、扉が現れて足を止める。周囲には他に行けそうなルートはなかった。扉を開ける前に周囲に敵がいないことを確認したのち、そっと扉へと触れる。重く冷たい扉であった。罠らしきものはなにもない。それを確認したのちに、重く冷たい扉を押し込んで開ける。


 再び開けた場所に出た。かなりの広さがあるというのに、開口部が一切ないせいで圧迫感がかなり強かった。


 これだけ開けた場所で狙われたらかなり危険であるが、躊躇などしていられない。罠や伏兵の類を警戒しつつ、この空間を通り抜けようとしたそのとき――


 どこからともなく、白い影が現れる。白い影を視認すると同時に、竜夫は刃を創り出し、現れた白い影に先制攻撃。現れた直後に竜夫の刃によって斬られた白い影は、そのまま霧散していく。


 斬りつけた感触はあったものの、それは極めて胡乱なものであった。はっきりとした実体があるものを斬った感触とは思えないもの。ということは――


 背後から気配。それを感じ取った竜夫は即座に振り返りつつ、刃を振るう。竜夫の刃によって、背後から襲おうとしていた白い影が斬り捨てられ、消滅。やはり、はっきりとした感触はほとんどない。


 二体目を倒してすぐ、次が現れる。今度は二体。これまで倒したものと同じく、本当にそこにいるのか疑問になるほど極めて胡乱で、視認しにくい白い影。それは何故か、どこかで見たことがあるように思えるものであった。


 二体の白い影が動き出す。白い影は左右に分かれ、挟撃を仕掛けようとしてくる。どうやら、ただ向かってくるだけの雑魚ではないようであった。竜夫は銃を創り出し、左手に持って、二体の白い影を待ち受ける。


 はじめに向かってきた白い影の動きに合わせて踏み込み、刃を振るう。白い影よりも先んじてこちらの刃が届いた。竜夫が振るった刃は白い影の身体を両断。真っ二つに斬られた白い影はそのまま消えていく。攻撃は通用するものの、あれが実体であるとは思えなかった。こいつらを操っている何者かが近くにいるはず。


 しかし、それを探る間もなく二体目が仕掛けてくる。その白い影はこちらと同じく左手に銃らしきものを持っていた。白い影は銃を構え、それを放つ。


 竜夫は斜め前に飛んで放たれた銃弾を回避。すぐさま方向転換し、白い影へと接近し、刺突を放った。竜夫の刃は、白い影の胸を的確に貫く。やはり、はっきりとした感触はまるでなかったが、白い影は解けるようにして消えていった。


 計四体の白い影を倒した竜夫は周囲を警戒。誰の姿も視認できなかったものの、周囲から気配はしっかりと感じられた。まだなにかが残っている。それだけは間違いなかった。


 なにかいることは確かなのに、それを視認できないというのは極めて厄介だ。どうにか大元を倒したいところであるが、視認できない相手に対し、動き回るのは愚策だろう。見えない相手に動き回られては、捉えることは困難である。それなら、待ちに徹したほうがいい。


 それがわかっているのか、敵はなかなか仕掛けてこなかった。緊張感に満ちた状態で時が流れていく。嫌な汗が身体に滲み、心音が大きく聞こえる。どこからどのように攻めてこられるかわからないというのは、想像以上に体力と精神を削られるものであった。


「俺の姿が確認できないと判断して、動き回らないことを選択したか。さすが、これまで生き延びてきただけのことはある。俺としても、簡単に済むような相手ではなさそうだ」


 どこからともなく声が聞こえてくる。その声は、何故か聞いたことがある思えるものであった。


「幻影をけしかけたところで、倒すのは難しそうだ。大量に消費すればいつかは倒せるだろうが――それはいただけないな。時間というものは浪費すべきものではない。誰にでも平等であるがゆえ、なによりも重要なものであるのだからな」


 その言葉の直後、こちらの十五メートルほど先のところになにかが現れる。先ほど撃退した白い影と同じような見た目であったが、発せられている存在感は比べものにならないほど強い。こいつが、先ほどの白い影をけしかけていたことは間違いないようであった。


 白い影に目を向ける。


 強い存在感があるというのに、視覚的には極めて胡乱な存在であった。少しでも目を離したら、その直後に消えていると思えるほどに。


「…………」


 常にブレている胡乱なそれを見ていると、何故かどこかで見たことがあると思えてならなかった。その言いようのない違和感が、嫌なものを想起させる。知っている相手なのか、それとも――


「どうした? なにを驚いている? そんなに俺の姿が不思議か? 見慣れているはずだと思うが」


「……なに」


 白い影にそう返すと同時に、奴に対し再び目を向け、注視する。そして、すぐさま奴が言った言葉の真意を理解できた。


 ぼやけた胡乱な見た目をしているが、奴の姿は間違いなく自分であった。


「お前は……何者だ?」


「さあな。自分でもよくわからなくてね。でもまあ、いまはお前のそっくりさんだよ」


 敵の姿が自分であることを認識したことで、発している声も自分と同じであることも理解する。


「気にするなよ。俺の仕事は化けることでね。好きでお前の姿になっているわけでも、嫌がらせのためにお前の姿になっているわけでもないんだ。俺が俺の仕事をこなすためには、化けざるを得なくてね。それとも、自分の真似をされるのは不愉快に思うほうか?」


「ここまではっきりと似せられたのははじめてだからわからんが――お前は俺を邪魔しにやってきたんだろう? それならやることは同じだ」


 そう言った竜夫は、自身の写し身に向かって距離を詰めていった。

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