第387話 地に立ちて

 大成が下に降り立つと同時に周囲にいた多くの存在が動き出した。奴らは数えるのも嫌になるほど大量にいる。空中に強い重力場を作られてしまった以上、奴らをどうにかする以外、この窮地を突破できるはずもなかった。


 なにより、空中に残っている強い重力場が消えるまで凌ぐなどは不可能である。これだけ多数の敵がいる状況で時間稼ぎなどしている余裕などあるはずもない。


 のっそりとした動きで幽鬼のような人型の個体が数体迫ってくる。はっきりいって単体の戦力としては雑魚だ。だが、これだけの数となればたとえ雑魚であってもかなりの脅威となる。少しでも油断をすれば数の暴力で一気に押し込まれてしまうだろう。


 大成は直剣を両手に持ち替え、刃を伸長させて一気に薙ぎ払った。迫ってきていた近場の個体と、その周囲にいた個体もその身を両断されて消滅。人型をしているのが疑問になるほどの脆弱さだ。


 しかし、敵は人型の個体だけではない。次は獣のような個体が襲いかかってくる。人型の個体とは違ってその動きは極めて俊敏であるが――


 獣型の個体がその牙でこちらをかみ砕かんと飛びかかってくる。


 動きが速かったとしてもただそれだけだ。こいつらも一体あたりの戦力は取るに足らない雑魚でしかない。その動きに翻弄されないようにしっかりと対処すればいいだけのことだ。


 かみつこうとしてくる獣型の個体を回り込むようにして回避し、そのまま両断。獣型の個体も生物ではあり得ないほどの柔らかさであった。


 一体目を処理したあと、他の個体よりも先んじでこちらが前へ出る。二体目を斬り払い、そこから三体目を蹴り倒す。


 記憶から無数によって生み出された存在たちを踊るようにして次々と倒していくが、やつらをどれだけ倒したところで戦況が変わるはずもない。倒すべきはこいつらを生み出した大元である。とはいっても、これだけの数がいる以上、まるっきり無視するというわけにはいかなかった。奴までの道を切り開くことができたのであれば、攻めに転じる必要がある。


 問題があるとすれば、いまのところこちらには堅牢な防御力を誇る奴の防護壁に対して有効な手段がないことだ。いままでの状況からして、ただ火力をぶつけただけでこちらが奴の防護壁の強度を上回ることは困難であることは間違いなかった。どうにかして、奴の防護壁をすり抜ける方法か、防護壁を機能できなくさせる手段を見つけなければならない。


 そのような状況であっても、そこら中にいる有象無象たちは変わることなく襲いかかってくる。いまのところはまだ迫りくる雑魚どもを処理して、なんとか均衡を保っているものの、これをいつまでも続けられる保証はどこにもない。こちらの体力は有限である。この状況が続けば続くほど、不利になっていくのはこちらだ。少しでも早く、この状況を脱しなければならないが――


 大元であるあの女が保有し、行使可能な戦力は極めて膨大だ。無限ではないはずだが、たった一人で立ち向かうには膨大すぎる量なのは間違いない。


 奴はこちらの呪いによる影響を最小限にするために、保有している戦力を使い捨てていかなければならないが――それができなくなるまで戦力を削り続けるというのも不可能であろう。膨大な量を持っていなければそのような戦法は成り立たないのだから。


 隙があるとすれば、奴が膨大な戦力を有しているのだとしても、一度に行使できる量には限りがあるということだ。雑魚とはいえこれだけの数を生み出しつつ、こちらに対する防護壁を維持しているのだから、相応に圧迫していることは確実である。無限であったとしても、一度に扱えるのが有限であるのなら、それは有限であるといっても差し支えない。こちらに勝ち筋があるとすれば、そこだろう。


 大成はさらに数体の人型の個体と獣型の個体を倒し、無数の紙片に守られた白衣の女へと徐々に近づいていく。


 まだ空中には紙片が浮遊している。跳躍して一気に近づくのはできそうにない。


 しかし、あれが残っているということは、奴が一度に行使できる戦力を圧迫していることでもあった。少しでも多く、奴が一度に行使できる戦力を圧迫させる必要がある。そのためにはなにが必要か?


 脆い雑魚どもを処理しながら、それについて思案する。いま持てる手段で、奴が一度に行使できる戦力を圧迫する方法。奴の防御壁をすり抜けて有効打を与えられそうな手段。あるいは、奴を守る防護壁を一時的に無力化する手立て。この戦いに勝利する鍵は間違いなくそこだ。


「この状況においてもまだ折れるつもりはないということか。本当に生き汚い存在だ。どこまで私を不愉快にすれば気が済むのか」


 悠々と、こちらに対する不快感をあらわにした声を発する。見たところ切迫し散る様子はなかったが、この状況は奴にとってもあまり好ましくない状況なのだろう。わずかではあるが、こちらにしてみれば状況が好転していると言ってもいい。


 人間同士の戦いの基本は、相手の嫌がることをどこまでできるかだ。かつていた地獄のような世界で戦いのイロハを仕込んでくれた奴がそのようなことを言っていたのを思い出した。


 相手はあの世界にいた怪物のように戦う以外の意思を持っていない存在ではない。人と同じく、あるいは人以上の知性と精神性を持ち合わせている存在なのだ。


 であれば、対人戦の基本である相手の嫌がることをするという戦法が有効であることは間違いなかった。


 いまの奴が嫌がること――それは、まず自身の戦力を削られること。充分な量があったとしても、目減りしていくのは誰にとっても嫌なものだ。特に、相手のせいで捨てざるをなくなるというのはなおさらである。


 もう一つは、こちらの呪いが届くことだ。奴はこちらが触れたものを次々と切り捨てることによってその影響を最小限に留めている。こちらが抵抗すればするほど、奴にまで呪いが届くリスクが高まっていくのだ。なによりこれは竜殺しの呪いである。自身の命を脅かすものに徐々に蝕まれるというのは、できる限り避けたいことであろう。


 さらにもう一つ。それは奴を守る防護壁を無効化、あるいはすり抜けられてしまうことだ。あの防護壁は奴にとっての最後の生命線である。無効化やすり抜けをされてしまえば、直接的に自身の命を脅かされることになるのだから。


 そこまで考えたところで――


『ブラドー、一つ思いついたんだが』


 大成は相棒へといましがた思いついた戦法に対する意見を求めた。


 それを聞いたブラドーはわずかな間を置いたのち『なかなか悪くないな』と冷静に言葉を返してくる。


『恐らくうまくいくのは一度きりであろうが、相手の意表を突くというのは往々にしてそういうものだろう。そこでしっかりと成功させればいいだけのことだ』


 ブラドーは感心するような声を返してくる。


『だが、そちらのほうは大丈夫か? もうすでに残っていないのだろう?』


『問題ないさ。ただ殺されたら復活できないだけで、失われたわけじゃあないからな。死なない程度にやれば済むだけの話だ』


『では、決まりだな。とりあえず、できる限り近づく必要があるか』


『ああ。近づけないとそもそも成立しないからな』


 大成は十数メートルほど先にいる白衣の女へと目を向ける。距離的はたいしたものではないが、とてつもないほどの隔たりがあった。


 だとしても、やるしかない。できなければ、より窮地に追い込まれてしまうだけのこと。しっかりと積み上げて、成功させればいいだけである。


 大成はそこで息を吐き――


 いまだ大量に蠢ていている有象無象を打ち払うために、前へと踏み出した。

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