第368話 攻略法

 直剣を構え直して前へと踏み出した大成はクラウンへと接近する。


 しかし、突如その距離は遠くなった。クラウンによって、こちらがいた位置の座標と別の場所を入れ替えて強制的に移動をさせたのであろう。自分の身体を意図しない場所に強制的に移動させられるのはやはり厄介だ。大成はすぐさま方向転換し、再び接近を図った。


「諦めが悪いですねえ。もうやめにしませんか? あなたもこのようなことを続けるのは大変でしょう? 私もこれ以上、疲れるようなことはしたくありませんし。ここから立ち去るのであれば、いまならば見逃してあげますよ」


 よくもまあぬけぬけと思ってもいないことを口にできるものだ。ここまで信用ならない奴を前にするのはいつぶりのことだろう。この異世界で戦ってきた相手はなんだかんだ筋の通った相手だったが、こいつにはそれすらもない。敵を騙せるのであれば、どのようなことだってする。それがこいつの本性だ。


 である以上、この男の言葉を聞く通りなどまったくなかった。そもそも、そうしなければ前に進めないのだから。


「……やはり野蛮な下等生物に交渉なんてできるはずもありませんか。その程度のくせに知的生物を気取っているのですから性質が悪い。さっさと死んでいただきたいものですね。とてつもなく不愉快ですので」


 クラウンの姿が消える。大成はすぐさま足を止め、消えたクラウンを待ち受けた。静寂が場を貫く。時間の流れが遅くなったように感じられた。わずかな間を置いたところで――


 背後から気配。大成は振り向きながら直剣を振り払った。


「知的さなどろくにないくせに戦闘能力だけはやたらに高いというのは実に救いようがありません。どういう風に育ったらこのようないびつな存在になるのでしょう。理解に苦しみますね本当に」


 クラウンはこちらが振るった直剣を硬化した腕で受け止めていた。やはり、生物とは思えない硬い感触。なにをどのようにしたらこのようなことを可能とするのか皆目見当もつかないが、これをどうにかできなければ、奴を倒すことができないのは間違いなかった。


「ですが、私はあなたを軽蔑したりはしませんよ。下等生物であろうがなんだろうが、生きている以上、それなりに価値があるものです。いまの我らにとって、あなた方はそれなりに有用ですからね。主に資源として。やはり、生きていくにあたって資源というものは大事にしなければならないものですから。よかったですね。誇っていいですよ」


 挑発なのか、本当にそう思っているのか不明であるが、どちらであっても知ったことではない。ただ一つ確実なことがある。こいつのような存在は、生きているだけで害悪ということだ。


 こちらの攻撃を防いだクラウンはおよそ人体には不可能な動きをしながら高速移動。こちらの背後へと回り込んだ。その瞬間、ぎちぎちと耳障りな音を立てながら腕が肥大化する。そこにあるのは巨大な肉塊。武器とすら言えないものでしかなかったが、質量のあるものはただそれだけで強力なものだ。


 大成は振り向きつつ、クラウンに回り込むようにしてステップを行う。力任せに叩きつけられた肉塊は気味の悪い音を立てて潰れた。


 大振りな一撃を繰り出したことで、クラウンに決定的な隙が生じる。そこを逃すほど、こちらも甘くなかった。回り込んだ大成はクラウンの斜め後ろから反転しながら直剣を振るう。


 しかし、直剣は切ったのは空であった。こちらが立っていた位置を入れ替えることによってこちらの攻撃が当たらない位置に強制移動を行ったのだ。


 奴の能力は殺傷能力こそ乏しいものの、こちらの攻撃を当てさせない、あるいは回避することに関してはとてつもなく高い。奴がどのタイミングでどのように位置を動かすのか読めなければ、攻撃を当てることは困難であろう。それを充分に理解しているからこそ、奴はあのような力任せの大振りな一撃を繰り出せるのだ。


「どうせ使い捨てる器ですし、色々と試してみたのですが、攻撃能力はなかなかのものですね。いささか見た目が悪すぎるのはいただけませんが、機能的に優れていればさして問題はありません。改良の余地はまだまだありそうです」


 叩きつけて潰れた肉塊は不気味な音を立てながら元の形へと戻っていく。自分の身体が不気味な肉の塊となったというのに、気にする素振りはまったくなかった。奴にとって、いまの自分の身体でさえも利用するだけの道具に過ぎないのだろう。その在り方はあまりにも異常というほかにないものである。


 どうする?


 強制移動に肉体の硬化を含めた異常な変化。これをどうにかできなければ、奴を倒すことは不可能だろう。いままでの状況から考えるに、四肢以外も同じよう変化させられる可能性が高い。場合によっては、人型ですらない存在へと変貌することも大いにあり得るだろう。そうなった時、いま持てる手札で倒し切れることが可能なのか? 無論、奴も竜である以上、呪いは有効であるはずであるが――


 強制移動による攻撃の回避も加わるとなると、その厄介さは倍増すると言ってもいい。なにより、これはあくまでもこちらが立っている場所を対象としているせいで、防ぐのが不可能というのも問題だ。こちらを馬鹿にし切った態度を取り続けているが、奴の戦闘能力は相当なものである。なにしろ、高速移動をしている相手がいる位置を的確に見極め、予測しなければ、これを成し遂げることはできないのだから。クソ以下の存在であるが、そこだけは認めなければならない。


 どうにか予測できればいいのだが、奴の思考を読み取れない限り、的確に行うのは不可能である。適当にヤマを張ったところで、当たる可能性は万に一つもない。奴がこちらをどこにどのように動かすのか的確に誘導できない限り、実現はなし得ない。なにより奴はこちらの理解を超えた狂人の類である。そんな奴をこちらの意図で動かすのはかなり困難だ。


 自分以外ほかに誰でもいない以上、長引けば長引くほど状況は悪くなっていく。ここを切り抜けてもまだ戦いは続く以上、ここですべてを出し切るわけにはいかないが――


 そのようなことが許されるような相手でないのもまた事実であった。どうにかして、少しでも早く奴を倒しうる手段を見つけなければならないが――


 奴の行う強制移動は場所を対象としているため、その性質上、奴自身の認識能力に依存している。奴の認識能力になんらかの干渉ができれば、強制移動を破ることも可能であるが、残念なことにこちらには騙せるような手段は持ち合わせていなかった。


 アースラが生きていればなんとかなったかもしれない。そう頭に過ぎったものの、あの男は自分たちがここに侵入を果たすためにそのすべてを使い切ったという現実が変わるはずもなかった。


 あるいは、命があと一つ残っていたらどうにかなっていたかもしれないが、訪れなかったもしもを考えたところで、現実が変わってくれることもないのである。現実というものはどこまでも無常だ。あったかもしれないもしもを考えたところで、自分のもとにやってくることなどあり得ないのだから。


 どうにか、突破口は見えないだろうか? 奴を上回ることができるなにか。小さなものでもいい。それがあれば――


 しかし、それは急に見えてくるものではなかった。


 結局、やるべきはいま持てる自分の最大限を以て、奴を上回ることだけだ。それをどうにか手繰り寄せるには――


 ゆっくりと息を吐く。上がりかけた熱を少しでも下げる。


 わずかな隙であっても見逃さないようにするしかなかった。


 諦めようという気はまったくなかった。いま自分は、多くのものを背負ってここにいる。かつて持たざる者であった自分がこのようなことになるとは。生きていれば意外なことなどいくらでも起こり得るらしい。それが異世界であったとしても。


 害悪極まりない狂人を打ち倒すために――


 大成はなおも前に出る。

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