第365話 言葉の現実化

 前へと踏み出した竜夫はまたしても白髪の男を捉える。


「威勢はいいが、芸がないな。何度も言っているように『お前の攻撃は当たらない』」


 こちらの攻撃よりも先に言葉を言い切った白髪の男には、当然のことながらその攻撃は命中しなかった。そこから一切動いていないのにもかかわらず、空を切った。


 だが、奴の言葉は長時間持続しない。いままでの状況を考えれば、それだけは間違いなかった。


 こちらの攻撃は一切当たらないというのに、何故か奴は攻撃を仕掛けてこない。どのようにやっても当たらないのだから、積極的に攻撃を仕掛けてきてもおかしくないはずであるが――


 竜夫は後ろに飛んで距離を取り、持っていた刃と銃を消し、別の武器を創り出した。


 大量の弾丸をばら撒ける小型の機関砲だ。奴の口にした言葉の現実化は極めて強力であるが、同時にはっきりとした弱点が存在する。言うまでもなくそれは、口にした言葉を現実化できるのが、それほど長い時間続かないということだ。


 であれば、奴の言葉の持続時間よりも長く、そして再び言う隙を作らせないように攻撃をし続ければいい。


 機関砲を創り出した竜夫はそれを構え、放つ。音速を超える大量の弾丸が一気にばら撒かれた。精度などは一切考慮せず、できるだけ広範囲に長くばら撒く。奴の言葉が力を失った状態で、この嵐のような弾丸を浴びれば、ひとたまりもないはずであるが――


「ほう。その判断は悪くない。確かに俺にとって、言葉の現実化が長続きしないことは弱点である。だが――」


 白髪の男は自身の前面を撃ち出されている弾丸の嵐へと突っ込んでいった。言った言葉の影響が残っているうちに距離を詰めるつもりだろう。放たれた弾丸はすべてすり抜けていった。


 しかし、言った言葉の影響が残っているうちに仕掛けてくるのはこちらだって予測済みだ。ある程度小回りの利く小型の機関砲を創り出したのはそこに対応するために他ならない。鋭い動きでこちらへと向かってくる白髪の男をしっかりと追いながら、弾丸をばら撒いていく。


 白髪の男は回り込むように移動して射線を切ろうとする。そろそろ、奴の言葉の持続時間が切れるはずであるが――


 追いすがるこちらの射線を切り、弾丸が命中する可能性が小さくなったところで――


「それの小火器は厄介だな。『さっさと壊れろ』」


 その言葉とともに、竜夫が創り出した機関砲が砕けて消滅。すぐさま別のものを創り出そうとするが、その矢先に破壊されてしまう。奴の言葉による影響であることは間違いなかった。


 それならば、と竜夫はすぐさま刃を創り出し、距離を詰める。いまならば、奴に攻撃は命中するはずだ。


「その判断の早さは誉めてやろう。さすが場数を踏んできただけのことはある。残念だが、甘いな」


 そう言うとともに、白髪の男は自ら距離を詰めてきた。その足さばきは見事としか言いようのない鋭いもの。ただ能力に頼ってきただけのものではなかった。こちらが持つ刃の間合いの内側に入り込んで――


 その掌を、こちらの腹へと叩きこんできた。


「……っ」


 竜夫は反射的に身体を逸らして直撃を避けたものの、回避することは叶わなかった。腹から全身を震わすような衝撃が伝わってくる。重い一撃。まともに命中していたら、いくつもの内臓を破壊され、絶命していてもおかしくない威力であった。


 竜夫は腹部を抉られたかと錯覚するような一撃に耐えつつ、空中で姿勢を整えて着地。奴の攻撃によって後ろに弾き飛ばされ、再び距離が開いた。七メートルほど。こちらとしても、恐らく向こうとしても心許ない距離であるが――


 能力を抜きにしてもここまでの戦闘能力を持っているとは。やはり、ただならぬ敵である。自身が持つ能力の弱点をはっきりと理解していなければ、このような戦闘能力は持っていなかっただろう。敵ながら見事としかいいようがなかった。


 奴の能力を封じるのであれば、先ほどのような機関砲による持続的な攻撃が有効であるが、それだと奴自身が持つ戦闘能力に対応ができなくなる。まだ一度しか見せていないが、相当の戦闘能力を持っていると考えておくべきだろう。奇襲の類であったとしても、あの動きは付け焼刃でないのは明らかだった。


 近接戦闘を行うにしても、奴の能力を完全に封じられるわけではない。口にした言葉の現実化は口にできさえすれば、距離は関係ないのだから。それどころか、近接した状態でそれを使われるほうが危険であると言えるほどである。


「…………」


 竜夫は、七メートル先にいる白髪の男を注視したまま、自身の身体の状態をチェックする。


 幸い、骨も内臓も無事のようであった。大きなダメージではないが、今後のことを考えればここでの消耗は避けるべきであるが――そのようなことが許される相手であるとも思えなかった。厳しい戦いは、まだ続きそうである。


 どうする?


 どうにかして、奴の能力に対抗できる手段を見つけなければならない。前に進むのであればそれは必須だろう。奴を倒すことなく前に進むことは絶対に不可能なのだから。


 だが、有効そうな手段は見つからない。


 先ほどのように機関砲による持続的な攻撃が有効であることは間違いないが、奴自身の戦闘能力を考えると、安易にそれを行うのは危険だろう。一瞬でも遅れれば、命取りになり得る。使うべき場面は見極めなければならない。


 なにか、奴の能力に隙はないのだろうか? 竜夫は睨み合いを続けながら、それを考えた。強力な能力であっても、完全無欠にはなり得ない。どこかに付け入る隙があるはずであるが――


 そこまで考えたところで気づく。


 奴の言葉の現実化の影響下にある時は、他の言葉による現実化はできないということに。奴は必ず、先に口にした言葉の現実化の影響がなくなってから、次の言葉の現実化を行っていた。わざわざそのような制約をする必要があるとは思えない。奴の口にした言葉の現実化は一度に一つしかできないのだ。いままでの状況を考えれば、その可能性は非常に高いが――


 だとしても、言葉を口にしただけでそれを現実化できるという力がとてつもなく強力であることに変わりはない。はっきりいって、反則的な能力である。回避も攻撃も、思うがままなのだから。


 そこまで考えて、もう一つ気づく。


 奴は何故、言葉を現実化できるのに、それを攻撃に使ってこないのだろう? 言葉の現実化を攻撃に使用してきたのは二回だけだ。こちらを後ろへと吹き飛ばしたときと、両脚を貫いた時だ。言葉を口にするだけでそれを現実化できるのであれば、強力な攻撃を行えるような気がするが――


 両脚を貫いた時に至っては、傷すらも残っていない。間違いなく貫かれていたというのにだ。まるで、それが嘘だったかのように。


 ……なにかが引っかかる。なにかがあるような気がしてならないが、それがなんなのかは現時点ではわからなかった。


 この距離では、先ほどのように機関砲による攻撃は危険すぎる。下手をすれば接近されて、やられてしまう可能性も大いにあった。


 どうにかしなければならないが、有効そうな手立ては見えてこなかった。


「その目を見る限り、まだ諦める気はなさそうだ。気に入らんな」


 白髪の男は冷徹にそう言い放ち――


 奴自ら、距離を詰めてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る