第348話 弔い

 アンドレイと睨み合いを続けながら、ウィリアムは彼を倒しうる手段について考えた。


 人だった頃の洗練された動きは皆無であるが、それを充分に補える圧倒的と言えるほどの力と速さを持つ。ただ強いというのはそれだけで充分な脅威である。そのうえ、生半可な攻撃では止めることもできないという耐久力も併せ持っているのだから性質が悪い。もともと人間であったという以上に、敵として戦いたくない相手であった。


「…………」


 武器と一体化し、異形化した身体よりも長い腕を振り回しながら向かってくるアンドレイを待ち受けながら、ウィリアムは彼の仲間であったアレクセイのことを思い出した。


 アンドレイも含め、アレクセイたちとは決していい関係であったとは言えなかったのは間違いない。今回の件のような危機が訪れなかったのなら、彼らと表だって協力するようなことはたぶんなかっただろう。これを乗り越えれば、彼らともうまくやれるようになるのではないかと思っていたところであった。


 だが、アレクセイが道を切り開くためにその命を使い切ってしまったことで、それは叶わなくなってしまった。仕方がない。そう言うのは簡単であるが、最期の瞬間、彼がどうなっていたのかをはっきりと見てしまった以上、そうやって言い聞かせることはできなかった。


 ウィリアムは竜によって人とはまったく異質な存在となってしまったアンドレイに目を向ける。


 ……聡明な奴のことだ。恐らく、さらわれた仲間がどうなっているのかある程度は、予想できていたに違いない。それでもなお、彼はやらずにはいられなかったのだろう。わずかな可能性に賭け、助けられるかもしれないという希望を信じたかったのかもしれない。とはいっても、彼にそれを問うことなどできなくなってしまったのだが。


 そのすべてを消費し、自分たちにその先を託したアレクセイは希望とともに強い呪いを与えたとも言える。タツオたちも含め、その呪いはあの場にいた全員にかけられたものだ。それを受けてしまった以上、竜というとてつもなく強大な存在に勝利しなければならなくなった。


 自分でも、無謀であると思う。実際に戦闘したことで、竜という存在がどれほど強大か改めて理解させられたいまとなってはなおさらだ。普通に考えたのであれば、戦うべき相手ではない。


 そうわかっているのに、いまこの瞬間も退こうとはまったく思わなかった。そう思うのは、竜という存在によってされたとてつもなく非道な行いを目の当たりにしたからか、それともアレクセイからかけられた呪いのせいかはわからない。


 どちらにせよ、自分たちはもう退くことはできない状況だ。明確に敵対する意思を見せた以上、竜どもが見逃すはずもない。そもそも、奴らはこちらのすべてを奪うために動いているのだから。仮に服従しようとしたところで、結果は変わらないだろうが。


 なにをどうするのだとしても、目の前にいるアンドレイは倒さなければならない。敵によって人ですらなくなってしまった彼が止まってくれるはずもなく、あのような目に遭った彼をわずかでも救いを与えるのであれば、その呪縛から解放しなければならないからだ。見知った相手を殺さなければならないのは痛いが、生き延びるのであれば、未来を勝ち取るのであれば、彼の命を踏みにじらなければならなかった。


 もっと力があったら、彼を助けられたかもしれない。この戦いの中幾度となくそう思ったものの、いくらそう思ったところで、ああなった彼らを助けることが自分たちの埒外にあることを否定しようもなかった。


 結局、どのような存在であれ、自分にできることしかできないのだ。人としての原型がなくなってしまった彼らの姿を見るたびに、それを強く実感させられる。無力であることを実感させられるのは、本当に嫌なものだ。たぶん、それは生涯消えることはないのだろう。


『――――』


 アンドレイはなにを意味しているのかまったくわからない、うめき声とも叫び声ともつかない異音を発しながら、自身の身体よりも大きい武器と一体化した腕を振り回してくる。


 力任せに振るわれるアンドレイの攻撃を回避することは容易いものの、当たれば容赦なく重傷どころか致命傷となり得る攻撃を容赦なく振るわれるのはとてつもない脅威だ。こちらの集中力や体力には限りがある。彼を倒せなければ、必ずそれはやってくるのだ。


 いまのアンドレイは、賭け事を莫大な資金を活かして、勝つまで行えばいいというのに等しい。採算を一切考えることなくそんなことをやってくる人間はとてつもなく恐ろしいものだ。


 一応、彼を倒しうる手段自体はある。この町でティガーをさらっていた竜たちを倒した、竜の力を食らって成長する樹木の種だ。それさえ使えば、圧倒的な耐久力を持っている彼も倒しうるはずであるが――


 とっさの判断で創り出したあれは、際限がない。この町を半壊させたあの異形の大樹を再び創り出してしまう可能性もある。使うのであれば、どうにか制御できる手段が必要である。


 だが、アンドレイはそれを考察する間を与えてこない。ただひたすらに前に出て、力任せで大振りな一撃を次々と放ってくる。大振りであるが、自身が傷つくことを一切恐れることなく連続攻撃を仕掛けてくるので、隙を突くことがなかなかできないのも厄介なところだ。


 いつまで空を飛んでいられるのかもわからない以上、できる限り早く終わらせるべきであろう。


 ぐだぐだと悩んでいられる状況ではない。アンドレイに勝つ必要はないかもしれないが、自分がこなすべき役目だけはしっかりとこなす必要がある。タツオとタイセイに自分たちの未来を託すのであれば。


 あれは自分に力で生み出したものだ。それならば、この手で制御できて然るべきである。


 もうすでに猶予はあまりない。考えていたら、その分だけ状況が悪くなる。であれば――


 アンドレイが振り回した腕を回避し、ウィリアムは前に出た。


 その手に創り出したのは、竜の力を食らう異形の樹木の種。それを思い切りアンドレイの身体に叩きつけ――


「おおおお!」


 掛け声とともに、全身全霊の力を以て、それを押し込んで、自分がいま持てるだけの力を注ぎこむ。


 アンドレイの身体に押し込まれたその種は、その異形と化した身体にある竜の力を食らって急速に成長する。身体の内部から急速に成長する異形の大樹は、すぐにアンドレイの身体を食い破り――


 それを作り出したこちらすらも呑み込もうとしてくる。そのまま放っておけば、こちらまでも呑み込まれ、際限なく成長していき、再び危機となるが――


 大元である種に触れたままのウィリアムは、その種にさらなる力を注ぎ込み――


 アンドレイの身体を食い破り、あらゆるものを飲み尽くそうとした異形の大樹は急速に枯れて、弾けていった。


「なんとか、うまくいったか」


 どうやら、他で戦っていた仲間たちも、元ティガーたちを倒していったらしい。それを認識して、少しだけ安心する。


 異形の大樹を制御することはできたものの、それを行うにあたって消耗した力はとてつもなく大きかった。


「一応、最低限のことはできたか。あとは、頼む」


 そう呟き、ウィリアムは戦線から離脱していった。

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