第341話 激戦

『……見事だ。油断はしていないつもりであったが、傲りをなくすことはできなかったか』


 声を響かせた灰色の竜は、障壁を破ってこちらが突きたてた刃を払い除けるようして、致命傷を避けていた。


 だが、致命傷を避けただけしかない。突き立てた刃はしっかりと身体を貫いている。それは決して軽傷と言えるものではなかった。戦闘続行が不可能となってもおかしくない傷である。


 竜夫は灰色の竜に突き立てた刃をそのまま抉って、しっかりと仕留めようとしたが――


 そこで背後から気配が感じられ、持っていた刃から手を離しその場から離脱する。


 その直後、灰色の竜は自身が巻き込まれることをいっさい考慮せずに、近場に設置されていた機雷を引き寄せ、一気に爆発させた。


「く……」


 直撃だけはなんとか避けられたものの、爆風の衝撃で弾き飛ばされる。


「……ち」


 せっかくのチャンスだったのに仕留め切れないとは。爆発の衝撃で弾き飛ばされた竜夫は体勢を立て直しながら悔やんだ。ここで仕留め切れなかったのは痛い。重傷を与えられたとしても、倒し切れなければ、こちらが予想し得ないなにかが起こりうるのが戦いいうものだ。


 ここを切り抜けられたとなると、もう奴に同じ手は通用しないだろう。再び、奴が展開する障壁を破る手段を見つけなければならない。そう考えたところで――


「なに……」


 灰色の竜はこちらの予想だにしない行動に打って出た。奴自ら、こちらに接近してきたのだ。それも、重傷を負ったとは思えないほど鋭く、素早い動き。稲妻のごとき動きで手刀を放つ。


 灰色の竜の予想外に行動に、竜夫は反応が遅れた。再び刃を創り出してなんとか防ぐことに成功したものの、反応が遅れたことによりわずかに姿勢が崩される。


 こちらの生じたわずかな隙を灰色の竜は逃さない。さらに距離を詰め、貫手を放ってくる。


 竜夫は体勢を崩されながらもその貫手を防御。とてつもなく硬い感触が刃から伝わってくる。身体の一部とぶつかり合ったとは思えないものであった。


 灰色の竜の腕は肘のあたりから変色し、分厚い刃そのものと化していた。先ほどの感触を考えて、その腕がどれほどの強度を持っているのか想像に難くない。少しでも気を抜けば、刃ごと身体を両断されてしまうだろう。


 灰色の竜の変形した腕を防いだ竜夫は後ろへと飛び、距離を取った。刃を片手に持ち替え、逆の手に銃を創り出し、それを撃つ。


 だが、向こうは銃を創り出して反撃をしてくることを読んでいたのだろう。安易に突っ込んでくることなく、こちらが放った弾丸を冷静に防御。そのまま距離が開き、睨み合いとなる。


 奴はてっきり、遠距離戦闘に特化した相手だと思っていたが、まさかここまで戦闘能力を持っているとは。奴と同じく、油断はしていないつもりであったが、傲りは完全に消すことはできなかったのだろう。なにかが少しずれていれば、奴の反撃でやられていてもおかしくなかった。


 一体、奴はなにをしたのか? それとも、元々このような戦闘能力を隠していたのか? どちらかは不明だが、とりあえず奴はこちらを容易に追い詰めることができる程度の戦闘能力を持っていることに間違いない。いままでの動きを考えれば、こちらがやられてしまってもおかしくはなかった。


 刃によって胴を深々と貫かれ、自爆さながらに機雷を引き寄せて爆発させた奴は相当消耗しているはずであるが、底知れないなにかがはっきりと感じられた。自分が死ぬことになることすらも厭わない覚悟。目の前にいる奴からは感じられるのは間違いなくそれだ。死の恐怖がなくなった敵は、極めて恐ろしい。自分の命と引き換えに、道連れにしてくることも多いに考えられる。手負いであるからと言って、油断するわけにはいかない。しっかりと警戒する必要がある。


『できればこれは使いたくなかったのだが、仕方あるまい。我らの未来を考えるのであれば、俺はこの身体を失うことになっても、貴様をこの先に進ませるべきではないからな』


 静かに響き渡ったその声から感じられるのは強い覚悟。


 恐らく奴らは『棺』にある本体から人間の身体に対してその魂を転写されているのだとしても、本質が転写されたその身体が傷つくことはかなりの苦痛が伴うのだろう。殺されるとなれば、相当の苦痛を伴うはずだ。そうでなければ、これほどまでの覚悟を必要しないはずである。


 いまの言葉を考えるに、奴が見せたあの戦闘能力は奥の手というか、できることなら使いたくない手段なのだろう。相当の反動があると考えられる。そういう手段なのであれば、長時間の維持はできないはずであるが――


 だからといって、奴が消耗しきるまで耐え凌ぐという手段を取るのは危険すぎる。いまの奴は死ぬことすら厭わない覚悟を以てこちらに向かってきているのだから。そのような敵を相手にして、自滅するまで耐えればいいというのは足もとを掬われる可能性が大いにあると言えるだろう。


 そして、そのような考えは油断を生む。特に、いまの奴のような覚悟を持った敵を相手に対して油断を抱くことは極めて危険だ。万全を期して、しっかりと仕留め切る必要があるだろう。


 ……嫌なものだ。死の覚悟を以てこちらへと向かってくる敵を相手にしなければならないというのは。もしかしたら、いままでこちらと戦ってきた相手もこのように思っていたのかもしれない。


 いまの奴を考えると、こちらを確実に倒し切るためであれば自爆することも厭わないだろう。相討ちであれば、こちらの敗北であることは間違いなかった。なんとしても、生き残らなければならないが――


 果たして、それができるのか? 相対する奴が放つ気迫はすさまじい。すべてを失っても構わないという覚悟を持った敵がこれほどまでに恐ろしいとは。嫌な汗が滲んでくる。


 だからといって、やられるわけにはいかなかった。ここを突破し、『棺』へと到達して、この戦いを終わらせなければ、こちらに未来はないのだから。


『一つ訊きたい』


 睨み合いを続けながら、竜夫は灰色の竜へと問いかけた。


『何故、あんたはそれほどまでの覚悟を持っている? 器が殺されても、本当の意味で死ぬわけじゃあないからか? それとも、それほどまでに僕たちと戦わなければならないものでもあるのか?』


 こちらの言葉に対し、灰色の竜は『さあな』と簡潔に答えた。


『お前にそれを知る必要はない。我らの力を手に入れたのだとしても、人である貴様と我々とではそもそも違い存在だ。言ったところで、理解できるものでもないだろう』


『……かもしれないな』


 竜夫はそう返答すると、あたりに沈黙が支配した。


 相変わらずあたりには機雷は浮遊したままだ。まだ数えるのも億劫になるほどの個数が残っている。先ほどのことを考えれば、奴は設置された機雷も操作ができるはずだ。奴は間違いなく、こちらを確実に倒し切れるのであれば、自分が操る機雷に巻き込まれることも厭わないだろう。その自爆攻撃だけは気をつけておかなければ。


 決死の覚悟を持っていたとしても、手負いとなった奴が弱まっていることは間違いない。なにかの力で爆発的な身体能力を得た奴は、その点だけを見ればこちらを上回っているかもしれないが、それで完全に分が悪くなったとは思えない。近接戦闘であれば、有利なのはこちらであるはずだ。自爆攻撃に警戒し、冷静に対処していけばいい。


 とはいっても、それを言うのは簡単であるが、実践するのは困難である。特にこのような命がかかっている場となればなおさらだ。


 奴の身体に刺さった刃はまだ残っている。もう一度あれに触れることができれば、確実に殺し切れるはずだ。


 竜夫はゆっくりと息を吐き――


 わずかな間を置き、竜夫と灰色の竜は同時に動き出した。

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